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鳥籠の外の世界 5


 「どうして名前で呼んでくれないんですか……?」

 「……」


 ベルナルトも眉をひそめた。そこに給仕が飲み物を持ってきた。二人の異様な空気を感じてか給仕は早々に引き返していった。


 「答えられませんか?」

 「質問その二。どうして名前で呼んで欲しいんだ?」

 「私の質問に答えていません!」

 「……今は呼べない」

 「だから、どうして!?」

 「君を守る為。理由は言えない。君はあの屋敷の外に出ればジャスミンなんだ」


 茉莉花は眉を下げたまま悲しそうに唇を噛んだ。


 「私の質問の答えは?」

 「だって……。もうベルナルトさんしか呼んでくれないんだもん」


 茉莉花は消え入りそうな声でそう言った。ベルナルトは驚いたように目を見開いた。おずおずと視線を戻した茉莉花はベルナルトが驚いた顔をしている事に驚いた。


 「そうか」


 ベルナルトはふっと笑った。


 「二人の時はちゃんと呼ぶ。君の名を。だけど、今は我慢してくれ。君が嫌なのも分かった。でも、君を守る為なんだ」

 「守る為って?」

 「理由は言えない。だけど、君の出生が日本だとばれると厄介なんだ」


 (ああ、偽造の事かぁ……)


 茉莉花は苦い顔をして一人納得した。


 「分かりました。私はじゃあジャスミンを演じます」

 「やけに物分かりがいいんだな?」

 「だって言えないんでしょう?」

 「まぁな。いつか全て君に言えたらいいんだが……」


 ベルナルトは苦い顔をしてメニューに目を通した。


 「私の番だな。魚か肉かどっちが好きだ?」

 「お肉! ベルナルトさんの歳は?」

 「二十八。豚と牛は好きか?」

 「どっちも好き、鳥も。産まれは何処?」

 「ロシア。トマトは?」

 「好き。ご両親もロシア人?」

 「少し待て」


 ベルナルトは手を挙げ給仕を呼んだ。


 『注文を頼む。この前菜の盛り合わせと、オッソブーコ、それからポルペッティ、リゾット……そうだなこのリゾット・アル・サルトを』

 『以上でよろしいでしょうか?』

 『ああ』

 『少々お待ちを』


 給仕がオーダーを持って行ったのを茉莉花は見届けて、ベルナルトを見た。


 「質問の答えだったな」

 「質問変えます」

 「気まぐれな女だ」

 「私の為に質問してたんですか?」

 「何がだ? 君の好みを聞いただけだろ?」

 「嘘が下手です。私の好きな物、食べたいもの聞き出したんでしょ? ……フェアじゃないですよ?」


 茉莉花は眉を下げて笑った。


 (変な人。不器用だな)


 ベルナルトはシレッとした顔で茉莉花に質問を出した。


 「君のタイプの異性は?」

 「ほら! やっぱり今までの質問そうじゃないですか!」

 「質問に答える番だろう?」

 「大雑把で答えられません」

 「では、私のそうだな、パーツで好きな所は? 異性として惹かれる部分は?」

 「変な質問……」

 「答えろ」

 「……胸板?」

 「胸板?」

 「今度は私の番です! ご両親もロシア人?」

 「父はロシア人。母はドイツとビニグアイのハーフ」

 「ああ、ローゼはドイツの姓! ん? でもどうしてお母様の姓を?」

 「質問は順番だろう? どうして胸板なんだ? 私の顔じゃないのか?」

 「顔って答えて欲しかったんですか?」

 「質問を質問で返すな。胸板の理由が知りたいだけだ」


 茉莉花はうーんと頬に手を当て考えた。


 (特に理由は無いんだけどなぁ。異性として惹かれる部分ていうか、ベルナルトさんの好きな部分だよね? 他の男の人でも私惹かれるかなぁ?)


 「何となく? ですかね?」

 「答えになってない」

 「うーん……、だって惹かれる部分でしょう? あ、私筋肉が好きなのかも。今まで思った事なかったけど、ベルナルトさんの胸板は程好く厚くて好きです」

 「私以外の男の筋肉も好きなのか?」

 「質問は順番なんでしょ! どうしてお母様の姓を?」

 「父が婿養子だから。他の男の筋肉にも興味があるのか?」

 「さぁ。分かりません」

 「どうして」

 「だって、男の人の筋肉に触れたのベルナルトさんが初めてですもん」

 「……それはつまり、他の男のも触ったら惹かれるかもしれないという事だな?」

 「そうですね! あ、でもエドにも抱えてもらった事あるからな……。うーん、でもエドは細いしなぁ……。なのに力持ち」

 「あいつはあれでも私よりも鍛えてるんだ。筋肉が付きにくいだけだ」

 「まぁでも、ベルナルトさんの筋肉の加減が今の所ベストです!」

 「それは私の筋肉しかちゃんと知らないからだろう?」

 「そうですね! ベルナルトさんは? どんな人がタイプですか?」


 ベルナルトは顔を逸らし夜景を見ながら答えた。


 「理知的でしとやかな女性」

 「残念でしたね! 私で!!」


 ベルナルトは視線を戻し茉莉花を見た。茉莉花はジュースを口に含んでいた。


 「タイプと好きになる人物が必ずしも一致するとは思わない」

 「じゃあベルナルトさんが好きになった事のある女性は、大抵そうじゃなかったんですか?」

 「君は質問が多いな。順番だと言ったのに」

 「だって、ベルナルトさんの答え方まどろっこしいんですもん」

 「君はどうだ? 好きになった相手が必ずしも自分の望んでいた物を持っていたか?」


 茉莉花は顎に手を当て考えた。初恋の事や今まで好きになった相手の事を。そんなに多くは無い。だがベルナルトの言う通り思っている理想とは違う事が多かった。


 「……違いますね。好きって思ったら、関係ないのかも」

 「そういう事だ。理想は理想。それを追い求めるのは意味がない。惹かれる、という面ではそうかもしれないが、好きになるのとはまた違う」

 「じゃあさっきの答えは、イエス、って事ですね?」

 「そうだ。そもそもそんな理想の女性は存在しない。私の空想だ」

 「でも、……そうなんだ」

 「何が?」

 「ベルナルトさんはそう言う女性が好きなんだなと思いまして」

 「だったら何だと言うんだ?」

 「どうして私と結婚したのかと……。いや、やっぱりいいです。聞いても意味無さそうですし。どうせ、金持ちの気まぐれでしょう? 田舎娘が珍しく思えたんでしょう?」

 「面白い発想だな? まぁ君がそう思うならそれでいい」

 「好きな人はいなかったの? 私と結婚してよかったの?」

 「そんな女性は居ないと言っただろう。別に君の事を後悔なんてしていない。思ったこともない。田舎娘は見ていて飽きないからな」


 ベルナルトは口角を上げ茉莉花を見据えた。茉莉花はムスッとして頬を膨らませていた。


 「ベルナルトさんってやっぱり嫌な人!」


 はぁ、とベルナルトが溜め息を吐いたすぐ後に料理が運ばれて来て、二人は夜景を見ながら食事を進めたのだった。



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