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一難去って……

【22】



 「ベルナルトさん……」


 茉莉花は大きく深呼吸をし、ベルナルトの目を真っ直ぐに見つめていた。仕事から帰って来たばかりのベルナルトは、少し驚いたように茉莉花の頬に手を伸ばしそっと撫でた。


 「どうかしたか?」

 「あ、あの……!」


 茉莉花はギュッとワンピースのスカートを握っていた。


 「……昨日は出かけていたんだな?」

 「へ? はい」

 「楽しかった?」

 「ええ、まぁ」


 ベルナルトは茉莉花の手を引きソファに座った。茉莉花もベルナルトに連れて来られるままにソファに座り、前のローテーブルに目をやった。


 「ショッピングか?」

 「え、はい。この雑誌とか、本とか買いました。ダメでした?」

 「いや? 好きにするといい」


 ベルナルトはローテーブルに置かれた雑誌を手に取り、興味深そうにペラペラとページを捲り眺めていた。そんなベルナルトを茉莉花は眉間に皺を寄せ見つめていた。話しを遮られたような気がしていたのだ。


 「ベロルシアのショッピングモールに連れってってもらいましたけど……。ここやっぱりそんなにロシアから離れてないんですね?」

 「……」

 「言いたくないならいいですよ……!」

 「ふーん。こういう物が今人気なのか……」

 「ちょっと……。雑誌に没頭しないでくださいよ!」

 「で? 話しとは?」


 茉莉花はムッとしながらも向き直ったベルナルトを見ていた。ベルナルトは目を細め口角を上げて頬杖をついて茉莉花を見ていた。


 「あの、今度の休みに、その、一緒に出掛けて欲しいんですけど……」

 「ほう? どこに?」

 「……お父さんのお墓に……」

 「!」


 茉莉花は気まずそうに俯いていた。ベルナルトは目を見開き驚いた顔をしていた。


 「あの、明後日でお父さんが亡くなって丁度一年だし、お墓参りに行きたいんです! それでその、良かったらベルナルトさんも一緒に……」


 茉莉花は上目遣いでベルナルトを仰ぎ見た。ベルナルトは眉間に皺を寄せていた。


 「ダメだ」

 「え、あ。休みが合わないなら、近いうちなら来週でも、いつでもいいんです」

 「そういう事じゃない。茉莉花、シルヴァーニ氏の墓に行く事は許さない」

 「え……?」


 茉莉花はキョトンとし、頭にはてなマークを浮かべていた。ベルナルトはきつく茉莉花を睨むと淡々と話し始めた。


 「彼の墓に近寄るな」

 「どう、して……?」

 「墓に行ったって何もない。死者はそこには居ない。君のお父さんはもういないんだ。そこに行く事に意味があるとは思えない。長旅に出るなら違うところに行こう? 私と何処か違うところへ行こう」


 茉莉花は目を見開き呆然としていた。


 (嘘、だよね? 聞き間違いだよね? 何かの間違いだよ……)


 「私、お父さんが死んでから全然挨拶に行ってないんですよ!? 一緒に行ってくれないんですか……?」

 「挨拶とは何だ? それは生きている者に行う事だろう? 君のお父さんは亡くなった。会いにも行けなければ、言葉を交わす事なんて論外だ。時間を無駄にするな。墓参りは却下だ」

 「っ!」


 茉莉花は目を見開き衝動的に手を振りかざしていた。部屋には渇いた音が鳴り響き、茉莉花の手は赤くジンジンと熱を持ち始めた。横を向いたベルナルトは頬に手を当てていた。茉莉花は立ち上がり、ベルナルトを見下げると顔を赤くさせて怒鳴った。


 「茉莉花……」

 「やっぱり……! やっぱりベルナルトさんは最低!! 人の気持ちが分からないんだわ! 貴方には心が無いんだ! あな、貴方はとても冷たい人よ……! どうしてそんな事が言えるの!? どうしてそんな風に思えるの!! 信じられない! 親に元気な姿見せたいと思うのは当然の事でしょう!? ベル、ベルナルトさんなんて……! 最低! 大嫌い!!」


 茉莉花は涙を流すとベルナルトに背を向けベッドルームに駆け込んだ。扉を閉め鍵を掛けると、その薄い扉に背を預け顔を覆い泣いた。


 (嘘みたい……。私、何て馬鹿なんだろう……!! ベルナルトさんの事好きだなんて、何を勘違いしていたんだろう? あの人は何も変わってない! 会った時からずっと冷たい人なんだ。ちょっと優しくされたからって、私……。本当馬鹿だ……!)


 膝を抱えうずくまり、声を押し殺して茉莉花は泣いていた。


 「茉莉花」


 扉をノックする音と共にベルナルトの声が聞こえたが、茉莉花は返事をしなかった。


 「茉莉花。扉を開けて」


 ベルナルトはガチャガチャとドアノブを回し、ノックを繰り返した。茉莉花はベルナルトがどこの扉でも開けられるマスターキーを持っている事を分かっていた。その事を知ってからは鍵など掛けた事は無かった。今初めてベルナルトに対し、扉を閉ざしたのだ。


 「茉莉花……」


 ベルナルトは弱弱しく茉莉花の名を呼んだ。こつんと扉に何かがぶつかる音がした。


 「お願いだ。茉莉花。ここを開けてくれ」

 「嫌……」

 「茉莉花。お父さんの墓参りは行かせられない。使用人にもそう伝える。君はお父さんの墓には行けない」

 「……」

 「茉莉花。返事をしてくれ。お願いだ。茉莉花ここを開けて……」


 茉莉花はベルナルトの珍しく消え入りそうな声を聞きながら膝に顔をうずめていた。何分もそうやって扉越しに二人は座り込んでいた。


 「茉莉花……。私は明日から出張で帰って来られない。出かける前に君の顔を見たい。お願いここを開けて。一緒に寝よう?」

 「嫌よ……。どこにでも行けばいい」

 「茉莉花……。分かってくれ」

 「何を!? 開けたければ開ければいいじゃない! 前みたいに無理矢理開ければ!? そうやって無理矢理私の顔を見ればいいじゃない! 自分の思うままに私を道具の様に使えばいいじゃない! そうしなさいよ!」

 「……そんな事はしない。君が、こうやって私を拒絶するなら、受け入れられないならそれも仕方ない事だ」

 「仕方ないって、何なの……。私は、ただ……! 一緒にお墓参りに行きたいだけなのに……!」

 「行かせられない」

 「なんでよ! どうして私をあの場所から遠ざけるの!! 貴方から逃げないって言ったのに! 約束したのに! 何が不満なの! 何がしたいのよ!!」

 「茉莉花、分かって。君の為なんだ」


 茉莉花は拳を握りギリギリと唇を噛んだ。


 「私の為って……! もういい!! 何度も聞いた! 意味わかんない! 何も私の為になってない! 何が私の為なのか理解できない! 説明してよ!」

 「君の為だ」

 「何も言えないの!? 何を隠してるの!! ベルナルトさんの目的は何なの!!」

 「……私は君の味方でありたいだけだ。君を守るだけだ」

 「っ! もういい!! ベルナルトさんは味方でも何でもない! 私にとって敵よ! 今も、昔も! 貴方は私を閉じ込めるだけの、私にとっては最低の男よ!」


 茉莉花は扉から離れベッドにうつ伏せに寝転んだ。枕を抱きかかえ静かに涙を流し始めた。


 「茉莉花……」


 力なく茉莉花を呼ぶベルナルトの声を無視して茉莉花は泣き続けた。


 「……、茉莉花寒いから充分に温かくして寝る事。私は明日から出かける。いい子で待っていて。君の元に必ず帰って来るから。……おやすみ」


 ベルナルトがそう言いすぐに廊下へと続く重い扉がバタンと閉まった音が茉莉花には聞こえていた。

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