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鳥籠の外の世界 4

***



(また高そうなお店だなぁ……)


 茉莉花は呆れて溜め息を吐いた。ちょっと背伸びしたくらいの新婚旅行をしたかったのだ。それなのにイタリアに着いてからは高級ブティックでの買い物と、高級レストランでの食事ばかり。茉莉花はいつになったら観光に連れて行ってくれるのかと待ちわびていたのだ。それといつになったらベルナルトは茉莉花の意思を尊重してくれるのかと辛抱強く待っていたのだ。


 『予約していたローゼだ』

 『お待ちしていました』


 給仕の者に案内されたのは窓際の夜景が綺麗に見える席だった。小高い丘の上に立つ高級レストランは雰囲気も最高の物だった。店の中にはグランドピアノが置かれ、ゆったりとした演奏が流れていた。

 給仕に椅子を引かれ席に座った茉莉花はベルナルトをじっと見た。


 「どうした?」

 「いつになったら観光連れて行ってくれるんですか?」

 「そうだな、もう服も揃ったし明日は観光に行こう」


 茉莉花は顔をパァッと明るくさせ頷いた。


 「本当!? 楽しみ!」

 「そんなに行きたかったのか?」

 「はい! 言ったじゃないですか! 私は普通の旅行がしたいって。なのにベルナルトさんってばお金に物言わせて高い服ばっかり買って、レストランも高いとこばっかり……」

 「嫌だったか?」

 「ベルナルトさんがしたいことならまぁ譲歩はしますし、嫌じゃないですけど、いつになったら私の意見も聞いてくれるのかなって……。私はべたな旅行がしたいんです! 旅行本に載っているようなお店で名物料理食べたりとかしたいんです!」

 「それはすまなかった。明日からは気を付けよう」

 「まぁ、良いですけど……。時間はまだありますから」

 「そうだな」


 ベルナルトはふっと笑って茉莉花を見た。


 「何が食べたい?」

 「私メニュー読めないので任せます」

 「ふむ、大役だな」

 「って、こっち来てからずっとそうじゃないですか」


 ベルナルトはメニューに目を通し始めた。給仕の者が先にドリンクを伺いに来たところでベルナルトは赤ワインを頼んだ。


 「君はジュースだな?」

 「はい」

 『彼女にはフレッシュジュースを』

 『オレンジ、リンゴ、グレープフルーツ、トマトなど、いかがしますか?』

 「オレンジ、リンゴ、グレープフルーツ、あとトマトがあるそうだ」

 「グレープフルーツがいい!」

 『グレープフルーツで』

 『かしこまりました』

 『注文は後でする』

 『はい』


 給仕の者が去って茉莉花は口を開いた。


 「あの、今更なんですけど。ベルナルトさんは何の仕事をしてるんですか?」


 茉莉花は少し恥ずかしそうに眉を下げて尋ねた。ベルナルトはキョトンと目を見開いて茉莉花を見ていた。


 「だ、だってこんなに長くお休み取れるのも、仕事片付けるのも早かったし……。お金持ちなのは知ってますよ? だから何かの重役とか社長さんだとは思ってましたけど、詳しくは知らないなって思って……」


 ベルナルトはキョトンとしながらも、じっと茉莉花を見ていた。


 「知らないのか?」

 「知ってたら聞きませんよ! 私、私、その……」


 茉莉花はもじもじと恥ずかしそうに頬を染め肩を揺らした。


 「なんだ?」

 「うぅ、ベルナルトさんの事何も知らないなって……。歩み寄ろうと思ったんです。ほら、あの時、川で溺れた時ベルナルトさんが助けてくれた日に、私も悪かったって思って、だから貴方に少しでも歩み寄ろうと思ってたんですよ? でも、なんか立て続けにここまで来ちゃって、イタリアに来れるって思ったらそれで浮かれちゃって……。それにベルナルトさんもあの日から何だか変だし、貴方に構ってたらゆっくり話出来なくて、こんな風に聞けなくて……。だから……、それに旦那さんの事何も知らないなんておかしいでしょ? い、嫌でも、無理矢理でももう籍入れられちゃったのに、知らないなんて変だし……」

 「ローゼ」

 「え?」

 「私の姓に、……今は君の姓でもあるだろう? 聞き覚えは無いのか?」


 茉莉花は首を傾げて考えた。


 (ローゼ? ローズと似てるよね? バラって意味? そもそもローゼってどこの国の姓なんだろう? ベルナルトは多分ロシアだけど、ローゼってあんまり聞かないしなぁ)


 「君は病気にならないのか? 風邪を引いた事は? 頭痛は? 腹痛は?」

 「あ、ありますよ! 私サイボーグじゃありません!」

 「なのに気付かないのか?」

 「……」


 じれったいベルナルトに茉莉花は頬を膨らまして機嫌を損ねた。


 「……製薬会社のトップだ」

 「あ!! ローゼってあのローゼ!?」


 茉莉花は驚き大きな声を上げた。周りに居た人々の注目を茉莉花は集めそれに気づきハッとして縮こまった。


 「嘘! そんなに凄い人だったんですか!?」

 「そうだ。私は凄いんだぞ? 分かったか?」


 茉莉花は驚きが未だに引かなかった。ローゼ製薬会社と言えば、茉莉花の居たロシアでトップシェアを誇る製薬会社なのだ。ロシア国内だけではなく様々な国に支店を持ち、世界的にも名を知られる製薬会社だった。

 あんぐりと口を開けたまま茉莉花はベルナルトを凝視していた。ベルナルトはクスクスと笑い出した。


 「君は意外とおバカさんなんだな」

 「なぁ!」

 「今度は私の質問に答えろ。そうだな、今から君の質問に答える代わりに私の質問にも答えろ。私も君の事が知りたい。フェアだろ?」

 「ちょっと待ってくださいよ! 私が先に質問始めたのに!」

 「私は君に歩み寄ろうと努力しているつもりだ。君の事は少しは知っているが、それでも知りたい。……歳は二十で、血統は日本人、だけど幼少期にシルヴァーニ氏に引き取られ君の心はロシア人。好きなものは甘い物。嫌いなものは怖い物。ホラー映画だな。甘い物でも特にチョコレートが好きで、お酒は嗜まない」

 「全然フェアじゃない……!」

 「君は出遅れているんだよ」

 「うぅ!!」

 「悔しい時はそうやってすぐ唸る。質問だ。米かパスタかどっちが好きだ?」


 茉莉花はベルナルトを軽く睨みつつも考えた。


 (食べ物の趣味知りたいの? 何でも食べるよ)


 「聞き方を少し変えよう。今の状況ではどちらが食べたいと思う? 君は好き嫌いは無いと言っていたがそれは環境のせいだ。味覚がある以上、嗜好はあるだろう? 君がチョコが好きな様に」

 「……お米。パスタはちょっと飽きてきました」

 「分かった」

 「今度は私の番です!」

 「どうぞ?」


 茉莉花は眉を下げ悲しそうな顔をするとベルナルトから目を逸らしぽつりと呟いた。


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