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ツガイノ鳥 1

【4】



 「茉莉花、起きろ」


 (どうしてこう、いつもいつも起こしに来るのよ)


 茉莉花は布団の中で丸くなりベルナルトから身を隠した。

 朝陽が差し込んで来た部屋は明るく、そろそろ起きようかと茉莉花は目を瞑り思っていた。すると扉をノックする音が聞こえたのだ。茉莉花は溜め息を吐き、ふて腐れた様に布団の奥深くに潜り込んだ。

 ここに来てからベルナルトは頻繁に茉莉花を起こしていた。朝は大抵早くにやって来て、茉莉花が昼寝でウトウトしていると夕食だと起こしに来る。ベルナルトに起こされる事に茉莉花は少しずつ慣れていったのだ。


 「茉莉花、朝だ。起きろ」


 ベルナルトは布団越しに茉莉花を揺さぶった。


 「私は今日出かける用事があるんだ。早く起きてくれ。一緒に朝食を取るぞ」

 「……一人で食べればいいじゃないですか!」

 「なんだ、起きているのか」

 「貴方とは一緒に居たくないって言いました!」

 「昨日の事怒っているのか?」

 「当たり前です!」


 茉莉花は更に布団にしがみ付いた。昨日無理矢理食事を取らされたことに腹を立てていた。無理矢理取らされた食事だったが、最後の方は胸のムカつきも無くなっていて、きちんと味も分かった。久々に何かを食べたという感覚がしていた。だが縛り付けられて食べさされた事には腹を立てていた。


 「もうしない。君が一人で食べるのなら」

 「是非そうしてください! 出かけるんでしょう? さっさと行ってください」


 ベルナルトはしかめっ面をすると、茉莉花の布団を両手でつかみ引き剥がした。茉莉花は突然布団の温かみが無くなったことに驚き目を見開いた。


 「起きる時間だ」


 悔しそうにベルナルトを睨んだ茉莉花は起き上がりクローゼットの扉を開けた。


 「いつまで居るつもりですか! 早く出て行ってください! 私は着替えるんです!」


 ベルナルトは満足げに笑みを浮かべるとベッドルームを出て扉を閉めた。


**


 茉莉花はムスッとした顔で席に着いた。


 「一人で食べられるか?」


 ベルナルトの質問に茉莉花は更に機嫌を悪くし、ベルナルトを軽く睨んだ。


 「お気遣いは結構です」

 「そうか。具合は、少しは良くなったか?」

 「ええ、おかげさまで!」


 茉莉花は皮肉のつもりでそう言ったが、ベルナルトはその言葉を聞いて満足したようにふっと笑っていた。

 実際の所、茉莉花は昨日までの胸のムカつきを今は覚えていなかった。食堂に入り、温かな食事の匂いを嗅いでも気分が悪くなることは無かった。むしろお腹が空いたように感じ、食べたい気持ちを胸に抱えていたのだ。


 「君の為に特別に作らせたんだ。気に入るといいが……」


 ベルナルトが眉を寄せ不安げに茉莉花を見た。茉莉花はそんなベルナルトの表情を見るのは初めてで驚いたように目を見開いていた。


 「どうした?」

 「え……、いえ、別に……」


 ベルナルトの表情を見入っていた茉莉花は声を掛けられ我に返った。ベルナルトは眉間に皺を寄せ茉莉花を見た。茉莉花はベルナルトの視線から逃げるように机に目を落としていた。茉莉花の前にはナイフやフォークが次々に並べられ、目の前に料理が出されるところだった。

 茉莉花は出された料理を見てまた目を見開いた。


 「これ……」


 料理と言えるほど手の込んだ代物では無い白い塊から、茉莉花は目を離せなかった。


 「昨夜調べた。君の祖国の食べ物だろう? 日本人には馴染みの深いソウルフードだとそう書いてあったが、違うのか?」


 ベルナルトはまた眉を寄せ不安げに茉莉花を見た。茉莉花は首を横に小さく振った後、ベルナルトを見た。


 「私、日本人じゃ……。血統はそうかもしれませんが、心は違います。日本の事なんて何も、覚えてない」

 「気に入らなかったか?」


 茉莉花はもう一度首を横に振った。


 「でも、これはお父さんがよく、作ってくれました……」


 茉莉花は唇を噛み、零れそうな涙を我慢した。目の前に出された歪に形作られたそれを手に取ってふっと優しく微笑んだ。


 「おにぎり……。食事に慣れなかった私にお父さんが、これなら食べられるだろうって……」


 茉莉花の目からは堪えていた涙がぽたっと落ちた。その事に気付いた茉莉花は片手で目をごしごしと擦った。


 (……わざわざ私の為に……?)


 茉莉花はそっとベルナルトを見た。


 「気に入ってくれたようで何よりだ。早く食べるといい。冷めてしまう」


 ベルナルトは小さく微笑むと食事に取り掛かった。


 「はい。………………ありがとう」


 茉莉花は口を尖らせて小さくそう言った。口に入れたおにぎりの味に茉莉花は懐かしい父親との記憶を思い出した。

 何度も上手く握ることが出来ずに苦笑いを浮かべていた父親の顔を思い出した。不器用ながらに一生懸命作ってくれたおにぎりの味を思い出していた。茉莉花は自然と頬が緩み、おにぎりをものすごく美味しく感じた。



***



 「では茉莉花いい子にしているように」

 「安心してください。部屋から出ませんから!」

 「それは良くない。散歩ぐらい出た方がいい」

 「……屋敷の鍵を閉めているくせにですか?」


 ベルナルトはクスクスと笑った。


 「何だ知っていたのか?」

 「使用人の方達が話しているのを聞きました! 私をここに閉じ込めておくようにって!」

 「君が望むのなら出るといい。私が許可する。ただし敷地内だけだ。敷地内なら自由に出入りして構わない。屋敷の中も外も好きにするといい。だが私の部屋と裏の小屋には入るな」

 「何か不味い事でも隠しているんですか?」

 「どう思う?」


 茉莉花は自信たっぷりに見下してくるベルナルトにイラつき顔をしかめた。


 「どうでもいいです。さっさと行ってください。私はここに居ます」

 「そうカリカリするな。私の仕事の資料やら何やらがあるだけだ」

 「それならそうと言えばいいじゃないですか!」

 「何をそんなにカリカリしているんだ? 私が居なくなるのが寂しいのか? 安心しろ、すぐに帰って来る」

 「違います! 帰って来なくてもいいですから! さっさと行ってください!」


 茉莉花はベルナルトの背中を押し部屋の外に出そうとした。ベルナルトは楽し気に顔を綻ばせ茉莉花に押されるまま部屋の扉を出た。出たところで茉莉花に振り返り、茉莉花の手を取った。


 「では茉莉花いい子にしていてくれ。土産を期待しているといい」


 チュッと手の甲に唇を寄せたベルナルトに茉莉花は絶句した。背中がぞわぞわと粟立った。急いでベルナルトから手を離すと茉莉花はその手をごしごしと自身の服で拭いた。それを見たベルナルトは顔をしかめていた。


 「少しは喜んだらどうだ?」

 「はぁ!?」


 (何をどう喜べって……!?)


 茉莉花は言葉が上手く出せずに口をパクパクとさせていた。ベルナルトはしかめっ面のまま茉莉花に背を向け歩き出した。


 「行ってくる」


 茉莉花は唖然とベルナルトの背中を見送っていた。


 (何なの!? 何なのあの人は!)


 パタンと扉を閉めソファに腰掛け、茉莉花は先ほどの事を思い出して手を擦っていた。


 (喜べって何!? 喜べるわけないでしょ!! 訳わかんない! ちょっと優しいと思ったらこんなことするし、好きでもないのに喜べるわけないじゃない! ちょっと、いや大分だけど! カッコいいからって己惚れ過ぎなのよ! うぅ、まだゾクゾクする……)


 茉莉花は眉間に皺を寄せて手を眺めていた。


 (本当……、何なのあの人……。おにぎり用意してくれたのにはびっくりしたし、嬉しかったけど……)


 茉莉花の頬は少し赤くなっていた。


 (ちゃんと私の事考えてくれてたんだ……。それにあの顔……。いっつも自信たっぷりなのに)


 ベルナルトの不安げな顔を思い出して茉莉花は頬が熱くなるのを感じた。自身の手で熱くなった頬を押さえた。


 (やだ、私、何考えてるんだろう? ベルナルトさんがいい人だなんてそんな事。だって昨日は私を縛り付けたし、それにこんなところに無理矢理連れてくるし)


 茉莉花は自身の頬から手を離し俯いた。


 「ベルナルトさんは何を考えてるんだろう?」


 茉莉花はぽつりとそう零した。


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