交わされたキス 3
「君に話したのは家族というのは全員が生きていた懐かしい記憶か、組織の事だろう。おそらく手紙を書くくらいだから、それだけの思い入れがある家族。血縁の家族と思われる。手紙は出される事は無いのだろう。彼女もまた不幸な被害者で加害者なんだ。懐かしい日々を忘れる事が出来ないで居たんだろう。特に君の前では。……彼女の言う弟が誰なのかは分からない。けどそれに値する人物が居ると思われる」
「嘘だとは思わないんですか?」
「彼女は君に嘘はつかない」
「どうして?」
「彼女を雇った理由だ」
「理由? 強いからじゃないんですか?」
「違う。チェンは家族を失ってから窃盗や体を売って生きて来たそうだ。生きる為には仕方なかった。何でもした。そう言っていた。そんな時、ある組織に拾われて特殊な訓練を受けていたんだ。でも、彼女の成績はかなり悪かった。身体能力も技術も人並み以下。だけど私はそんな彼女を組織から買い、雇う事を決めた。どうしてだと思う?」
ベルナルトのもったいぶった言い方に茉莉花は眉間に皺を寄せていた。それを見たベルナルトはふっと笑っていた。
「忠誠心だよ。それに洞察力。この二つに関してはチェンは一流だ」
「忠誠……」
「絶対に恩を貰った相手を裏切らないと思った。だから雇った。でも彼女はどうやら私を裏切ったようだ」
「そんな事無い! チェンは裏切ったりなんて……!」
「いい意味だ。彼女は私ではなく君に付く事を決めたようだな?」
「私……?」
茉莉花はハッとした。チェンに宝石を譲った時チェンはどんな形でも恩を返すと言った。茉莉花に忠誠を誓う事を決めたのだと分かった。チェンは茉莉花のお願いを聞いてくれた。屋敷で孤立していた茉莉花を気に掛けてくれていた。いつも見かける度に微笑み声を掛けてくれた。茉莉花はばっとガラスに張り付きチェンを見つめた。
(嘘でしょ……。そんな事の為に……。死ぬとこだったんだよ? 死んだらもう、弟さんには会えないんだよ? チェン、……馬鹿なんだから)
茉莉花の頬には涙の跡が出来ていた。それと同時に嬉しい気持ちも混みあがっていた。チェンに感謝の気持ちが溢れていた。
「思い当たる節があるようだな」
「はい。ベルナルトさん。ごめんなさい。隠し事、してました」
「ああ」
「ベルナルトさんがくれた宝石、チェンにあげちゃいました。ごめんなさい。今思うと私、貴方に酷い事いっぱいしました。ベルナルトさんの気持ちも知らないで、勝手に宝石あげました。ごめんなさい」
「いいんだ。君に贈った物だから君がどうしようと君の自由だ。それに君は気に入って無かった。好きに使うとよかったんだ」
「ありがとう。チェンはその時に泣きながらお礼を言ったんです。これで弟の命が繋げられるって。私その時の事嘘だなんて思いません。例え血が繋がっていなくても、チェンには弟が居るんです」
「そうだな。チェンは見事に君を守ってくれた。君に忠義を果たしてくれた。危険だと知っていながら君の願いを叶えてくれた。……その弟とやらを見つけ出して、責任を持って治療をしよう。それでいいか?」
茉莉花はベルナルトを見つめこくりと頷いた。
「ありがとう、ベルナルトさん」
「どういたしまして」
ベルナルトは満足げに笑っていた。
「チェン、ありがとう」
ガラスに額をこつんと当て茉莉花は心の底からお礼を述べた。
「茉莉花。さっきの事なんだが、一つだけ条件がある」
「条件は要らないって……」
「君が言った条件は要らない。私が提示するのは、君はもうチェンに会ってはいけない」
「それって……」
「さよならも言ってはいけない。もう関わらない事。それが条件。まぁ手紙くらいならいいだろう。だけど、クビにするという内容にしておけ」
「……。分かりました。それでチェンと弟さんを助けてくれるんですね?」
「ああ。約束しよう」
「それならいいです」
茉莉花はガラスに手をかざしチェンを見つめた。そして声に出さないで口を動かした。
(チェン、今まで傍に居てくれてありがとう。さよなら。幸せになってね)
溢れそうになった涙をキュッと堪えて茉莉花は口を結んだ。ガラス越しにチェンにお別れを告げベルナルトに振り返ると、ベルナルトは優しく茉莉花に微笑み肩を抱き寄せたのだった。




