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売れない絵 1

【13】



 茉莉花とベルナルトは自室のテーブルに本などを広げ話し合いをしていた。


 「とりあえず北から入って南に下ろう。私はミラノで少し買いたいものがある」

 「分かりました。じゃあミラノからスタートですね?」

 「そうだな」


 茉莉花はガイドブックの地図を広げイタリア全土の地図を見ていた。

 ベルナルトは約束通り一か月もしない間に仕事を片付け、しばらく休暇を取ることにしていた。そうして二人は旅行の計画を立てていたのだ。


 「君は? 行きたい場所は決まったのか?」

 「はい! 私、絶対ジュリエットの家に行ってみたいです! ヴェローナ? ベルナルトさんは興味ない?」

 「興味云々は置いといていい。君が行きたいなら私は君の願いを叶えるつもりだ。私に遠慮はしなくていい」

 「……ありがとうございます。あとジェラートが食べたい。ピザとパスタも! それとね! このガイドブックに載ってる青の洞窟にも行きたい! ピサの斜塔も見てみたい! 後は後は……」


 茉莉花はウキウキと興奮気味に話した。その表情は嬉しそうに輝いていてベルナルトはそんな茉莉花をテーブルに腕を付きながら微笑ましく見ていた。


 「時間は沢山ある。べたな観光でもしようじゃないか」

 「うん! 美術館にも行ってみたいな。有名な絵が多いんでしょ? 私あんまり芸術には詳しくないけど、折角だし見てみたいな! 大聖堂とかも! スペイン広場のあの階段にも座ってみたい!」

 「座って何をするんだ?」

 「何もしないの! ほら、映画のワンシーンを再現してみたいんです。あそこで座りながらジェラート食べるの」


 ふふふ、と茉莉花は両頬を自身の手で挟み映画のワンシーンを思い出しながら笑っていた。ベルナルトはそのシーンを思い出そうとしていた。

 そんな時に部屋の扉がノックされ茉莉花は立ち上がり、扉を開けた。扉の先にはエドモンドがキャンバスを抱え立っていた。


 「はい! これ、ご注文の品!」


 部屋の中に入って来てソファの近くにそれを降ろしたエドモンドは得意げに茉莉花にそう言った。ベルナルトも席を立ち、二人はエドモンドの絵を覗き込んだ。


 「ひっ……」


 小さく悲鳴をあげ口元を押さえた茉莉花と、眉間に皺を寄せたベルナルトを笑いながらエドモンドは見ていた。


 「どうどう? あ、額縁は自分で用意してね?」

 「悪趣味だな。相変わらず」

 「そんな事ないだろ! これだからベルは……。ジャスミンは? どう? 気に入った?」


 茉莉花はその絵を持ち上げじっくりと見た。何とも言えない暗い色使いに不気味さを覚えた。抽象画の様なその絵は何が描かれているのか茉莉花には今一つ理解が出来なかった。


 「あの、えっと……」

 「気に入らない?」

 「その、……これは何を描いたのかな?」


 茉莉花は遠慮がちに困ったように笑いエドモンドに問いかけた。エドモンドはニコッと笑って口を開いた。


 「何って、君達だよ? ベルとジャスミン。見てたらさ、こんな感じかなって!」


 茉莉花はもう一度じっと絵を見ていた。


 (私とベルナルトさん? エドには不気味な関係に見えるのかな……?)


 「よく、分からない……」


 茉莉花は素直に困った顔をエドモンドに向けそう言った。エドモンドは少し不服そうに絵の説明を始めた。


 「えー? これがベルで、こっちがジャスミン!」


 エドモンドが指差した物を茉莉花はもう一度じっと見た。茉莉花にはどことなく動物に見えた。


 「動物?」

 「そう! ベルはライオンでジャスミンはウサギ!」

 「……私、食べられてるよね?」


 エドモンドがウサギと称した茉莉花の周りには赤い絵の具が散りばめられていた。そしてそのウサギを捕食するかのように、ライオンと称されたベルナルトは口を開けているように茉莉花には見えた。


 「食べてない!」

 「え、でもこの赤色は? 血じゃないの?」

 「血だけど、ベルはジャスミンを食べてないよ?」

 「……」


 茉莉花は眉を寄せた。エドモンドの絵があまり理解出来ないでいたのだ。


 「ごめん、私あんまり分からないや。前に見せてもらったスケッチとは随分違うんだね?」

 「だってあれはスケッチだし。この絵は今の君達。ベルはジャスミンを傷つけて食べようとしたけど、考え直してるんだ。いつでも君を食べられるけどそうしない。君の怪我を心配して舐めようとしてる所を描いたの!」

 「ああ、説明があると何となく分かった! 確かにこのライオンに敵意は感じないね?」

 「そうそう。それが言いたかったの!」


 エドモントの説明を受けて納得したように茉莉花は絵をもう一度眺めた。だがその絵の不気味さは拭えなかった。


 「もう一枚描いたよ? これはベルが描けって」


 茉莉花はそっと持っていた絵を置き、もう一つの絵を受け取った。そこには綺麗な花畑が描かれていた。


 「わぁ! 素敵! 本物みたい」


 茉莉花は顔を綻ばせその絵に夢中になっていた。


 「春になると屋敷の前の草原に花が咲くんだ。まぁそんなに綺麗に咲かないけど、俺がアレンジした。イメージだね」

 「ありがとう! エド! この絵気に入ったよ!」


 茉莉花は満面の笑みでエドモンドにお礼を述べた。エドモンドは茉莉花とは違い肩を落とし残念そうにしていた。


 「どうしたの?」

 「ジャスミンにも理解してもらえなかったのかって……」

 「あ……」

 「まぁいいんだけど」

 「ご、ごめん。あの絵も、えと、独創的? で素敵だったよ?」


 大きく溜め息を吐くエドモンドに茉莉花は申し訳ない気持ちを抱えた。そんなエドモンドにベルナルトが声を掛けた。


 「悪趣味だと、だから言ったんだ」


 とどめの一言だった。エドモンドはキッとベルナルトを睨みつけた。


 「ベルには分からないんだ! 芸術の良さが! 丁度いい! イタリアに行くなら芸術を学んでくるんだな! 俺の偉大さが少しは分かる筈だよ!」

 「私は別にお前を認めていない訳ではない。こちらの絵は素晴らしいと言っている。ただお前が個人的に描く芸術とやらは、一生理解出来なさそうだ」

 「なんとでも言え!」


 エドモンドは、ふん、と鼻を鳴らし部屋を出て行こうとした。茉莉花は慌ててエドモンドを引き留めました。


 「エド!」

 「俺は片付けがあるから!」

 「うん、ありがとうね? 私の為に絵を描いてくれて。嬉しいよ?」


 茉莉花は微笑みエドモンドにお礼を述べた。エドモンドは困ったように笑い、頬を掻いて後ろ手に手を振ると部屋を後にした。


 「ベルナルトさん」

 「分かっている」

 「本当?」


 茉莉花は疑わし気にベルナルトの顔を覗き込んだ。


 「飾りたいんだろう? 額縁を今度用意しておく。ただし、その悪趣味な絵は部屋には飾らないように。人目に付きにくい廊下の端にでも飾っておけ」


 茉莉花は困ったように微笑み頷くと、エドモンドから渡された花畑の絵を嬉しそうに見つめた。



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