ツガイノ鳥 2
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茉莉花はベランダに出て輝く星を見ていた。もうすっかり暗くなった夜空には綺麗に星が瞬いている。辺りに民家も無く灯りがあるのは茉莉花の居る屋敷だけだった。そのおかげか空には見渡す限り綺麗に星が見えた。手を伸ばせば届きそうな星を茉莉花はうっとりと眺めていた。
星に心を奪われていると上空からけたたましい音が聞こえて来た。その音はどんどん近くになり、その音を発している正体が姿を現した。茉莉花は眉を寄せて溜め息を吐くと、部屋の中に入った。
部屋の中に入って幾分しない内に扉はノックされ開かれた。
「ただいま茉莉花。いい子にしていたか?」
ベルナルトは綺麗に着こなされていた黒のスーツの上着を脱ぐと、それを乱雑にソファに放り、煩わしそうにネクタイの紐を緩めた。茉莉花は「いい子」という言葉にムスッとして頬を膨らませていた。
「私、子どもじゃありません」
「ああ、知っている」
「嫌味ですか?」
「そんなつもりはない」
ベルナルトはわざとらしく驚き申し訳なさそうな顔をした後、クスクスと笑った。茉莉花はその仕草が気に入らなかった。ベルナルトから目を逸らしベッドルームへ向かおうとした。
「何処に行く?」
「もう寝ます。おやすみなさい」
「まだ夜も更けたばかりじゃないか。食事は?」
「もういただきました」
「早い食事だな」
「ええ、やることもないですから、食事の時間だけどんどん早くなっていくんです」
「ふむ、何か君を退屈させないものを用意しないといけないようだな」
ベルナルトは顎に手を当ててそう言った。
「ちゃんと食べたのか?」
「はい、ご心配なく……!」
「そうか。それは良かった」
ベルナルトは茉莉花に近づくと腕を取り引っ張った。茉莉花はビクッと体を震わせたものの、抵抗する間もなくベルナルトの腕に抱きしめられた。上目づかいにキッとベルナルトを睨んでいた。
「離してください」
「おかえり、は? 言ってくれないのか?」
茉莉花の腰を抱いたままベルナルトは茉莉花の目を見つめた。茉莉花は口をへの字に結んだあと小さく口を開いた。
「……おかえりなさい。これで満足ですか? 離してください」
ベルナルトは満足げに微笑むと茉莉花を抱いていた手を離し、茉莉花をそっとソファに座らせた。
「ああ、ただいま。茉莉花お土産だ」
ベルナルトは入って来た扉に振り向き手招きをした。茉莉花もその行動を見て扉に目をやった。
おずおずと遠慮がちにそこに居た人物が部屋の中に入って来た。
「紹介しよう。新しい使用人のチェンだ。君の専属のな?」
茉莉花は目を見開きチェンと呼ばれた自分よりも若い、小柄な女性とベルナルトを交互に見た。
「は、初めまして奥様」
チェンは深々とぎこちなくお辞儀をした。
「ちょっと待って! 私、専属の使用人何ていらない」
「君に拒否権はない。チェンでは気に入らなかったか? わざわざ君と同じ東洋人を連れて来たというのに……。確か中国人だったな?」
「は、はい」
「茉莉花、君が気に入らないならば他の者に変えよう」
ベルナルトは溜め息を吐き、その横でチェンは委縮して眉を下げていた。
「そうじゃなくて! 彼女がどうとかじゃなくて、私に使用人は必要ないって言ってるんです! 自分の事は自分で出来ます!」
「あの、奥様……」
「その呼び方も止めて!」
茉莉花は手を握りしめて叫んだ。チェンは体を震わせてビクついた。
「どうして……! どうしていつもそう強引なの!? 私、世話係が欲しいなんて言ってない!!」
「君が必要としていなくても使用人は付ける。私の決定に逆らうな」
「っ!」
ベルナルトに冷たく睨まれ茉莉花は唇を噛んだ。
「あ、あの……。お気に障らないように努力します。で、ですから、その、どうかお傍に置いてください! お、お願いします! 私、この仕事を失くすわけにはいかないのです!」
涙ながらに訴えるチェンを茉莉花は眉を下げ見つめた。
「……」
「彼女には収入が必要だそうだ。それでも君は彼女を切るつもりか?」
茉莉花は唇を強く噛んだ。
「……好きにすれば? どうせ私の話しなんて聞いてくれないんでしょう?」
茉莉花は悔しそうにそう述べた。その言葉を聞いたチェンは顔を明るくした。
「は、はい! ありがとうございます!」
茉莉花は眩しいほどのチェンの笑顔を困ったように見つめた。
「ではチェン明日からよろしく頼む。もう下がっていい」
「は、はい。奥様、旦那様、おやすみなさいませ」
チェンは深々とお辞儀をすると部屋から出て行った。パタンと扉が閉められた音が部屋に響いた。
ベルナルトは溜め息を吐き茉莉花の横に座ると髪を掻き揚げた。茉莉花はベルナルトと距離を取る為、少し移動しソファの端に座った。
「何故そんな端に座る?」
「……」
「まあいい。もう一つ君にお土産、……プレゼントだ」
ベルナルトは鞄の中から封筒を取り出すとそれを茉莉花に渡した。茉莉花は眉を寄せてそれを受け取った。厚みのある封筒の中身を訝し気に思いながらも茉莉花は取り出した。