鳥籠の外の世界 3
「では、お嬢様!! こちらに!!」
オーナーに手を引かれ茉莉花は商品の説明を片言で受けた。
「これはね、最新の黒をテーマにしたドレス! スタイルも良く見える! 貴方のその綺麗な、黒い目! 輝いて見えるよ!」
「わぁ、でも少し大人っぽくないですか? 私には着こなせないかも」
「ノンノン! 大丈夫! 見てて! このフラワー、合わせると華やか! 軽い印象になる! どう? 着てみない? お嬢様、きっと似合う!!」
両手を合わせ微笑むオーナーに茉莉花はたじろぎベルナルトを見た。ベルナルトは微笑みそのドレスを手に取った。
「着てみたらいいんじゃないか?」
「似合わないと思いますけど……」
「意外といけるかもしれないだろう? それに彼の言う通り小物で調整できるようだし」
「そう! 小物はドレスの雰囲気、変えちゃう! 素晴らしいアイテム!」
「じゃ、じゃあ……」
茉莉花は勧められるままにそのドレスを試着してみた。
(思ってたより丈短い! ちょっと待って。私で短いって事はこっちの人はどうなるの!?)
膝よりも少し上くらいの丈のドレスに茉莉花は恥ずかしくなった。
「ジャスミン、開けてもいいだろうか?」
「え、ちょ、ちょっと待って!」
茉莉花の制止を聞かずにベルナルトは扉を開けた。茉莉花はスカートを両手で抑え頬を赤くしてベルナルトを見た。
「安心しろ。オーナーは他のドレスを見繕ってる。なんだ、もう着ているじゃないか」
「なんで残念そうなんですか!?」
「折角なら私が着せてやろうと思ったのに」
「っ!」
「よく似合っているじゃないか? 黒も悪くない。それで何をしているんだ? 谷間を私に見せたいのか?」
「へ?」
茉莉花は視線を落とし自身の姿を見た。少し開いている胸元はスカートを隠そうと屈んだことで、ベルナルトに見せつけるような形になっていた。茉莉花は途端顔を赤くして姿勢を正した。
「ち、違うんだから!!」
「それは残念。スカートの丈を気にしていたのか?」
「分かってたなら止めてくださいよ!!」
「気にするほど短くない。君は若いんだからもっと露出すればいい」
「ベルナルトさん、変!!」
茉莉花は顔を真っ赤にしてありったけの嫌味をベルナルトにぶちまけた。だがベルナルトはニヤリと笑うだけで、茉莉花に近寄り顎を持ち茉莉花の目と自分の目を合わせた。
「よく似合っている。流石はオーナーだな。着こなし方も分かっていらっしゃるようだ」
「はな、離して……」
「知っているか? 君は私に顔を近づけられると恥じらう癖があるんだ。そしておとなしくなる。顔を真っ赤にして」
「うぅ……」
「君をおとなしくさせるにはこれが一番だと私は思っている。君の愛らしい顔も見られる事だし」
「分かったから……!」
「おっと、離さないぞ。私が変だと君がそう言ったんだろ?」
「だ、だから何よ!」
「変でいい。だからもう少し君を抱きしめたい。君に拒否権は無い」
茉莉花は耳まで真っ赤になった顔で目に涙を潤ませて、ベルナルトに真っ直ぐに見つめられていた。ベルナルトは片手で茉莉花の腰を抱き寄せた。
『やだ! お邪魔だったかしら!!』
そこに丁度オーナーがやって来て口に手を当てニヤニヤと二人を見た。オーナーの出現によりベルナルトは茉莉花を離し、茉莉花は口をへの字に曲げてぼーっと立っていた。
『お熱い事で!』
『彼女は私の妻だからな』
『あら! やっぱりそうなのね!? どこで出会ったの!?』
『色々あってな。世話になった人の娘さんなんだが、一目で恋に落ちてそのまま』
『やだぁ! 羨ましいわ! それにしてもとっても可愛いお嬢さんだ事』
オーナーは茉莉花の真っ赤な顔を見てクスリと微笑んだ。そして手に持っていたストールを茉莉花に掛け、ドレスに合うコサージュも付けた。
「お嬢様、これ、どう?」
茉莉花の肩を持ちくるりとオーナーは茉莉花を反転させた。鏡には完璧にコーディネートされた茉莉花が映っていた。
「あ、すごい。黒って重たい感じだと思ってたのに」
「でしょ? 気に入った? お買い上げ?」
「靴はどんなものが合うんだ?」
「任せて! はい! これ、履いてみて」
茉莉花は用意された靴を履いてみた。少しヒールがあるがそれ程高くなく、足にフィットして歩きやすい感じの物だった。
「お嬢様、歩いてみて!」
茉莉花は笑顔で頷きフロアを歩いてみた。
(あ、意外と歩きやすい。足首にストラップがあるからかな? これならこけ無さそう)
そんな事を考えながら歩いている後ろでベルナルトはオーナーと話しをしていた。
『オペラ鑑賞に行きたいんだが、それ用の物も見繕ってくれ。あと、この後食事に行く。そのドレスも欲しい。ああ、今彼女が着ている物はすべて貰う』
『流石ローゼ様! 私も全力を尽くします!』
茉莉花はそんな会話がなされている事を知らずに笑顔で試着室に戻って来た。
「歩きやすかったです」
「だろうな。君はヒールが苦手なようだがそれは問題無いようだ」
「あの人すごい人なんですね?」
「今も活躍するデザイナーだ。ここの商品も彼が作っている。他にも彼の眼鏡にかなった商品だけを置いているそうだ」
「へぇ、通りでコーディネートが上手な訳ですね」
何着か服を抱えたオーナーが戻って来て茉莉花にそれらを勧めた。
「今着てるの、このコート着ればオペラ鑑賞にもバッチリ! スカーフも無い方がいい! あとこの金色のドレス、お嬢様に似合う筈!」
そう言われ渡された金色のドレスを茉莉花は眉を寄せて見た。
(デザインは好きなんだけど、この色は私、着る自信無い……)
キラキラと輝く文字通り黄金色のドレスを茉莉花は躊躇っていた。
『他の色は?』
『赤、緑、青、あと白があるわ!』
「赤と緑と青と白があるそうだ。見てみるか?」
「はい! 赤と青が気になります」
「じゃあ、待ってて!」
オーナーは小走りで同じデザインの物を取りに行った。戻って来たオーナーの手の物を見て、茉莉花は瞬時に上品な赤色のドレスを気に入った。
「その赤いのがいいな! 着てもいい?」
「どうぞ、お嬢様!」
茉莉花はウキウキとしながらそれを着てみた。腰辺りをリボンで止めるその服は背中を編上げにしてあり可愛らしいデザインながらも、被るだけで着られると言う優れ物だった。茉莉花は試着室の扉を開け少し恥ずかしそうにベルナルトにそれを見せた。
「綺麗だ」
「あ、ありがとう……」
茉莉花は恥ずかしそうに肩を竦めた。
『オーナー、彼女の付けてるネックレスにあう服は無いのか? 今夜の食事にはあのネックレスを付けて行きたい』
『良いものがありますよ!』
オーナーは手を叩きそのドレスを取りに行った。すぐに戻って来たオーナーはそれを茉莉花に渡し試着室の扉をさっと閉めた。
茉莉花が渡されたのは上品な青色のシンプルなデザインのドレスだった。キャミソール型のそれはスパンコールが散りばめられていて、所々キラキラと輝いていた。
(夜空の星みたい)
赤いドレスを脱ぎそれに袖を通して茉莉花は扉を開けた。待っていたのはオーナーで薄い白色のショールを巻かれた。それを胸の中央で止めるようにキラキラとした丸いアクセサリーを付けられたのだ。そして用意されていた黒い靴を履いた茉莉花にベルナルトが手を差し伸べた。茉莉花はその手を取った。
「では、行こうか?」
「へ?」
「食事にだ。髪はそのままでも大丈夫だな。崩れていない」
「え、ええ? このまま行くの!?」
「ああ」
ベルナルトはカードを出しそれと共にオーナーに何かメモ用紙を渡した。
『そのホテルに送ってくれ』
『分かりました!』
茉莉花はベルナルトが支払いをしている間ぼーっと店内を見渡していて、ある物に目が留まった。それに近づきじーっと見つめたのだ。
「鞄が欲しいのか?」
後ろから声を掛けられ茉莉花はビクッとした。振り向きベルナルトに頷いたのだ。
「だって観光に行くのに鞄も無しじゃ何も持てないし……。この鞄可愛いなって思って……」
茉莉花が見ていた白いショルダーバックをベルナルトは持ちそれをオーナーに渡した。
『これも貰う。タグを外してくれ』
『あら、この鞄、もうすぐ新作が出るんですよ? ああ、そうだわよかったら……』
オーナーは鞄のタグを取りそれを茉莉花に手渡した。
「その服にも合う! 大丈夫! それ、プレゼント!」
親指を曲げウィンクをするオーナーに茉莉花は目を丸くして驚いていた。
「え! でも……」
「始め、失礼な事したみたい。お詫び、受け取って?」
「べ、ベルナルトさん。いいのかな?」
「プレゼントと言っているんだし貰っておけばいいんじゃないか?」
「本当にいいんですか?」
「オーケー、オーケー!」
オーナーはベルナルトの元に戻り会計処理を済ませた。
『本日はうちのスタッフが失礼をしたにも関わらず、お買い上げありがとうございます。今後ともごひいきにしてくださるといいんですけど』
『ああ、彼女もドレスは気に入ったようだし、店員の教育をちゃんとしてくれればまた考える』
『ありがとうございます! ローゼ様はうちのお得意様ですから、お顔を見られないのは残念ですからね! よろしくお願いします』
『ああ、では』
「ジャスミン、行こう」
差し出されたベルナルトの手を茉莉花は取り二人は店を後にした。




