歩み寄る気持ち 2
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「茉莉花、もう行くぞ?」
「ちょ、ちょっと待って。ネックレスが引っかかって……!」
「はぁ、こっちに来い」
茉莉花はいそいそとベルナルトの元へ行きベルナルトに背を向けた。
「髪に絡んでいる」
「痛い!」
「ああ、すまない。だがこれで大丈夫だ。おい茉莉花。ファスナーも中途半端だ」
ベルナルトはそう言い茉莉花の背なかのファスナーを上げた。
「ベルナルトさんが急かすから!」
「仕方ないだろう? オペラの時間は決まっているんだ。もっと早くにヴェローナを出るべきだった」
「う……。は、早く行きましょう! 始まっちゃいますよ!」
茉莉花はコートを羽織り廊下へとつながる扉へと駆けた。
ヴェローナからヴェネツィアに戻った二人はオペラ鑑賞へと出かける予定でいた。だが思った以上にヴェローナで時間を使い、帰りは渋滞に巻き込まれギリギリの時間になってしまったのだ。手早く着替えた茉莉花とベルナルトはオペラハウスへと向かった。
「今日は席をパルコで手配した」
「パルコ?」
「ボックス席だ。勿論パルコの中でも一番いい席を君に。私と君の二人、貸切だ。プラテアの方が良く見えるが、つい君と二人になりたくてパルコで手配した」
「? 私はよく分からないのでどの席でも」
「そうか。オペラグラスも用意したから安心していい」
「はい」
そんな会話をして歩いていると劇場に着いた。もう開演はすぐだった。
「すぐ始まるようだ。急ごう」
ベルナルトに手を掴まれ茉莉花は小走りで席へと着いたのだった。
茉莉花達が席に着きすぐにオペラは始まった。茉莉花は言葉が分からないものの、第一幕をその臨場感や歌声に身を乗り出すようにして見蕩れていた。たまにベルナルトが説明を交えて茉莉花に教えてくれたので、観劇に困ることは無かった。
第二幕が始まり茉莉花はまた食い入るように見ていたが、午前中の観光の疲れや程好い温度設定の劇場と美しくも安らかなオペラ歌手の歌声にウトウトとし始めた。それでも必死に目を開け前を見ていた。
そんな時にふとベルナルトが茉莉花の肩に手を回してきたのだ。茉莉花は瞬間ビクついたが、しっかりと肩を持たれた腕を振り払う事はせず、茉莉花はベルナルトの肩に頭を預けた。ベルナルトは驚いたように目を見開き茉莉花を見た。茉莉花はオペラに夢中でベルナルトの視線に気付いてはいない。ベルナルトはふっと笑みを零し前を向いた。
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「ん……」
薄く目を開けた茉莉花は舞台の光景を疑った。
(え! 嘘! どうなったの? 私、寝ちゃった……? え、ヴィオレッタ死んじゃうの!?)
茉莉花は大きく目を見開きベルナルトを見た。ベルナルトは茉莉花が起きた事に気付きクスクスと笑っていた。そうこうしている間に悲恋の物語は幕を閉じたのだった。
「お、終わり……!?」
「ああ、やはりオペラはいいな。芸術的だ」
「え、ええ、ベルナルトさん! どうしてああなったの!?」
「眠った君が悪い。さ、そろそろ行こうか」
「え、ちょっと……」
ベルナルトに手を引かれ茉莉花はすっかり暗くなった夜のヴェネツィアを歩いた。
「どうして起こしてくれなかったんですか!?」
「何度か起こしたが、君は起きなかった」
「そんなぁ。どういう話だったんですか? どうしてあんな最後に……?」
「聞きたいか?」
茉莉花はこくこくと頷いた。だがベルナルトは意地悪く笑うと人差し指を立て、自身の唇に当てた。
「秘密」
「意地悪っ!」
「眠った君が悪い」
「そうだけど……!」
「気になるならまた見に行けばいい。それで君が寝てしまうなら、何度でも私が連れて行ってやる。そうだな次もパルコにしよう。臨場感は無いが、君の愛らしい寝顔を誰にも見られずに済む」
茉莉花は途端頬を染めベルナルトから目を逸らした。
(それって、次もあるって事? また一緒に行こうってそう言ってるって事……? デートの口実……? まさかね)
「今日はアドリア海の新鮮な海鮮が味わえる店で夕食にしよう。今日くらいはいいだろう? こんな格好だ。一流の店でも文句は付けないでくれ」
「はい」
ベルナルトは掴んでいた茉莉花の手を更にギュッと握り締めたのだった。




