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 「え、ベルナルトさん……」


 ベルナルトの息は切れ、額には汗が浮かんでいた。ベルナルトは茉莉花を腕の中に抱き後ろを振り向いていた。


 『彼女に何か用か?』


 イタリア語で何かを言ったベルナルトを見つめ茉莉花はキョトンとした。ベルナルトの視線の先には背の高い男が眉を寄せベルナルトを軽く睨んでいた。


 『迷子かと思って助けてやろうとしたんだよ!』

 『それはどうも。だが彼女は私の連れだ。お気遣いは感謝する。君の出番はもうない』


 背の高い男は舌打ちをして背を向け去っていった。


 「はぁ……」

 「ベルナルトさん?」


 茉莉花は困惑したままベルナルトを見つめた。ベルナルトは茉莉花の顔を見ると安心したように眉を下げ、力強く茉莉花の体を抱きしめた。


 「いい子に、していてくれないと、……困る」

 「……探しに来てくれたの?」


 茉莉花はベルナルトの荒い息と速い鼓動を感じながら、額に浮き出た汗を見つめた。


 (走って来てくれたんだよね? 息も切れてるし、汗かいてるし。こんなに余裕ないの初めて見た)


 「ああ」

 「……仕事は?」

 「終わった。君が部屋に、居ないから……。心配した」


 囁くように茉莉花の耳元でベルナルトは言った。茉莉花はドクンと心臓が跳ねたような気がした。途端顔に熱が集まり、ベルナルトに早くなった鼓動を聞かれるのではないかと焦った。


 「ど、どうして?」

 「何が?」

 「放って置いても帰りますよ?」

 「日が暮れたら危ないだろう? それにこの辺りは治安も良くない。さっきだって君は……。もういい。さあ帰ろう」


 ベルナルトは体を茉莉花から離し、ガイドブックを拾うとそれを手に持ち、もう片方の手で茉莉花の手を握った。茉莉花は顔を赤くしたままその手を握り返した。ベルナルトが振り向かない事を祈って。


 (どうしよう……。私……)


 ベルナルトに連れられて数分歩いていると大通りに出た。


 「あ、こっちだったんだ」

 「チッ」

 「どうしたんですか?」


 茉莉花は落ち着いた自身の鼓動にほっとしながらもベルナルトを見上げた。ベルナルトは怖い顔をしていた。


 「車を盗まれた」

 「え!? 大変じゃないですか! 鍵かけてなかったんですか!?」

 「それどころじゃなかったんだ。はぁ、まぁいい。車くらい。君に比べればどうってことない。それに車には何も置いていなかったからな」


 そういい、ベルナルトはポケットから携帯電話を取り出しダイヤルを押すと何処かに電話を掛けた。


 (携帯電話! 流石、もう持ってるなんてやっぱり金持は違うんだな……)


 ベルナルトが手にした携帯電話を興味深そうに茉莉花は見つめていた。今まで茉莉花の前でベルナルトは携帯電話を使っていなかった。初めて見たそれに茉莉花は感動すらしていた。周りを歩いていた人々も珍しそうにベルナルトの携帯電話を指差しながら見ていた。


 「私だ。車を盗まれた。……ああ、そうだな。警察に手配してくれ。あと迎えに来てくれ。場所は……」


 ベルナルトが話している間、茉莉花は辺りを見渡していた。あっ、と気が付きベルナルトの袖を引っ張ったのだ。


 「ベルナルトさん」

 「ちょっと待ってくれ。どうした?」

 「地下鉄、有りますよ? 迎えに来てもらうより早く帰れますよ?」


 ベルナルトは訝し気な顔をして茉莉花を見ていた。だがすぐに溜息をつき受話器に話しかけた。


 「……地下鉄で帰るからいい。盗まれた車の代わりの物を用意しておいてくれ。では」


 そう言い残し携帯電話をポケットに戻したベルナルトは茉莉花の手を引いて歩き出した。


 「ベルナルトさんって運転出来たんですか? それに携帯電話も持っていたんですね?」

 「ああ。携帯電話とは非常に便利だな。考えた者は凄い」

 「運転、いつも人にやらせてるから出来ないのかと思ってました」

 「人聞きの悪い。仕事上よく車には乗る。……ドライブにでも行くか?」

 「行ってみたいです! ベルナルトさんの運転してるとこ見てみたいです」


 茉莉花はベルナルトの新たな一面に目を輝かせ答えた。ベルナルトはそんな茉莉花を見て目を見開き驚いた後、クスリと困ったように笑った。


 「私は珍獣か何かか?」

 「だって、人を使うのが得意だし、身の回りの事出来なさそうなんですもん!」

 「そんな事は無い。君は本当に……」

 「あ! ベルナルトさん!」

 「人が話してると言うのに、なんだ?」

 「ご飯食べましたか?」

 「まだだ」

 「あの店! 行きましょう? ピザが美味しいって本に……。嫌、ですか?」


 茉莉花は不安げに眉を下げベルナルトを見上げていた。ベルナルトは茉莉花の頬を撫でると優しく微笑んだ。茉莉花はピクリと肩を震わせ顔を赤くした。


 「埋め合わせをするという約束だ。君の言う事は何でも聞く」

 「……本当は嫌?」

 「いいや? そうでもない。ガイドブックに載るぐらいなんだ。それなりに美味いんだろう。大衆が絶賛するのはどんなものなのか興味がある」

 「なんだ。本当は行きたいんですね? 意外とはまっちゃったんじゃないですか? 庶民の食事情に」


 ベルナルトはふっと笑っていた。茉莉花も悪戯っぽい笑みを浮かべてベルナルトの事を見ていた。


 (素直じゃない人)


 「さぁ行きましょう。お嬢様」

 「気持ち悪いです」

 「私は君をもてなさないといけないからな。どんなピザがあるんだ?」

 「半熟卵とベーコンが乗ったものが人気だって書いてあったような。でも色々オリジナルで種類があって面白いって書いてありましたよ?」

 「君は本の中身を全部覚えているのか?」

 「まさか。さっきカフェに行った時にこの辺りの情報を見ただけですぅ」


 そんな会話をしながら二人は手を繋ぎ店を目指した。


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