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鳥籠の鳥 5


 「全て片付けた。君は私に聞きたいことは無いか?」

 「お父さんは、どこにも居ないの……?」


 ベルナルトは眉を下げ目を伏せて茉莉花の右手を取った。そしてそこに光る腕輪をそっとなぞった。


 「全て葬らなくてはいけなかった。だが、私にはそれが出来なかった。君を初めて見た時、君が父親の墓に行ってたのを知った。君が父親を愛しているのを知った。見るからに血も繋がっていない君が、そこまで父親を愛して居る事が不思議だった。私の中に不思議な感情が芽生えた。君から父親を奪ってはいけないと」

 「でも、ベルナルトさんは奪った……。お父さんの亡骸を無理矢理起こして捨てた……」

 「ああ。酷い男だな。君に出会わなければ、こんな感情も持たなかった。自分が酷い男だなんて知らないままだった。……茉莉花。許してとは言えない。君が大事にしていた物を私はいくつも奪った」

 「……」

 「君のこの腕輪。君のお父さんはここに眠っている」


 茉莉花は眉間に皺を寄せ、ベルナルトと腕輪を交互に眺めた。


 「この腕輪が外せないのは、君に持っていて欲しいから。君を管理する為だけに作ったんじゃない。少しだけど、遺灰を君の腕輪に混ぜた。これは遺品だ。日本人は物に神様が宿ると信じているようだ。だから君にも神様が宿るように、ずっと一緒に居られるようにと、君の父親が君を守ってくれるようにと思ったんだ。この腕輪が危険な事も分かっている。昨日の男の様に、まだ諦められない者からすると喉から手が欲しい物だ。シルヴァーニ氏が何らかの実験を自身に加えていたならその成果がここに詰まっているのだから」


 ベルナルトは優しく茉莉花の腕輪を撫でていた。茉莉花は口を開けぼーっとそれを見ていた。


 「お父さんが、ここに……?」

 「ああ。君の一番近くに。シルヴァーニ氏の遺灰はもうここにしかない」

 「なんで、教えてくれなかったんですか……」

 「危険だから。君がそれを知っている事は危険だと思った。何も知らない事が君を守る為には必要だった。もしもの時それを捨てる事を躊躇わないで欲しかった」

 「でも、外れないって」

 「普通なら。作ったのは私だ。構造は私が一番理解している。少し細工を加えれば外す事も出来る。もしもの時はそれと引き換えに君を守るつもりだった」

 「お父さんの遺灰を渡すつもりだったの……?」

 「ああ。死んだシルヴァーニ氏よりも生きている君の方が大切だから。シルヴァーニ氏が残した君を守る事が私の役目だから。彼の財産を全て受け継いだ私だからこそ、その決定を下さないといけない時が来る。私が全てを決める権限を持った。私は一番に君を守る事を決めたんだ。彼の財産で一番価値の有る物。それは君だ。不死に振り回された君をこれ以上関わらせ無い事を決めた。君に何らかの手がかりがあるなら私は君を管理する義務がある。君を閉じ込めたのもそのためだ」

 「言ってくれればよかったのに。ずっと貴方の事分からなくて、怖くて……。私、逃げ出そうとして貴方に怪我までさせたのに……!」


 茉莉花は今までの事を思い出していた。何度もベルナルトを憎んだ事。何度も彼から逃げ出そうと考えた事。それでも茉莉花を助けてくれた事。今でも消えない傷をベルナルトの額に残してしまった事。全てを後悔していた。


 「すまない、茉莉花。だが私は楽しかったぞ? そんな日々も懐かしく思う」

 「ごめんなさい……」

 「謝らないでくれ。謝るのは私の方だ。今までずっと隠して来て悪かった。こんな日が来ることが無ければよかったのに。君が知らなければ君とずっと一緒に居られた。ずっとここで君が帰りを待っていてくれる日々を送れた。夢だった。無理矢理でも家族が出来た。おかえりと言葉を返してくれる君が居た。私はずっとそんな生活に憧れていたんだろう。だから君を無理に真実から遠ざけようとした。何処かでそれが正しいと、警戒しながら暮らす日々が正しいと思っていた。だけど、そうは行かなかった。君の気持ちも、周りの迷惑も私は何一つ見えていなかった」

 「……」

 「自分勝手なんだ。エドモンドはそんな私に嫌気がさしていたそうだ。もうこんな事に関わりたくないと。早く終わらせたいと。君も可哀想だとそう言った。そう言って強硬手段に出た。君を囮に使った」

 「エドが、私を……?」

 「ああ。エドモンドを責めないでくれ。彼はいつまでもかたをつけない私の代わりに動いたんだ。私がそうさせたような物だ。もっと早く君を連れ戻す事も出来た。危険に合わせないで無理に閉じ込める事も出来た。でも、いつまでもそうやって逃げ回る生活をエドモンドは嫌った。そのおかげでもうかたはついた。君はもう自由だ」

 「自由……」


 茉莉花はその言葉を眉を下げながら呟いた。ベルナルトから言われた自由という言葉に寂しさを感じていた。


 「私は君をいつまでも自分の思うようにしておきたかったようだ。理由も話さず君が私の意見を聞いてくれると何処かで思っていた。だから君を放って出張にも出かけた。君がもしかしたら居なくなってしまうかもしれないと分かっていながら。それでも君が、少しでも私を信じてくれるならと勝手に決めて賭けをした。君の気持ちなんて一切考えなかった。君は私の人形じゃない。君には君の意思がある。そう、思い知らされた。だから君が傍に居てくれる事が楽しいのだと気付いた。思い通りに行かない君だから必死になれるのだと。君を失うのが何よりも怖かった。……茉莉花、全て片付いた今だからこそ、君に聞かなければいけないことがある」

 「……はい」

 「茉莉花、……君は不死者か?」


 茉莉花は目を見開き首を横に振った。


 「そんなわけない!」

 「シルヴァーニ氏が研究資料に書いていないだけで、君に何かしらの実験を加えた事は?」

 「ない! 私は普通の人間です! お父さんは私に普通の親子として接してた。そんな事しない……!」

 「そうか。ならそれでいい」

 「……案外、あっさり引くんですね? 私がもしも不死者ならどうしてたんですか? 私が嘘を吐いていたら? お父さんが違う方法で不死者への道を見つけて、私が知らないだけで研究に関わって居たら……?」

 「不満か? 証明が出来る。君がそうではないと言うなら信じられる。……君のその首の傷。君が不死者ならとっくに治って居る筈だ。何より、シルヴァーニ氏が死んだ日。それが、君が不死者ではないと語っている。君がもしも不死者なら、その時は私と一緒に死んでもらう。君を閉じ込め、私の死期と共に葬る」

 「……」

 「だが君は、もう自由だ。君は不死者なんかじゃない。君をつけ狙う者ももういない。だから最後の質問だ。……茉莉花、私と別れるんだ」


 茉莉花は椅子から勢いよく立ち上がりベルナルトを見下ろしていた。


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