縮まる距離 2
***
茉莉花が到着したのは小さなスイーツ店だった。レセプションの女性に渡された地図を頼りに地下鉄に乗った茉莉花は、辺りをキョロキョロと始終そわそわしながら目的の駅まで過ごしていた。目的の駅に着いてからも手持ちのガイドブックを頼りにキョロキョロとしていた。
到着した駅に居た数人のイタリア人に何度か怪訝な目で見られたが、茉莉花はそれすら気づいていなかった。初めて一人で海外で外に出たのだ。今まではベルナルトが迷うことなくエスコートをしていてくれた。迷う事も困ることも何一つ無かったのだ。茉莉花は不安な気持ちを抱えながらも地図を頼りに地上に出ようとしていた。
見かねたのか茉莉花の近くに居た女性が茉莉花の地図を横から見て、納得したように出口を指差してくれたのだ。言葉は分からなかったが何かを言ってくれた女性に、茉莉花はロシア語でお礼を述べ頭を下げた。女性も茉莉花の言葉が分からなかったようで、苦笑いを浮かべ手を振り去っていった。女性に指差された出口から出ると目的地はすぐ見つかったのだ。
茉莉花は安堵の溜め息を吐き店へと入った。
『いらっしゃいませ』
茉莉花はショウウィンドウに並べられている可愛らしくもキラキラとしたチョコレートに目を奪われた。
(美味しそう……!)
茉莉花は持っていたガイドブックを店の主人だろう男性に見せ指差した。
「これが欲しいんですけど……」
言葉は通じずとも店主は頷き茉莉花に商品を指差した。茉莉花は指差された方向へ振り向き、ガイドブックとそれを見比べてその袋を一つ手に取った。
(えっと、ビスコッティ。ここのが美味しいって書いてある。種類が色々あるみたい。普通のにアーモンド、それにチョコレートが掛かったの。後はなんだろう?)
茉莉花は首を傾げ様々な種類のビスコッティを眺めていた。茉莉花が首を傾げながら見ていた為か店主は茉莉花の横に来て一つの袋を勧めた。
『これが女の子には人気だよ』
「?」
『うーん。言葉が通じないのか……』
「あの、ごめんなさい。お勧めなのかな?」
『ロシア語かな。おじさん分からないや』
店主は持っていた赤い実が入ったビスコッティの袋を指差しニコッと笑うと親指を立てた。
「ボーノ! ボーノ!」
茉莉花はハッとしガイドブックの最後のページを開いた。
「美味しいって事だね!」
輝かしい目を向けた茉莉花に店主は頷き何となく会話は成立したようだった。茉莉花はそれを受け取り大事そうに抱えた。その後も店の中を見渡した。可愛いウサギの形をしたクッキーや、丸い焼き菓子が一つの作品のように飾られていた。呆気に取られながらも茉莉花は嬉しそうにそれらを眺めていた。
(でもやっぱりチョコレート美味しそうだな。ベルナルトさんも仕事で疲れちゃうよね? 疲れた時は甘い物が一番だよね)
茉莉花はショウウィンドウに近づきじっとチョコレートを見た。様々な種類のチョコレートを眺めながらどれにしようかと真剣に悩んでいた。
(ベルナルトさんのお金だけど、渡すなら箱に入ってる方がいいよね。ラッピングとかしてくれるかな?)
茉莉花は顔を上げ店主をちらりと見た。店主も茉莉花を見ていたのかニコリと微笑んでくれた。
「えっとあの、これを一つと……」
茉莉花は身振り手振りで欲しい物を店主に伝えた。綺麗に箱に入ったチョコレートと自分が気になった物、アヒルの形をした棒付きの黄色いチョコレートも購入した。
「その箱のだけラッピングってしてもらえませんか? えっとプレゼント! ギフト!」
店主は首を傾げたものの必死な茉莉花の言葉に何となく分かったのか、リボンを取り出し掲げて見せた。茉莉花は目を輝かせ勢いよく頷いた。
勘定を済ませ商品を受け取った茉莉花に店主は手を差し出してきた。茉莉花はその手を無意識に取ると勢いよく握手を交わされた。驚いたものの笑顔でその握手に応えた茉莉花に店主はもう一度親指を立てウィンクを飛ばした。この数十分でイタリア人に親近感が湧いた茉莉花の不安は消し飛んでいた。茉莉花は手を振り店を後にしたのだ。
「近くに美味しいコーヒーが飲めるカフェがある、のか」
茉莉花はガイドブックを片手に食い入るように見ていた。お勧め! と書かれたカフェが近くにある事を知り少し寄ってみようと思ったのだ。
「えっと、この道で合ってるね」
茉莉花は頭上を見て通りの名前とガイドブックの地図を見比べ路地に入った。何度も確認しながらカフェに辿り着いた茉莉花はそこで休憩を取ったのだった。
**
「んぅ。美味しかった! ケーキも大きかったなぁ。お腹いっぱい」
満足感に浸りながら茉莉花は帰路につこうとしていた。意外と思った通りに行程をこなせたことに茉莉花は浮かれ、少し気を緩めていた。ガイドブックは鞄の中にしまい、元来た道を戻ることにした。
(確かここで曲がって、えっと二ブロック先で右に行くと可愛い雑貨屋さんがあったはず)
そう思いながら歩いていた。スリが多いからと言われその事には注意を払っていた。鞄を抱え出来るだけ大通りを歩き、人気のない場所を避けては居たのだ。
(あれ、雑貨屋さんが無い……)
茉莉花は思っていた場所に店が無い事に眉を寄せた。
(道間違えたのかな……?)
そうは思ったもののガイドブックは出さずに思うままに歩いた。
(まぁ、こっちの方歩いてたら地下鉄の駅の標識見えてくるはずだよね。散歩に丁度いいや)
茉莉花は危機感も持たずに呑気に散歩を楽しんでいた。日はそろそろ落ちかけていた。




