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 少し酔い頬が赤くなった茉莉花と、いつもと同じようにシレッとした顔をしたベルナルトはホテルに戻った。


 「酔ったのか? カクテル一杯で?」

 「ん、少しだけ。でも、頭はちゃんと働いてますよ? ちょっとフラフラしますけど大丈夫です。あんまりお酒って飲まないから、久しぶりで回っちゃったみたい」


 へらっと笑う茉莉花の腰に手を当てベルナルトは茉莉花をベッドに連れて行った。冷蔵庫から水を取り出しそれを茉莉花に差し出すと茉莉花は嬉しそうに受け取った。


 「ありがとうございます」


 そして一気に水を飲んだのだ。


 「本当に大丈夫か?」

 「全然平気! 水も飲んだから大丈夫」

 「頬は赤いがそのようだな」


 ベルナルトは安心したように微笑んだ。茉莉花はあっ、と小さく声を上げ、小走りでソファに置かれた鞄の元に行った。その足取りはふらついてはいなかった。その様子を見ていたベルナルトに茉莉花は振り返り、手に持ったリボンの巻かれた箱を差し出した。


 「ベルナルトさん」


 ベルナルトがそれを受け取ると茉莉花は嬉しそうに微笑んで、他の一緒に買ったお菓子も取り出した。


 「これは……?」

 「お仕事、疲れたかなって思って。甘い物嫌いじゃないですよね? 美味しそうだったからベルナルトさんにプレゼントです。こっちのも食べていいですよ? 今日は、このビスコッティがガイドブックに載ってたから買いに行ったんです。ベルナルトさんも一緒に食べるかなぁって。そしたらチョコも売ってて美味しそうだったから買っちゃいました。あ、ベルナルトさんのお金だからプレゼントなんて押しつけがましいですけど……」


 ベルナルトは茉莉花から受け取った箱を凝視していた。そして大事そうにそれを持ちソファに座る茉莉花の横に座った。


 「嬉しい。ありがとう」


 ベルナルトに優しく微笑まれた茉莉花は恥ずかしそうに耳まで赤くして顔を逸らした。


 (やっぱり私……。どうしよう。認めたくないのに。でも……)


 「わざわざ私の為に選んでくれたんだろう? あんな危険な場所までいって」

 「危険じゃなかったですよ? お店の人は優しくしてくれましたし、駅であったお姉さんも道を教えてくれました」

 「夜は危険なんだ。私が居なかったら君は知らない男に連れ去られていたかもしれない。実際君を付けていた男が居た」

 「そうなんですか? あ……」


 (だから車の鍵も閉めずに走って追いかけて来てくれたの……?)


 茉莉花はベルナルトの袖を掴み赤い顔でじっとベルナルトを見つめた。


 (ダメだ。やっぱり私この人の事……)


 「あの、ありがとう」


 恥じらいながらそう言った茉莉花はすぐにベルナルトから視線を逸らした。だが掴んだ袖は離さなかった。ベルナルトは目を見開いた後困ったように眉間に皺を深く刻み目を閉じた。そしてソファから立ち上がったのだ。


 「どうしたんですか?」

 「今日は一緒の部屋に居ない方がいい。違う部屋をもう一室取るから君はここでゆっくりしているといい」

 「え? え、どういう?」

 「フロントに行ってくる。空いている部屋が無いか確かめてくる」

 「ちょ、ちょっと待ってよ、ベルナルトさん」


 茉莉花は慌てて部屋を出ようとするベルナルトを追いかけようとした。だが急に立った事でふらつき倒れそうになった。ベルナルトはそれを見ていて慌てて茉莉花を抱えようとしたが間に合わず、茉莉花の腕を掴んだまま引っ張られるように綺麗にソファに茉莉花を押し倒す形となった。


 「……」

 「……っ」


 茉莉花は真っ赤な顔で固まり、ベルナルトも驚いた顔で茉莉花を見ていた。どちらとも声を出すことなく沈黙だけが流れていた。


 沈黙に耐え切れずに先に声を上げたのは茉莉花の方だった。


 「ベル、ベルナルト、さん?」

 「あ……、ああ」


 ベルナルトはゆっくりと茉莉花から離れ茉莉花を起こした。


 「すまない……」

 「あの、どうして違う部屋何て……」

 「それは……」

 「ねぇ、なんで? どうして今日は一緒に居てくれないんですか? ……私聞いちゃいました。今日は女の人の相手をしていたんでしょ……?」

 「……」

 「なんで黙ってたんですか? 仕事なら、やましい事なんて無いですよね……? それともその人と何かありましたか……?」

 「そんなわけない! 私は君と一緒に居たかったんだ! 君はヴァチカンに行きたがっていたのに連れて行ってやれなかった。あの女性の相手をしていても君は今、何をしているんだろうとずっと思っていた! 少しでも君の願いを叶えたかった。君に早く会いたくて早く終わらせて、君の元に帰る努力を私はしたんだ。君が危険な目に遭うところでどれだけ心配したか……」

 「……そんなに私の事考えてくれてるなら、どうして一緒に居てくれないんですか?」


 茉莉花は潤んだ目でベルナルトの服を掴み見上げていた。ベルナルトは眉間に皺を寄せ、茉莉花から目を逸らした。


 「だから、それは」

 「私、今日ずっと不安だったんですよ? 言葉は通じないし、迷子だし……。イタリア人とまともに触れ合ってそれはそれで楽しかったけど、でも今までベルナルトさんに頼りっきりだったって思って、ちゃんとお礼言わなきゃって思って……。そのチョコだって食べてくれないんですか? やっと一緒に居られるのに、どうして避けるんですか……?」


 ベルナルトは珍しく余裕なさげに唇を噛んだ。茉莉花の事を避けるように見ようとはしなかった。


 「どうして、避けるんですか? 私、何かしましたか? 今までの態度、悪かったって思ってます。ごめんなさい。それでもベルナルトさん、私に構ってくれたじゃないですか。もう、愛想、つきましたか……?」

 「……違う。そうじゃなくて」

 「ベルナルトさん……」


 茉莉花はか細くベルナルトの名を呼び眉を下げた。ベルナルトは溜め息を吐き困ったように茉莉花を見た。


 「よく聞け、茉莉花」

 「はい?」

 「違う部屋にしようと言ったのはこういう事だ」

 「え、え……!?」


 茉莉花は再びソファに押し倒されベルナルトに真っ直ぐな瞳で見つめられた。


 「君は酒のせいで判断力が鈍っている」

 「鈍って何ていません! 確かにふらつきはしてますけど、頭ははっきりしてます!」

 「なら、この状況、分かるだろ?」


 茉莉花は顔を真っ赤に染め上げ唇を噛み、眉を下げた。ベルナルトは平然とした顔で茉莉花を見下げている。


 「分かり、ます」

 「君に嫌われたくないんだ。俺も男だ。今日は理性が抑えられそうにないんだ。だから分かってくれ」


 そう言われ茉莉花の上に居たベルナルトは退いた。茉莉花は唇を噛み起き上がると、ベルナルトの後姿に抱き付いた。


 「……いいですよ?」

 「茉莉花? 何を言ってるんだ」

 「いいですよ。ベルナルトさんがそうしたいなら。……だから一緒に居てください。お願い。埋め合わせするって約束しました」

 「どうやらかなり酔っているようだな」

 「だから、酔ってないもん!! 嫌! 行かないで! お願いだから一緒に居てよ! 私、寂しいんだもん!」


 茉莉花は更にギュウっとベルナルトに抱き付き思いの丈を叫んだ。ベルナルトは額に手を当てた後、茉莉花の腕を離し茉莉花に振り向いた。


 「本当にいいんだな? そこまで言われると抑えられないぞ?」


 茉莉花はこくりと頷いた。それを合図にベルナルトは茉莉花を抱え上げベッドへと運んだのだった。


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