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ツガイノ鳥 3


 「……なにこれ?」


 封筒の中には旅券と数枚の紙が入っていた。茉莉花は表紙にビニグアイと書かれた旅券を手に取った。


 「ビニグアイって町なんじゃ……」

 「正式には国だ。小さな自給力のない多くの者に忘れ去られた国だ。周りの諸国に頼り切っている」

 「待ってください。ここは何処なの?」

 「ビニグアイ」

 「そうじゃなくて! 地図で言えばどこなの? ロシアの近く? それとも全く違うところ?」

 「どこだっていいだろう? ここはここだ」


 茉莉花は眉間に皺を寄せムッとした。問いただしたところでベルナルトがそれ以上言わない事を茉莉花は気づいていた。言いたくない事は言わない。ベルナルトとはそういう男だという事を茉莉花は早くも理解していた。

 溜め息を吐いて旅券の写真のページを開いた。そこには茉莉花の顔写真が映っていた。


 「いつの間に……」

 「君が気付かない間に。旅券、身分証が無いと不便だろう?」


 眉間に皺を寄せたまま茉莉花はベルナルトを見た。だがすぐに旅券に視線を戻した。


 「どういう、事……?」


 茉莉花はそのページを見て目を見開いた。頭が真っ白になった。


 (ジャスミン・ローゼ?)


 そこに映っているのは確かに茉莉花だった。だが名前は違った。茉莉花・エゴロフではなくジャスミン・ローゼと記されていた。確かに茉莉花をジャスミンと呼ぶ者も居る。だがそれは本名ではない。それに姓は聞いた事も無い物だった。茉莉花の心臓はバクバクと鼓動を奏でていた。


 「偽造、したの……?」


 茉莉花は旅券から目を離さないままベルナルトに問うた。


 「偽造とは少し違う」

 「じゃ、じゃあこの名前! どういう事!?」


 茉莉花は立ち上がりベルナルトに旅券を見せつけた。ベルナルトは顔色一つ変えず、茉莉花を見つめた。


 「君は今日からジャスミン・ローゼだ」

 「ま、待ってよ!? そんなのおかしい! 私の名前は茉莉花! 茉莉花・エゴロフです! 貴方も知っているでしょう!?」

 「ああ。茉莉花は私の前だけにしておけ。君は私のモノだって言っただろう?」


 茉莉花は混乱していた。ベルナルトの言っている事の意味が全く理解できなかった。


 (どうして? あの言葉は嘘だったの?)


 ベルナルトは初めて会った時に茉莉花の名前をジャスミンと呼ぶのは失礼だとそう言った。茉莉花はその事を心のどこかで嬉しく感じていた。その点に関してはベルナルトに好感を寄せていた。それが今あっけなく崩れたのだ。


 「わ、私の名前……。ジャスミンって呼ぶのは失礼だって、言ってくれたじゃないですか……」

 「ああ。だから私は君の事をジャスミンとは呼ばない」

 「じゃあ、どうして……?」

 「……」

 「ねぇ、どうしてなの!?」


 茉莉花は涙ぐんだ目でベルナルトに問いかけた。


 「君には戸籍が無かった」

 「そんなはず……!」

 「君の父親シルヴァーニ氏は君を正式に養子に迎えていなかったようだ」

 「!!」


 茉莉花は目を見開き力なくソファに腰掛けた。


 「そんな……」

 「君の戸籍は日本にあるのかもしれない。だが君は幼い頃に引き取られたんだろう? そんな君の戸籍がまだ残っているとは思えない。現状君は存在しない人間だったんだ。だから私の力で君に戸籍を与えた。君を存在させた」

 「でも、それならどうして名前をジャスミン、だなんて……」

 「君の名前が日本の物だと少しややこしかったんだ。安心しろ。私の前では君は茉莉花で居ていい。だが塀の外に出るなら君はジャスミンだ」

 「……ローゼって」

 「そっちの紙を見るといい」


 ベルナルトに指差された封筒の中に入っていた紙を茉莉花は持った。そしてまた目を見開いた。


 「なんで……」


 茉莉花は涙を零しその紙を濡らした。茉莉花が手に持った紙は婚姻が認められたという物だった。そこには茉莉花とベルナルト・ローゼの名前が記されていた。


 「喜ぶといい。君は今日から私の妻だ」


 ベルナルトは微笑むと茉莉花との距離を縮め茉莉花の肩を抱いた。茉莉花は放心したように手に持った紙から目を離せずにいた。


 「ローゼは私の姓だ。婚姻を結んだ今、君の姓もローゼでいいだろう?」

 「そんな……。私、結婚なんて望んでない……」


 茉莉花は歪めた顔を覆いポロポロと泣き出した。


 「君が望んでいなくてももう君は私の妻だ。この国が認めた。ああ、言っておくがこの国は離婚を認めていない。だから君は永遠に私の妻だ。私も永遠に君の夫となった訳だ」

 「嫌……、嫌よ……! ねぇ! なんでこんな事! どうして私の意思を無視するの!?」


 茉莉花は泣き濡れた顔を上げベルナルトを見た。


 「君の為だ。居場所が、理由が欲しいと言ったのは君だろう?」

 「何が!? 私の為って何!? これのどこが私の為なのよ!! お願いだからもう、止めてよ……。私を、解放してよ……」

 「それは出来ない。君はもう私の妻だから。妻として私の傍に居てもらう。君も夫である私を頼るといい」


 茉莉花はもう一度顔を覆い泣き出した。ポツリポツリと泣きながらも嫌だ、と零していた。


 「泣くほど嬉しいのか?」

 「ふっ、うぅ、ぐすっ」

 「私の妻になりたい女は山ほどいる。その中から君を選んだ。光栄に思うといい」

 「うぅ、ふっ、う、うう」


 ベルナルトの言葉はもはや茉莉花には届いていなかった。茉莉花はひたすらに泣き続けたのだ。


 「茉莉花、手を出してくれ」


 ベルナルトは無理矢理顔を覆う茉莉花の右手を取り自身の方に出した。茉莉花は泣きながらベルナルトに掴まれた手を見ていた。


 「これを君に」


 ベルナルトはポケットから出した箱を開け、その中に入っていた銀色の細い腕輪を茉莉花にはめた。


 「散りばめられているのは本物の宝石だ。ダイヤにルビー、エメラルド。良く似合っている」


 ベルナルトは微笑むとそのキラキラと光る腕輪にキスを落とした。


 「いらない……」


 茉莉花はもう片方の手でその腕輪を外そうとした。


 「どうして、外れないの……?」

 「特殊な物質で出来ている。一度はめるともう取れない」

 「どうして……?」


 茉莉花はまた大粒の涙をポロポロと零した。


 「君の趣味には合わなかったか?」

 「やだ、もう……」


 茉莉花は力なく手をソファの上に置いて、俯いた。ポロポロと泣きながら放心する茉莉花をベルナルトは抱き上げた。


 「止めて、降ろしてよぉ」


 力ない茉莉花の訴えなどにベルナルトは耳を貸さなかった。そのままベッドルームへ茉莉花を運ぶとベッドにそっと降ろした。

 茉莉花は腕で目を覆い泣き続けていた。そんな茉莉花を見下げるようにベルナルトはベッドに手を付いた。


 「茉莉花……」


 茉莉花の耳元でそう囁くと、茉莉花は腕を退けベルナルトを見た。ベルナルトはニコリと微笑むと茉莉花の両手首を一つに纏めベッドに優しく押し付けた。茉莉花は震える瞳でベルナルトを見ていた。ベルナルトはゆっくりと茉莉花に顔を寄せた。


 「――っ! 嫌だ!」


 茉莉花は近づいてくるベルナルトの唇から逃げるように顔を逸らし、目をキュッと閉じた。ベルナルトはムスッと眉を寄せ自身の下に居る茉莉花を見つめていた。茉莉花は小さく震えていた。


 「チッ」


 ベルナルトは小さく舌打ちすると、そのまま顔を茉莉花に寄せて茉莉花の頬に口づけた。茉莉花は恐る恐る目を開いてベルナルトを見た。


 「唇を奪われるのは嫌か?」


 冷たくそう言うベルナルトを睨み、茉莉花は頷いた。


 「嫌に決まってる! 好きでもないのに、キスはしない!」


 茉莉花のその言葉を聞いてベルナルトは機嫌を悪くしたように顔をしかめた。


 「聞いた事がある。娼婦でさえも心を許した相手にしか唇は渡さないと。女にとって唇はそんなに大事な物なのか?」

 「当たり前よ!」

 「……ならキスはしない。君がいいと言うまでは」


 ベルナルトは苛立たし気にそう言うと、茉莉花の服に手を掛けた。茉莉花は目を見開きジタバタと暴れた。


 「やだっ! 止めて! 何する気なの!?」

 「何って……」


 ベルナルトは顔を茉莉花の耳元に近づけて囁いた。


 「君は俺の妻だろう? 夫婦の契りを交わそう?」


 怪しく笑うベルナルトに茉莉花の顔はみるみる青ざめて行った。


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