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思いを馳せるのは過去

【21】



 茉莉花はベルナルトの膝の上で横抱きにされる形で震えながらソファに座っていた。ベルナルトの服をキュッと掴み、悲鳴と共に抱き付いていたのだ。ベルナルトは頬を緩ませながらそんな茉莉花の背中に手を当て優しく撫でていた。


 毎晩恒例の映画鑑賞はベルナルトが遅く帰って来ない限り続いていた。最近は決まって週末はベルナルトが映画を選んでいた。ベルナルトは茉莉花が嫌がるのを知っていて尚、大概ホラー映画を選ぶのだ。茉莉花は泣き出しそうになりながらも違う物にしようと言うが、ベルナルトは聞き入れず笑顔で映画を見出すのだ。そして震えだす茉莉花を膝の上に乗せるのだ。そんな週末に茉莉花は恐怖を抱いていた。


 「も、やだぁ! なんでいっつも怖いのばかり選ぶのよー!」


 泣き出しそうになりながらも茉莉花は必死にベルナルトに掴まり、その胸板に顔をうずめていた。体は小刻みに震えているものの恐る恐る画面を見る茉莉花を、嬉しそうにベルナルトは見つめていた。


 「ひっ!」


 ビクッと大きく震えあがった茉莉花を抱きしめ、ベルナルトは茉莉花の手を握り頬に顔を寄せた。


 「大丈夫。私が付いてる」

 「ベルナルトさんが居なければこんな思いはしませんでした……!」


 そう言いながらも茉莉花はしっかりとベルナルトに抱きかかえられていた。


 「見なければいいだろう? 私が後で説明してやろうか?」


 茉莉花はベルナルトの提案を首を横に振って断った。


 「やだ。だって脅かすんでしょ……。しかも勿体付けて! なんでホラーばっかり選ぶんですか! 嫌いなの知ってるのに!」

 「私は好きだが?」

 「初めは面白くないって言ってました!」

 「評価が変わったんだ」

 「目覚めたんですか!? ホラーに!? ベルナルトさんが!? 最近精神的に来るやつまで見せるから、もう、ベルナルトさん嫌い……」


 茉莉花はそう言いつつ目に涙を浮かべてベルナルトの胸元に顔を寄せた。


 「おやおや、これは困ったな」


 ベルナルトはクスクスと嬉しそうに頬を緩め握った茉莉花の手にキスを落としていた。茉莉花は震えながら映画の続きをチラチラと見ていた。


**


 「ふっ、うぅ、ベルナルトさんの馬鹿、馬鹿、大嫌い」

 「よしよし。君が怖がるのを知っているから、翌日が私の休みの日しかホラーは見せてない。ゆっくり眠りに就いていいぞ? 私がそれまで君を守ってあげよう」

 「そんな気遣いはいりません! それなら心温まるハートフルコメディでも見せてくれればいいんです! そしたら安心してぐっすり眠れるのに!」

 「それはいつも君が選ぶじゃないか。それに、ほら、君をこうやって抱きしめるいい口実になる。それに刺激的だろう?」

 「本当に馬鹿なんですか!? そんな事の為に見せてるの!? 信じられない!!」


 茉莉花が、がみがみ言うのもお構いなくベルナルトは茉莉花の全身をギュッと抱きしめていた。初めてホラー映画を一緒に見た時から、茉莉花が怯える夜は決まってこうなのだ。茉莉花はベルナルトの体温に安心し眠りに就いていたが、その頻度が最近高すぎて安らげなくなっていた。


 「茉莉花。茉莉花。落ち着いて。眠ろう?」

 「落ち着けません! 誰のせいですか! もう、ベルナルトさんなんて嫌い。なんであんな怖い物見せるの? もうやだ。ベルナルトさんのせいでいっつも次の日屋敷の中とか怖いんですからね! お風呂だって落ち着いて入れないんだから!」

 「それは困ったな。なら私が一緒に入ろう」

 「変態! 結構です」

 「そんな事言わずに。私達はそう言う仲だろう?」


 茉莉花は顔を赤らめベルナルトを上目遣いで睨むと膝を曲げ、ベルナルトの腹を蹴った。


 「知らない! 知らない! もう寝るもん! おやすみなさい!」


 茉莉花はそう言うとベルナルトにギュッと抱き付き目を閉じた。ベルナルトはクスクスと笑い、茉莉花の背を撫でて眠りに就いた。


**


 茉莉花は暗い森の中を息を切らし走っていた。心臓は高鳴り、今にも爆発しそうだった。足も疲れ走る度に絡まりそうになっていた。それでも必死に後ろを振り向かずに走っていた。体温は上昇し喉はカラカラだった。

 茉莉花は走っていると小石に足を取られ転んでしまった。急いで起き上がったものの茉莉花の背後には色濃く影が出来ていて、振り返ると血だらけで内臓が飛び出している男が立っていた。男はギョロリと飛び出た目で茉莉花を見据えると、手に持っていたサバイバルナイフを高々と振り上げた。


 『や、止めて! お父さん! 止めて! きゃ、きゃああああああ!!』


 茉莉花はサバイバルナイフで何度も体を刺された。


 「いやぁっ!!」


 悲鳴と共に茉莉花は勢いよく起き上がった。額には汗が玉の様に出ていた。背中も汗をかいて肌寒く感じた。被っていたシーツを思いっきり握り締め、乱れた息を整えながら茉莉花は眉を寄せ唇を強く噛んだ。


 「茉莉花……?」


 茉莉花の悲鳴で目覚めたのだろうベルナルトは、茉莉花を見るなり目を大きく開き優しく茉莉花に手を伸ばした。茉莉花はポロポロと涙を流していた。


 「どうした?」

 「わか、分かんない……」


 茉莉花は夢の内容をはっきりとは覚えていなかった。とにかく怖かった事を思い出し、自然と涙が溢れ出たのだ。茉莉花は顔を覆いながら泣いた。ベルナルトは茉莉花を抱きしめゆっくりと背中を撫でた。


 「怖い夢を見たのか?」


 茉莉花はベルナルトの腕の中で震えながら何度もうなずいた。


 「お父さん……」


 消え入りそうな声で茉莉花はそう呟いた。ベルナルトは眉間に皺を寄せて茉莉花を見つめていた。


 「私のせいかな? 調子に乗っていたようだ。君に怖い物を見せすぎた」

 「ふぇっ、う、うぅっ、ふっ……」

 「すまない茉莉花。泣かないで」

 「おと、お父さん、血だらけで……。私は、なんでか、そんなお父さんから逃げててっ」

 「うん」

 「お父さん、私の事、恨んでる、かな……? 私が、もっといい子だったら、死ななかったのかな……? 私の事、嫌いだったの、かな……?」


 茉莉花は涙を溜めたままベルナルトに抱き付いてそう零した。今までベルナルトに父親の話しをあまりしなかったのだ。胸中を誰にも茉莉花は語らなかった。

 本当は父親にどう思われていたのか茉莉花はずっと考えていた。どうして父親が死を選んだのかずっと考えていた。もしも、自分がもっとしっかりしていたならば、父親の気持ちを汲み取れていたならば、あの日父親の傍に居たならば、父親は今も生きて共に暮らしていたのではないかと、そう思う日もあった。父親の死の原因が自分かもしれないと茉莉花は何処かで自分を責めていた。だがそれを誰にも語ることは無かったのだ。


 「茉莉花……」

 「だって、私! こんなだし、お父さん、仕事も何してるのか教えてくれなかった! 本当は私を煩わしく思ってたのかもしれない! でも、犬や猫じゃないから捨てられなかったのかもしれない! 私が居なかったら、お父さんは結婚して普通に暮らしていたのかもしれない! お父さんの幸せを、私が、壊したのかもしれない……。それなのに、私は、幸せに生きて……。恨まれていても、おかしくない」

 「それは、……違う。茉莉花。君は何も悪くない」

 「どうしてベルナルトさんに分かるの? お父さんの事知らないじゃない! 私の事だって知らなかったじゃない! 娘が居た何て知らなかったじゃない! おと、お父さん、わ、私の事、恥に思ってたんだ……。だから、ベルナルトさんに何も……」


 ベルナルトは茉莉花を強く抱きしめた。茉莉花は黙り込んだ。


 「違う。シルヴァーニ氏が君を愛していたかは、私には分からない。推測しかできない。君達の関係も私には分からない。だけれど、茉莉花、君が自分を責める事は何もない。シルヴァーニ氏の死を君が背負う事はない。君は関わっては居ない。関わってはいけない」

 「……」

 「茉莉花……。思い詰めないで欲しい。君の心の奥を掻き乱してしまった事、すまない。こんな形で君を追い詰めた事、すまない。君がそんな風に思っていたなんて知らなかった。私は未だ君の事を何も理解できないようだ……」


 茉莉花はポロポロと涙をまた流しベットを濡らした。抱きしめられたベルナルトの腕をギュッと握っていた。


 「傍に、居てください……」

 「ああ、勿論。君の気が済むまで」

 「ベルナルトさんは居なくならないで、ください。もう、誰も居なくなるのは嫌。理由も分からないなんて、そんなの嫌。私はずっと、悪夢の中に居る……」

 「君を悪夢の中に何て置いておかない。私が君を連れ出す。そのために私は君の傍に居るんだよ? 茉莉花。私は君の味方だ」

 「ほん、とう、に?」


 (本当に傍に居てくれるの……?)


 「ああ。約束しよう。私は君の味方だ」

 「……」

 「茉莉花。私が思うにシルヴァーニ氏は君を愛していたと思う」

 「どうして?」

 「どうしても。愛していなければ君に微笑み掛けない。君を傍に置いておかない。君を危険な事には巻き込まない。思い当たらないか? それが証明だ」


 ベルナルトは泣き止んだ茉莉花の頭をポンポンと撫でた。茉莉花は鼻を啜りながらギュッとベルナルトの胸元に抱き付いた。ベルナルトの言葉を考えていた。シルヴァーニはいつでも茉莉花に微笑み掛けていた。面倒を見る茉莉花にありがとうと言って手を握ってくれた。小さい頃は苛められる茉莉花を庇ってくれていた。茉莉花はベルナルトの言葉に元気をもらっていた。と、同時に疑問を抱えていた。ベルナルトはどうなのだろうと。


 「……暖かいココアが飲みたいです」

 「君のわがままを聞こう」

 「ベルナルトさんが作ったのがいいです」

 「本当にわがままだな。私はそういった事をしないと知っているだろう?」

 「作ってくれなきゃ嫌。ベルナルトさんのせいなんだから」

 「はいはい。お嬢様の言う通りに」


 ベッドから抜けようとするベルナルトの服の裾を掴み茉莉花も一緒に立ち上がった。ベルナルトは不思議そうな顔をして茉莉花を眺めていた。茉莉花は少し頬を赤くして俯き、小さく言葉を零した。


 「こんなまだ暗いうちに一人にされたら、怖いじゃないですか……」


 ベルナルトはキョトンとしてその後吹き出すように笑っていた。


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