心を汲んで 2
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「難しかったぁ」
少しへこむ茉莉花の肩を抱きベルナルトは茉莉花を慰めた。
「だから職人が居るんだ」
茉莉花は顔をベルナルトに向け眉を下げた。
「でも、もう少しまともに出来ると思ってたんです。形にもならないなんて……」
茉莉花とベルナルトはガラス工房で体験という形でグラスを作っていた。ベルナルトは興味が無いのか、必死に頑張る茉莉花を横で嬉しそうに眺めていた。だが茉莉花は何度やっても形は上手く纏まらず、吹き込んだ息が強すぎてそもそもすぐに割れてしまう、という事を繰り返していた。職人もお手上げと言わんばかりに首を振り、グラス作りは諦めて小さなキャンディー型の飾りを作ったのだ。
「これは案外綺麗に出来たけど……」
茉莉花は出来上がったキャンディーそっくりのガラスを光にかざし見ていた。キラキラと反射する中、様々な色が交じり合ったそれは少し歪な形をしていたが綺麗に出来上がっていた。ベルナルトはそれを茉莉花の手からそっと奪い、ポケットにしまった。
「屋敷に帰ったら飾ろう」
「むぅ……」
「記念だ」
ベルナルトはクスクスと笑い足を進めた。
二人は体験を行った工房から出て、そこで作られた製品が置いてある販売所に居た。綺麗に作られたヴェネツィアンガラスはどれもキラキラと光を放ち、触れると壊れそうな繊細さを持っていた。茉莉花はそのガラスに触れると壊してしまいそうで、気が気ではなかった。
(割っちゃったらどうしよう)
そんな事を考えながらベルナルトに肩を抱かれていたのだ。ベルナルトは茉莉花とは対照的に気になった物があれば手に取って見ていた。
「ほう。これは美しいグラスだな」
ベルナルトはワイングラスを片手に見ていた。
「君にどうだ?」
茉莉花にその綺麗な青色のグラスを見せ勧めた。茉莉花は首を横に振りベルナルトの腕を掴んだ。
「い、要らない!」
「折角ヴェネツィアに来たんだ。何か一つくらい」
「じゃあ、じゃあ! あっちのがいい」
茉莉花はベルナルトの腕を引っ張り向こうに置かれている商品に指を向けた。ベルナルトは持っていたそれをそっと戻し、茉莉花に引かれるままそっちに向かった。
「ほら、これだったら色々種類があるし、色違いでお揃いにできますよ? ワイングラスよりも普段使いが出来る物がいいです。折角ですからお揃いの買って行きましょう?」
茉莉花に微笑まれベルナルトはハッと目を見開いた。
「……どうしたんですか?」
「……」
「ベルナルトさん?」
そして茉莉花が見ていたグラスを手に持ち口角を上げた。そして緑が美しいグラスを一つ手に持った。
「では、私はこれがいい」
「緑が好きなの?」
「この中ではこれが一番美しく感じた。君には、そうだな……、この赤いのはどうだ?」
ベルナルトが手にしたのは透明なグラスに赤色が織り交ぜられている物だった。遊び心からか一カ所だけハートを模った線が浮かんでいた。
「あ、ハートがある。可愛いですね。じゃあ私のはこれにします」
茉莉花は嬉しそうにそれを見ていた。ベルナルトは目を伏せた後店員を呼びそれらを購入していた。
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午後からは茉莉花が手に持ったガイドブックを頼りにヴェネツィアの街を散策した。サン・マルコ広場を始め、多くの観光客や地元の学生に交じって散策をした。大鐘楼に上り多くの人と共に辺りを見渡した茉莉花は輝かしい顔をしていた。入り組んだ街を高い場所から見るとまた違うものに見えたのだ。
それからリアルト橋を目指し歩きつつ、休憩がてらにカフェに入りまるで普通のデートをしているようにベルナルトと過ごした。リアルト橋は多くの人で歩くのも困難だった。ベルナルトは茉莉花とはぐれないように肩を抱き二人で川を眺めながらその橋を渡った。入り組んだ街を歩いているといつの間にか日は暮れ始め、茉莉花はベルナルトに手を引かれてホテルへと戻ろうと微笑まれた。
茉莉花の顔は夕陽に照らされているせいか赤く染まっていた。頷き手を握りまた入り組んだ水の都を二人で歩いたのだった。




