鳥籠の持ち主 1
【3】
「特に問題は無いですね」
聴診器を外し、白髪交じりの初老の男性はベルナルトを見上げた。ベルナルトは小さく溜め息を吐き、その男性に事細かに質問をしていた。その前で茉莉花はいそいそとカーディガンを羽織った。
ベルナルトは昨日の宣言通り朝早くに出かけると、二時間もしない内に医者を連れて戻って来た。茉莉花は医者などいらないと抵抗をしたが、押さえつけてでも診てもらうとベルナルトに言われ負けた。おとなしく診察を受けることを決めた茉莉花は医者を部屋に通した。ベルナルトは外で待つと思っていたら、彼も傍で見守ると言い出した。茉莉花の力ではベルナルトを動かすことは出来なかった。医者もベルナルトには頭が上がらないのか、何も言わなかった。
茉莉花はベルナルトの見ている前でカーディガンを脱ぎ、腹を診せられるようにシャツを捲り薄いキャミソールを晒した。ベルナルトに対し見るなと茉莉花は言ったが聞く耳は持たれなかった。
「気持ちの問題でしょうね。慣れない土地で疲れているのかもしれませんね」
医者は茉莉花にそう言い、微笑んだ。
「えっと、昨日から何も食べていないんだね?」
医者の質問に茉莉花はこくりと頷いた。
「私の知る限り、一昨日の昼過ぎからだ」
横からベルナルトが口を挟んだ。医者は栄養を取っていないのは心配だといい、茉莉花に点滴を勧めた。茉莉花は断ったが、またもベルナルトが横から口を挟んだ。
「受けろ」
「嫌です」
ベルナルトは茉莉花に近づくと茉莉花の腕を持った。茉莉花は少しの痛みに顔を歪めていた。
「拒否は許さない。君が暴れても、縛り付けてでも点滴をさすぞ」
ベルナルトにギロッと睨まれ茉莉花は渋々了承した。
「しばらくかかるからね。寝ててもいいよ」
ふかふかのベッドに横になり茉莉花はウトウトとしていた。それを見ていた医者はニコリと微笑み茉莉花にそう言った。茉莉花は医者に小さく微笑み返すと目を閉じた。
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茉莉花は夢と現実の間、まどろみの中でベルナルトの声を聞いた。何か医者と話し合っている風だった。薄らと目を開けると、茉莉花が起きたことに気が付いた医者に目を閉じる前同様に微笑まれた。
「ああ、起きたかい? 点滴はもう終わって外したよ。これからは出来る限りご飯を食べるようにね」
「はい」
寝ぼけ眼で去って行く医者を茉莉花は見ていた。腕を組み同じく医者を見ていたベルナルトが茉莉花に振り返った。茉莉花は反射的に体を震わせた後起き上がった。ベルナルトは茉莉花に薄く笑い掛けた。
「気分はどうだ?」
「別に、普通です」
少しムスッとしたように茉莉花はベルナルトを見た。
「私には笑わないのか?」
「笑う?」
「医者には微笑んだだろう?」
「え、そうでしたか?」
「ああ」
(なんなんだろう……? だから何?)
ベルナルトは小さく溜め息を吐くと茉莉花の前に来た。屈みこみ茉莉花の頬に手を当てるとじっと目を見つめた。
「顔色は少し良くなったようだな?」
「……もしかして心配してくれたんですか?」
「当たり前だ。私が心配すると迷惑か?」
茉莉花から手を離したベルナルトはまた小さく溜め息を吐いた。
(別に迷惑じゃ……。心配、してくれてたんだ)
「私は出かける。夜には帰って来る。昼食はきちんと取るように」
「何処に行くんですか?」
「何だ、気になるのか?」
「聞いただけです。どうぞ好きな所に行ってください」
「何だったら君も一緒に来るか?」
「遠慮します。どこに行くのかも分からないし……」
「では今度、君の行きたい場所に連れて行こう。考えておくといい」
ベルナルトはそれだけ言うと部屋の扉へと足を向け、扉に手を掛けると茉莉花に振り返った。
「では、行ってくる。茉莉花いい子にしておくように」
茉莉花はパタンと閉じられた扉を唖然と見つめた。