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使用人の事情

【6】



 「お、奥様。朝ごはんの準備が整いました」


 控えめに扉を開き、控えめに声を掛けて来た使用人に茉莉花は扉を開け挨拶をした。


 「おはよう、チェン」

 「お、おはようございます。だ、旦那様はお出かけになられました。お、奥様に、寂しがらないでくれ、とそう言っておられました」


 茉莉花は眉間に皺を寄せチェンを見た。チェンは怯えた様におずおずと茉莉花に尋ねた。


 「も、申し訳ありません! お気に触りましたか……?」

 「え、違うの!! 貴方じゃないの。ベルナルトさんの事。誤解しないでね? 私、寂しくなんてないから。むしろあの人が居ない方がいいから」


 茉莉花は苦笑いをチェンに向けた。


 「は、はい」


 チェンは戸惑ったように茉莉花を見ていた。


 チェンが来てから数日、茉莉花は彼女を気に入っていた。同じ東洋のアジアの人間であるからか分からないが、どこかチェンには心が許せた。この屋敷で唯一心穏やかに話しが出来る人物だったのだ。チェン以外の使用人は依然、茉莉花に何処か冷たく、仕事以外では声も掛けようとはしなかった。茉莉花が挨拶をしたところで、無表情に軽くお辞儀をするだけだったのだ。ベルナルトに関して茉莉花は依然心を開いておらず、彼を敵視していた。


 チェンはベルナルトが言った通り茉莉花の専属の世話係で、茉莉花の身の回りの事を全てしていた。茉莉花がやらなくてもいいと言ってもチェンはやんわりとそれを断っていた。その断り方も他の使用人とは違い、茉莉花を尊重した物だった。茉莉花は次第にチェンに身の回りの事を任せるようになっていた。


 「奥様、きょ、今日のご予定はいかがなさいますか?」


 食事をしながらチェンに尋ねられ、茉莉花はチェンを見つめた。


 「特に……。何もやることがないの」


 苦笑いを浮かべて茉莉花は答えた。


 「そ、そうですか……。旦那様には、お、奥様が部屋に籠らないようにして欲しいと、申し使っているのです」

 「ベルナルトさんが?」

 「は、はい……」


 チェンは委縮したように肩を寄せた。


 「でも、やることもないし……」

 「な、何か趣味などは?」

 「何もない。ああ、でも土いじりは好きかもしれない」

 「ガーデニングですか?」

 「んー、畑仕事かな。前は家の庭で野菜を育てていたから。初めは腰も痛くなるし、手に豆は出来るし嫌だったけど、でも野菜がちゃんと出来ると何だか楽しくて……」


 茉莉花はクスリと微笑んだ。チェンもそれを見てほっと息を吐いていた。


 「そ、それでしたら、旦那様に頼んでみられてはいかがですか?」

 「ベルナルトさんに? 無理無理。きっとあの人、そんな事しなくていい、とか言うんだよ」

 「で、ですが……」

 「チェンは? 何か趣味はないの?」


 チェンは驚いたように目を見開いて茉莉花を見た。茉莉花はワクワクと目を輝かせていた。


 「わ、私は……」

 「仕事が終わった後は何してるの?」

 「え、えっと手紙を……」

 「手紙?」

 「は、はい。家族に手紙を書いています」

 「毎日?」

 「いえ、毎日ではないですけれど……。で、でも寝る前は何を書こうかなと、か、考えたりはします」


 チェンは顔を赤くして茉莉花から目を逸らし答えた。


 「チェンの家族はどんな人? 何人家族なの? どうしてチェンはここに来たの?」


 矢継ぎ早に質問を投げかける茉莉花にチェンはあたふたとした。


 「あ、あの……、お、奥様の趣味を」

 「私の事はいいから。あ、そうだ! じゃあ今日はチェンが話し相手になって? 一緒に散歩に出かけよう?」

 「そ、そんな恐れ多いです」

 「お願い」


 茉莉花は胸の前で手を組み上目遣いにチェンを見た。チェンは顔を赤くしたまま困ったように口をパクパクとさせていた。


 「あの、その……」

 「ベルナルトさんからも言われてるんでしょう? 私を連れ出すと思って! ダメ?」

 「そ、そう言われると……。わ、分かりました」

 「ありがとう! じゃあ行こっか! 今日は天気がいいからピクニックしない? 外は風が気持ちいいよ?」

 「では、そのように、お、お弁当を作ってもらいます。自室で、す、少し待っていてください」

 「うん」


 茉莉花はチェンに笑顔を向けると自室へと向かった。


**


 「ねぇ、チェンの話しを聞かせて?」


 草原の木陰にシートを引き、茉莉花はお茶を啜っていた。チェンはその横で遠慮がちに立っていた。


 「わ、私の話など……」

 「言いたくない?」

 「そういう、訳では……」

 「チェン、ここ座って?」

 「え、あ、でも……」

 「いいから。お願い」


 茉莉花が上目遣いにチェンを見てお願いをすると、チェンは唇を結んだ後おずおずと膝を折り、腰を下ろした。


 「し、失礼します」

 「そんなにかしこまらなくていいんだよ?」

 「ですが……」

 「貴方以外の使用人はもっとふてぶてしいって言うか、もっとこう、……嫌な感じだよ?」

 「そ、そうなのですか?」

 「うん、だからチェンが私に話しかけてくれる事も嬉しいし、こうやってついてきてくれることも嬉しい。だからそんなに怯えないで? 私はただ話がしたいだけだから」

 「お、怯えてなどはいません。す、すみません」


 茉莉花は不思議そうにチェンを見た。


 「どうして謝るの?」

 「わ、私吃音だから……。それに、こと、言葉もまだ流暢には話せなくて」

 「そんな事気にしなくていいよ」


 茉莉花がニコリと笑い掛けると、チェンは安心したように顔を綻ばせた。


 「それでチェンはどうしてここに来たの?」

 「あ、はい。わ、私、家族が多くて……。その中でも役立たずで……」

 「出稼ぎ?」

 「……はい。役に立たないからって、か、家族に何度もそう言われていて、そんな私を旦那様が拾って、く、くださったのです」

 「そうなの……」


 茉莉花は眉を下げてチェンを見つめた。チェンはハッとしたように目を見開くと、自身の胸の前でぶんぶんと手を横に振った。


 「あ、あの! そんなお顔なさらないでください! よくあることですから! それに、わ、私が役立たずなのは本当ですし」

 「チェンは役立たずなんかじゃないよ? いつもお仕事一生懸命だし、丁寧だし、私にも優しくしてくれるし、チェンはそんなのじゃないよ?」

 「あ、ありがとうございます。そう言っていただけると、う、嬉しいです」


 茉莉花は優しくニコリと笑った。


 「チェンは何歳なの? 私は二十歳なんだけど」

 「私の年齢ですか?」

 「うん」

 「十八です」

 「やっぱり私よりも年下なんだぁ」

 「は、はい」

 「でも私よりもしっかりしてるね」


 ニコリと微笑む茉莉花にチェンは困ったように顔を赤くした。


 「そ、そんな事は……」

 「しっかりしてるよ。家族の為に出稼ぎで働いてるんでしょ?」

 「え、ええ。あの、奥様のご家族は?」

 「私の家族は……、いない」

 「え……?」

 「お父さんと二人で暮らしていたんだけどね、お父さんが亡くなっちゃって。ベルナルトさんから聞いてないの?」

 「はい……」

 「そうなんだ。それでお父さんの遺産の相続人がベルナルトさんで、って言っても遺産何て何も無かったんだけど。あったのは借金だけ。ベルナルトさんが肩代わりしてくれたの」


 茉莉花は苦い顔をしていた。


 (ベルナルトさんは恩人、何だよね……)


 「旦那様はお優しい方なのですね。わ、私の事にしても」

 「そう、だね……」


 茉莉花はまた苦い顔をした。


 (感謝しなきゃいけないのは分かってるんだけど……)


 小さく溜め息を吐いた茉莉花を心配そうにチェンは見ていた。


 「あ、あの、どうかなさいました?」

 「え? ううん、何でもない」


 困ったようにチェンに笑顔を向けて茉莉花はまた質問を繰り出した。


**


 チェンと話していると辺りは日が沈み掛け暗くなり始めていた。そろそろ戻った方がいいと言うチェンに急かされて茉莉花は腰を上げた。


 「また一緒にピクニックしようね?」

 「お、恐れ多いです」

 「気にしないでよ。楽しかったよ?」

 「は、はい……」


 屋敷へ戻ろうと足を進め始めると上空からけたたましい音が聞こえて来た。その音は次第に大きくなり、近づいてきた。風が吹きすさみ茉莉花は慌ててスカートを片手で抑え、もう片手で髪を押さえた。


 「旦那様が、お帰りのようです!!」


 けたたましい音の中チェンが茉莉花にそう叫んだ。上空からはヘリコプターが屋敷の横に着陸しようとしているところだった。茉莉花は溜め息を吐き、ヘリコプターが着陸したのを確認すると、屋敷へと再び歩き出した。


 屋敷の前にやってくるとそこにはベルナルトの姿と、彼の横には見慣れない茶色の髪を一つに纏めたスラッとした立ち姿の男性が居た。ベルナルトは屋敷の使用人と話しをしていた。

 茉莉花とチェンの姿に気付いた使用人は軽く会釈し、ベルナルトは茉莉花に振り返り口角を上げた。


 「茉莉花、ただいま」


 茉莉花に近寄り、茉莉花の手を半ば強制的に掴んだベルナルトは茉莉花を見慣れない男性の元に連れだした。


 「君がジャスミン? へぇ、とても可愛い子だね! 俺も欲しくなっちゃう」


 その男性は妖艶な笑みを浮かべると茉莉花の頬に手を当て、茉莉花の顔をまじまじと見つめた。


 「あ、あの……」

 「ああ、ごめん」


 男性はハッとした後、茉莉花から手を離し両手を上げて困ったように笑った。


 「気安く触らないでくれ」


 茉莉花の横でベルナルトが呆れた様に男性を睨んだ。茉莉花は困惑した表情を浮かべていた。


 「初めまして! 俺はエドモンド! 売れない画家をしています。ベルのお友達だよ」


 エドモンドは人懐っこい笑みを浮かべ茉莉花に手を差し伸べた。茉莉花は戸惑いながらその手を掴んだ。エドモンドはニッと笑うと千切れんばかりに茉莉花の手を振り、握手を交わした。


 「わっ」


 その握手に驚いた茉莉花は小さく声をあげ、ベルナルトは盛大にため息を吐くとエドモンドの手を茉莉花から話した。


 「茉莉花の腕が千切れる」

 「ごめんごめん」


 悪気もなさそうにベルナルトに笑うエドモンドに、茉莉花はおかしくなってクスリと笑った。


 「あー酷い。ジャスミン今笑ったでしょ!?」

 「ご、ごめんなさい。あ、あの初めまして。茉莉花……、です」

 「うん。知ってるよ? ベルの嫁でしょ?」

 「あ、えっと……」

 「そうだ」


 そう答えたのは一瞬言いよどんだ茉莉花ではなくベルナルトだった。茉莉花はベルナルトを困ったように見上げた。


 「何か間違っているか?」


 ベルナルトに見つめられ茉莉花は口をへの字に結んだ。


 「エドモンドはしばらく滞在するそうだ。この自然をスケッチしたいとの事だ」

 「そうそう! ここは人も居なくてのんびりできるから、しばらくお邪魔させてもらうね? よろしくジャスミン」


 ニカッと眩しいくらいの笑顔を向けられもう一度エドモンドは茉莉花に手を差し伸べた。茉莉花は困ったように笑いエドモンドの手を握った。


 「はい」


 今度はゆっくりとエドモンドは手を振り茉莉花の目を見て笑い掛けた。茉莉花はその笑顔にドキッとして顔を赤くしながらも笑顔を向けていた。



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