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開いた鳥籠 1

【23】



 (最低……)


 茉莉花は重たい瞼を開け天井を仰いだ。広すぎるベッドには茉莉花一人が寝ていた。部屋の中でも肌寒く茉莉花は身震いをした。起き上がるとクローゼットを開け温かい服を選び着替えた。

 身支度を整えた茉莉花は溜め息を吐き、ベッドルームからリビングへと足を運んだ。そこにも当然ながらベルナルトの姿は無く、茉莉花は廊下へと続く扉に手を掛けた。だが少し躊躇った後その扉を開く事は無く鍵を閉めリビングへと戻った。


 茉莉花は簡易キッチンに立ち昨日買ったリンゴを冷蔵庫から取り出した。久々に握るナイフを表情一つ変えずに、器用に使いこなしリンゴを食べやすいように剥いた。


 (美味しそうだったから、一緒に食べようと思ったのに……)


 みずみずしいリンゴは蜜が適度に入っていた。茉莉花は小さな溜め息を吐いた後それを皿に盛り、ソファの前のローテーブルに置いた。剥いたリンゴを齧りながら茉莉花はソファに膝を抱えて座った。


 茉莉花はベルナルトの発言を信じられずに居た。夢だったらよかったのにと思いながら起きた。だが昨日の出来事は現実で茉莉花にどうしようもなく暗く淀んだ気持ちをもたらした。好きな人から言われた言葉にショックを受けていた。だがそれを受け入れる事は、ベルナルトの思想を共有することは茉莉花には出来なかった。


 (どんな手を使ってもお父さんの所に行く……)


 茉莉花は浮かない顔つきでリンゴをまた一つ手に取り齧った。


**


 茉莉花は片っ端から使用人達に声を掛けた。ヘリコプターの運転手や、お局的な役割のメイド、たまたま通りかかった執事など。出かけたい。そう言う物の誰一人として笑顔で首を縦には振らなかった。皆怪訝な顔をし、申し訳程度に首を横に振るのだった。

 茉莉花は部屋に戻った。元々出かけたいと言っても付いてきてくれる使用人はそうは居なかった。だが、今日に限ってはベルナルトの策略としか考えられなかった。頼みの綱のチェンは朝から見当たらない。自分に近づかないようにベルナルトに言われているのでは、と茉莉花は疑っていた。

 ソファに腰掛け額に皺を寄せているとノックの音と共に聞こえて来た声に、茉莉花は少し嬉しくなりすぐさま扉を開いた。


 「チェン!」


 チェンは相変わらず申し訳なさそうに笑いお辞儀をした。疑い過ぎていたのだと茉莉花は自分に言い聞かせた。


 「奥様、ご昼食は、い、いかがなされますか?」

 「チェン! 私出かけたいの! お願い付いてきて!」


 チェンは一瞬深く眉間に皺を刻み眉を下げ茉莉花を見た。


 「も、申し訳ありません……。きょ、今日は忙しくて……」


 不自然に目を泳がせ視線を逸らすチェンに茉莉花は確信した。


 「ベルナルトさん、だね……」

 「あ、あの、ごめんなさい……」

 「チェン、部屋に入って」


 そう言い茉莉花はチェンを部屋に呼び入れた。チェンの背中を眺めながら茉莉花は唇を噛んでいた。


 「奥様。だ、旦那様は出かけるのは一向にかまわないとおっしゃっていました。ですが」

 「墓参りには行かせるな。ってところかな?」

 「……はい」

 「じゃあお墓参りには行かない。だからついてきて?」

 「それは、う、嘘ですよね?」

 「どうして?」

 「私、分かるんです。う、嘘ついておられるの……。奥様のお気持ちもわ、分かります。家族に会うななんて、酷いと思います……」


 茉莉花は眉を下げ手を胸の前で組んだ。


 「だったら……! お願い! 連れて行って! どうしても行きたいの! 一年も、私はお父さんのお墓に行ってない! 一年も私はお父さんを放って置いた。チェンなら分かってくれるでしょ!? 貴方は誰よりも家族思いじゃない!」

 「分かります。ですが……」

 「お願いよ! 今行かなかったら絶対に後悔する。今行かなかったらきっともう行けない! ベルナルトさんが出張の今だから行けるの! お願い! 貴方に責任は押し付けない。絶対に」

 「でも……」


 茉莉花は唇を強く噛みチェンに背を向けてキッチンに立った。そこに置いてあった果物ナイフを手に取りじっと見つめた後、それをソファ越しに立っているチェンに向けた。


 「お願い……!」

 「お、奥様……!?」

 「一緒に来て! 貴方にはそうする義理があるでしょう!?」

 「っ! 脅しには屈しません……。刺してくださっても、構いません。だ、旦那様を説得しましょう?」

 「分かった。一緒に来てくれないなら……」


 茉莉花は果物ナイフを震える両手で持ちチェンではなく自分の喉元に向けた。


 「奥様!」

 「こうする!」

 「止めてください! お願いです! 止めて!!」

 「なら一緒に来て」

 「と、とりあえずそのナイフを置いてください!」

 「ダメ。一緒に来てくれるって約束するまでこのまま。私! 本気だから! お父さんと同じ道を辿る! そうすればお父さんの気持ちも分かるかもしれない! そうよ、少しでもお父さんに報いる事が出来るかもしれない……」


 茉莉花は虚ろな目で鈍く光るナイフの先を見ていた。チェンは顔を青くして勢いよく首を縦に振った。


 「わ、分かりました!! 行きます! ですから、馬鹿な真似は止めてください!」

 「……。ありがとう。貴方は近くまで送ってくれればそれでいい。私が逃げ出したと知らせに帰ればいい。どうせ私には発信機が付けられててすぐに居場所がばれちゃう。そうなる前にお墓参りがしたいだけなの」

 「私も一緒に行きます。奥様一人にはしません。罰も受けます」

 「その必要はない。私のわがままに付き合わすんだから。この国から出れれば後は私が勝手にする」


 茉莉花は果物ナイフを喉元から離した。チェンはほっと息を吐き茉莉花に近づき、その手からナイフを取ろうとした。だが茉莉花はさっと身を引きそれをさせなかった。


 「ダメ。これは私のお守り。チェンが約束を果たしてくれるまで離さない」

 「っ!」

 「早く、行こう」


 茉莉花はコートと必要な物を鞄に放り込み出かける準備を整えた。鞄の中にはしっかりとナイフを入れてチェンを脅した。チェンは眉を寄せおとなしく茉莉花に従ったのだ。


**


 茉莉花はチェンを連れヘリコプターに乗り込んだ。ヘリコプターで近くの、ベルナルトの専用の空港まで行きそこから小型の飛行機でロシアの東側に降ろしてもらった。茉莉花が住んでいた土地からは何百キロも離れていた。操縦士に笑顔ですぐ戻るといい、茉莉花はチェンを連れ歩き出した。


 「列車を使っても一日は掛かるね……。仕方ないか……。ベルナルトさん気付かなければいいのに」


 茉莉花はそうぶつぶつと零した。ベルナルトが気付けばすぐに迎えに来ることは目に見えていたのだ。それでも茉莉花は僅かな賭けに出たのだ。少しだけでもいい。その後閉じ込められてもいい。それでも父親の墓参りに行きたかったのだ。


 (さよならも言わずに私は行っちゃったんだもん)


 「奥様。やはり」

 「ダメ。絶対に帰らないから。チェンは帰ってもいいよ……」

 「いえ、私は奥様と共に居ます。奥様に何かあればいけませんので」

 「何もないよ。迷子になるくらいだよ」

 「わ、私がそう決めたんです」


 茉莉花は少し目を見開くと困ったようにチェンに笑い掛けた。


 「ありがとう」

 「いえ、出来る限り早く帰りましょう」

 「うん」


 茉莉花とチェンは列車に乗り込み、茉莉花の暮らしていた土地を目指したのだった。



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