芽生えていた感情 3
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プールサイドでルームサービスの昼食を取りながら茉莉花達はのんびりと過ごしていた。
「流石一流ホテルですね? ルームサービスと言いながらも、手は抜いてない……」
「気に入らなかったか? ホテルのレストランにでも行った方がよかったか?」
「そうじゃなくて、……もういいです。このローストビーフのサンドイッチ美味しいです」
「そうか。なら良かった」
ベルナルトは満足げに笑うとサンドイッチに噛り付く茉莉花を嬉しそうに見ていた。茉莉花はもぐもぐと口を動かしながらもベルナルトのその視線に気付き、不気味に思っていた。
「ん、見ないでくださいよ。何か恥ずかしいじゃないですか」
「どうして?」
「私なんか見てないでベルナルトさんも食べればいいじゃないですか! なんでガン見してるんですか!」
「美味しそうに食べるなと思って。本当にリスだな」
「馬鹿にしてるんですか!?」
「何処が? 褒めているんだが?」
「……それって本気なんですか? ベルナルトさんって天然?」
「? こんな冗談何て言わないが?」
「……他の人にも言うんですか? 昨日の……お仕事の人にも……」
茉莉花はサンドイッチを置いて膝の上で手のひらをキュッと握ると俯いた。
「茉莉花。私は正直者なんだよ?」
「嘘」
「思った事しか言わない。昨日の女性にはそんな風には思わなかった。つまらない食事につまらない会話だった。だからそんな事言ってない。そうだな、人の食事を見てこんなに面白いと思ったのは君が初めてだな」
「やっぱ、馬鹿にしてるじゃないですか!!」
「していない」
口角を上げながらもベルナルトは立ち上がった。
「どこ行くんですか……?」
「忘れ物を取りに。大事な忘れ物」
茉莉花に微笑み掛けベルナルトは部屋の中に入って行った。茉莉花は首を傾げ昼食の続きを取っていた。
「お帰りなさい」
ものの数分で戻って来たベルナルトを見て茉莉花はハッとした。ベルナルトの手には昨日茉莉花が渡したチョコレートの入った箱と、茉莉花が買ってきたお菓子があった。
「折角君がくれたものだから、早いうちに食べないとな」
「……うん。感想聞かせてください」
「君も食べればいいだろう?」
「ベルナルトさんにあげたものだもん。ベルナルトさんが食べてください」
ベルナルトは箱に入ったチョコレートを一つ摘まみ口に放り込んだ。茉莉花は嬉しそうにそれを見ていた。
「君だって私の食べているところを見ているじゃないか?」
「気のせいですよー。で、美味しいですか?」
「ああ、美味い。ビターで程好い。ふむ、洋酒も使われているのか。中々癖になるな」
「よかったぁ。言葉は通じないし何となくで選んだんですけど、気に入ってくれて」
「君が初めて私にくれたんだ。気に入らない訳ない」
「あ……」
茉莉花は嬉しそうにもう一つチョコレートを口に含むベルナルトの言葉にハッとした。
(そっか……。私ベルナルトさんに貰ってばかりで何もしてないや。お礼も何も……。それに初めの頃はそれすらも拒絶した。きっとベルナルトさんに悪意なんて無かったのに。私が気に入ってくれるかいつも気にしてた。そうだよね。気になるよね)
茉莉花は眉を下げ小さな声で呟いた。
「ごめんなさい」
ベルナルトはキョトンと茉莉花を見つめた。茉莉花は相変わらず眉を下げたまま暗い顔をしていた。
「どうした?」
「……ベルナルトさんの事、私今は嫌いじゃないです」
「それは嬉しい報告だな。前は大嫌いだと言っていたのに」
ベルナルトは嬉しそうに頬を緩めクスクスと笑った。
(というか、私、気づいてしまった。この人の事好きだって……。気付きたくなかった。でも、一緒に居るとどんどんその考えが私を埋め尽くしていく。それでいつも行き当たる。ベルナルトさんは? 私の事どう思ってるの? 何が目的で結婚したの? 知りたくない……。傷つくの分かってるから。なら今のままの関係の方がいい。壊したくない)
茉莉花はもう一度手をキュッと握り、困ったようにベルナルトに笑顔を向けた。
「こうやって初めてベルナルトさんの為にチョコ選んで、受け取ってくれて嬉しかったです。だから、ごめんなさい。私今まで本当に失礼な態度だったなって……。多分ベルナルトさんはただ単に私に、……私を喜ばそうとして色々贈ってくれたんだなって思って。それなのに要らないなんて、言い方とか、もっと色々あったのになって……」
ベルナルトは俯き固く閉ざされた茉莉花の手を取った。ベルナルトの手は温かくて茉莉花は少し落ち着いた。
「いいんだ。そうやって思った事を言ってくれる方がいい」
「え?」
「今までの女は何でも喜んで受け取った。高価なものを与えていればそれを輝かしい目で見つめて嬉しそうにしていた。だけど、君は、茉莉花、君だけは違った。嫌だと怒って私にそれを跳ね返した。何が気に食わないのか分からなかった。正直腹が立った事もある。だけど君と一緒に居るうちに君という人間がどんなものか次第に理解出来た。君が嫌がる理由も何となく分かって来た。私は今まで他人をちゃんと知ろうとしていなかったのだと思った。金を掛ければ女は文句を言わないものだと思っていた。そうじゃないんだな。誰一人私はちゃんと向き合っていなかったし、誰も私には向き合ってくれなかった。……君だけなんだよ。こんなプレゼントの為にわざわざ行動してくれたのも。私の為にいっぱい悩んで考えてくれたのも」
「……ついでですぅ。わ、私がこのビスコッティ食べたかったから!」
茉莉花は恥ずかしそうに頬を膨らまし、ベルナルトはふっと笑っていた。
「嘘ばっかり。それだって私に食べさせようとしていたんじゃないのか? それに昨日、貰った時君は、仕事が疲れただろう? と言った」
「だ、だから?」
「疲れた時は甘い物がいいと思ったんじゃないのか? 実際疲れた時は甘い物がよく効く。そう思って、私が仕事で疲れて帰ってくることを想定して、悩んで買ったのでは?」
「……違うもん」
「私の目を見て言えるか? ふふっ、変な子だな君は。君の為に金を置いて行ったのに、私の物を買ってくるんだから」
「ベルナルトさんだって同じじゃないですか! 私の物ばっかり買うでしょ? 一緒です」
「おやおやこれは、似たもの夫婦になって来たな? 夫婦も板について来たんじゃないか?」
茉莉花は顔を真っ赤にさせベルナルトを見た。ベルナルトは余裕の笑みを浮かべ片手に頬を乗せていた。それからベルナルトは、茉莉花の頬に手を当て笑みを浮かべたまま口を茉莉花の耳元に寄せた。
「君だけだよ」
そして音が鳴るように茉莉花の頬にキスを落としたのだ。茉莉花は目を見開き硬直した。
(いっつもずるいのよ! ……でも唇にはしてくれない。昨日も……。やっぱり……)
「茉莉花!」
茉莉花はハッとして呼ばれた方向を見た。ベルナルトはプールに入り茉莉花に手招きをしていた。
「いつの間に……」
「ビーチボールで遊ぼう」
「待ってくださいよぉ!」
茉莉花は慌ててプールに入りベルナルトと遊んだのだ。




