変化した生活 4
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寝る支度を整えた茉莉花とベルナルトはソファに座り映画を見ていた。寝る前に一緒に映画を見るのがここ最近の二人の日課となっていた。今日はホラー映画を見ていた。ベルナルトが適当に選んだものだったが、茉莉花はいきなりの衝撃音や、血みどろのスプラッターに酷く怯えていた。ソファに座る二人の間に距離は無かった。
「ひっ!!」
「何がそんなに怖いんだ? こんなもの人間の作り出したものだ。展開は読める。むしろ読め過ぎて逆に笑える。危険だと分かっていて乗り込んでいく登場人物は笑える」
「きゃぁあ!」
「おっと」
茉莉花は振り上げられた包丁で、暗闇からいきなり何度も刺される女と共に悲鳴をあげた。そして隣に居たベルナルトの腕にしがみ付いた。半ベソを掻きながらも茉莉花はそれでも画面から視線を外さなかった。
「良い事もあったな」
「ベル、ベルナルトさん。怖いよぉ……」
「なら見るのを止めるか? 私には最終的な展開も読めているし止めても構わない」
茉莉花は涙ぐんだ目でベルナルトを見て首を振った。
「だ、ダメ! だってこんなところで終わって結末分からないなんて余計に怖いじゃないですか!!」
「はぁ、なら初めから見なければよかったんだ」
「選んだのはベルナルトさんでしょ!」
「でも、嬉しそうに、面白そう、見たい、と言ったのは君だ」
「うう。……わあっ!!」
更にベルナルトの腕にきつく茉莉花はしがみ付いた。ベルナルトはクスクスと笑っていた。
「ひいいいいい!! やっ……! く、首が……!」
ブルブルと震えながらも茉莉花は映画を見ていた。片手はベルナルトの腕を掴み、もう片手はひざ掛けに伸ばし、それを口元まで持って行った。
ベルナルトは茉莉花の頭を撫でながら無表情に映画を見ていた。
「飲み物を取って来てもいいだろうか?」
「ダメ!! 今はダメ!!」
「こんなに君に求められたのは初めてだな」
「何でもいいですからダメ!! ここに居てください!」
「はいはい」
ベルナルトは茉莉花の震える体に手を回した。茉莉花はビクッと体を震わせてベルナルトを見上げた。
「可愛い顔だな、茉莉花」
「ふぅ……!!」
「ほら、こっちにおいで」
ベルナルトはそう言うと茉莉花を一度立たせた。茉莉花は恐怖からかベルナルトと共に使っていたひざ掛けを一人で占領しそれを頭からすっぽりかぶっていた。そんな茉莉花を膝の間に座らせ、ベルナルトは後ろから茉莉花を抱きしめた。
茉莉花は背中に温かいベルナルトの体温を感じ、腹に回された腕に少しの安心感を抱いた。回された手に自身の手を重ね、ビクビクとしながらも映画を見続けた。
「ひっ!」
「怖がり過ぎだ」
「だって、怖い……。べ、ベルナルトさんちゃんと後ろに居ますよね!?」
「居なければこの手は何だ?」
ベルナルトは茉莉花の腹に回していた手を動かした。
「い、今は抱きしめる事を許してあげます! 離さなくていいです!! だからどこにも行かないでください!!」
「はいはい。仰せの通りに」
ベルナルトは震える茉莉花の後頭部を愛おしそうに見ていた。茉莉花が驚き怖がる度にベルナルトは、ギュッと茉莉花を安心させるためか力を込めて抱きしめていた。茉莉花はその事に少しの安心感を覚え、少しだけ恐怖が薄れていった。
そうして二時間弱に及ぶ映画鑑賞は終わった。
「やっと、終わった……」
「お疲れさまだな、茉莉花」
「すっきりしない終わり方だよぉ」
「倒したと思ったら実は生きていました、蘇りましたと言うのはよくある展開だ。また襲われるかもな?」
「い、嫌な事言わないでください!!」
「まぁ大抵次の標的を得るだろうからあの生き残りたちは大丈夫だろう」
「フォローになってません!」
茉莉花は涙目でベルナルトを睨んだ。ベルナルトは薄く笑うと茉莉花の頬をなぞった。
「泣いてはいないんだな?」
「泣きそうでした」
「いい子だな。我慢して」
「子どもじゃないもん」
「はいはい。では眠ろうか」
「え! もう?」
茉莉花は途端に不安な表情を見せた。時計の針は日付を超えていたのだ。
「夜更かしは良くないだろう?」
「も、もう少しだけ、お話ししましょうよ?」
「なんだ、いつも素っ気ないのに。都合のいい女だな」
「だって……!」
「私は明日も仕事があるんだ。一緒のベッドだから怖くないだろう?」
ベルナルトはまるで幼い子どもに言い聞かせるように茉莉花の頭を撫でそう言った。
「でも……」
「茉莉花、寝るぞ」
強制的に立たされ腕を引っ張られた茉莉花は抵抗できずにベッドルームへと足を運んだ。枕で境界線を作りベルナルトは横になった。
(本当にもう寝るの?!)
「おやすみ茉莉花」
「ベ、ベルナルトさん……」
「寝てしまえばすぐ忘れる」
ベルナルトはあくびをしながらそう言った。茉莉花は仕方なくベッドに潜り込み、布団を頭まで被った。背にしたクローゼットや風が吹き付ける窓の音が途端に怖くなった。映画のワンシーンを思い出していた。
(ど、どどどうしよう。クローゼットに居たら……。窓も風で割れてそこから死霊が入り込んで来たら……)
そんな事を考えているとドキドキとして来て茉莉花の目は冴える一方だった。対照的にベルナルトは仰向けに、規則正しい呼吸を繰り返し眠りに落ちそうになっていた。
茉莉花は布団からそーっと顔を出しベルナルトを見つめた。
(もう、寝たの……?)
「ベルナルトさん……」
眉を下げか細くベルナルトの名を呼んだ茉莉花に、ベルナルトは眉間に皺を寄せ目を開いた。
「なんだ?」
「寝られないです」
「私にどうしろと?」
「どうって言われても……。わ、私が眠るまで見守ってください!」
「いつ寝るんだ?」
「分かりませんよ! 怖くてドキドキして全然眠くないんだもん!」
少し機嫌の悪いベルナルトを必死に説得しようと茉莉花は頑張っていた。ベルナルトは盛大に溜息をつくと体を横に向け、茉莉花と顔を近づけた。そして茉莉花の手を掴んだ。ベルナルトの手は温かく、冷え切っていた茉莉花の手を温めた。
「あ……」
「これで安心か?」
茉莉花は勢いよく首を横に振った。
「じゃあどうしろと……」
「だって、手なんて寝たら離れちゃう。それにクローゼット後ろで怖い」
「場所を変わるか?」
「それはそれでクローゼットが視界に入って怖い!」
「チッ!」
「舌打ちしないでください!! 真剣なんです!」
ベルナルトは苛立たし気に境界線になっていた枕を掴みベッドの外に放り出した。
「ちょ、枕!」
「君の文句が多いからだ。こうするしかないだろう?」
ベルナルトは無くなった枕の分を詰め茉莉花の体を腕の中に抱きしめた。茉莉花の足を自身の足で挟み、茉莉花の身動きが取れないようにした。
「ちょ、ちょっと……!!」
「うるさい。これなら君に危害は無い。私が全身で君を守ってやる。安心だろ? だからさっさと寝ろ」
「うぅ……」
茉莉花は顔を真っ赤にさせたもののベルナルトの言う通り、安心していた。ベルナルトの程好く厚い胸板からは心臓の音が聞こえ、それが茉莉花に安心感をもたらしていた。全身をベルナルトの体温で包まれているせいか、あっという間に眠気に襲われた。
「ベルナルトさん」
「いい加減にしてくれ」
「今日だけは許可してあげます! だから絶対に離さないでくださいよ! おやすみなさい」
ベルナルトは茉莉花の額にキスを落としふっと満足げに笑い目を閉じたのだった。




