ベルナルトの問い 3
茉莉花は訝し気に目の前に並ぶ二つの墓石を眺めた。一つの墓の前には汚れてはいたが尚も美しいネックレスが吊るされていた。さっき反射したのはネックレスのトップ部分だろうと茉莉花はそう思った。
「……誰のお墓、ですか?」
茉莉花は墓石を凝視していた。木々の中に建てられた墓石は、砂埃やらで薄らと汚れていた。その横でベルナルトは茉莉花に視線をやっていた。
「父と母の物だ」
茉莉花はゆっくりとベルナルトを見た。
「ご両親は亡くなられていたんですか……?」
ベルナルトは頷くと茉莉花の手を引きゆっくりと墓石に近づいた。茉莉花は驚いた顔をしていた。
(聞いた事も考えたこともなかった……)
ベルナルトは墓石の前に来ると茉莉花の手を離し、墓石に被った砂埃を払い落とした。茉莉花はベルナルトの後ろでそれを見ていた。
不意にベルナルトは背中越しに茉莉花に質問をした。
「君は不死を信じるか?」
茉莉花は突拍子もない質問に頭にはてなマークを浮かべていた。
「不死……?」
「不老不死。信じるか?」
「……ベルナルトさんは信じてるんですか?」
ベルナルトは鼻で笑った。
「不死など存在しない。そんなもの存在するならば、両親の墓は存在していない」
「じゃあどうして聞くんですか……」
「君はどうなのかと思って。父は私が幼い頃よく不死について話していた。それが実現できれば、人類にとって偉大な一歩だと。父はまるで何かに憑りつかれた様だった。不死を盲信していた」
「でも、ベルナルトさんは信じてないんでしょう?」
「ああ。父も最期は間違いに気付いていた。父が不死にこだわっていたのは母の為だったんだ」
「お母さんの……?」
茉莉花はベルナルトの背中を見つめていた。両親について語るベルナルトの背中は何処か寂しそうに茉莉花には見えた。
「母は体が強い方では無くてな。で、君は信じているのか?」
「……小説とか映画とかでよくあるやつですよね?」
「ああ」
「そんなの信じていませんよ。命あるものはいつかは死ぬんです」
「そうか。不死が存在していればとは思わないのか?」
「どうしてですか? そんなの、考えたこともないですよ。考えるだけ無駄です」
「不死が存在すれば君のお父さんも亡くならなかったんじゃないか?」
茉莉花は目を見開きカァーッと顔を赤くさせた。
「そんな事聞いて何になるんですか……。貴方に、何が分かるんですか……!」
「何故怒る?」
「そんな物存在したって、結果は変わりません! お父さんは貴方の両親と違って、自ら命を絶ったのよ!! この事が貴方には分からないの!? そんな物存在してたってお父さんは居ないのよ!!」
息を荒げながら言う茉莉花に振り向くことなくベルナルトは墓石の砂埃を払っていた。茉莉花は大きく息を吸い込み気持ちを落ち着かせていた。一際大きく息を吐き出すと口を開いた。
「……怒鳴ったりしてごめんなさい。忘れてください」
「いや、いいんだ。……ならもし仮に、不老不死の人間が居るとして、その人間は幸せだと思うか?」
茉莉花はベルナルトが何故そんな話をするのか理解できなかった。眉を寄せてベルナルトの背中を見ていた。
「さぁ……」
「私は不幸な事だと思う」
「お墓に来てセンチメンタルな気持ちにでもなりましたか?」
一通り砂埃を払った後ベルナルトは持っていたハンカチで手を拭くと、微笑み再び茉莉花の手を握った。
「ここに来たのは久しぶりだ」
「お墓参りに来ないんですか?」
「ああ。ここに両親がいる訳ではない。死んだ人間に時間を割くのは無駄だ」
「そんな言い方……」
茉莉花は驚いて目を見開きベルナルトを見た。
(やっぱり冷たい人……。自分の親なのに)
ベルナルトは涼しい顔をして墓石を眺めていた。
「随分と汚れてしまっているな。使用人に綺麗にするように言っておこう」
ベルナルトはそう言うと茉莉花に視線を移した。
「茉莉花、もう行こう」
「でも、いいんですか?」
「何が?」
「挨拶もしなくて」
ベルナルトは目を見開いて茉莉花を見た。
「挨拶?」
「久しぶりに来たのに、ご両親に挨拶もしないんですか?」
「ここに、この世界にはもう両親はいない」
「そうだけど、そうじゃなくて……」
茉莉花は俯いた。ベルナルトはそんな茉莉花を見つめ小さく息を吐いた。
「……君が言うなら挨拶をしよう。君を両親に紹介しよう」
茉莉花は顔を上げてベルナルトを見た。ベルナルトは茉莉花と目が合うと小さく微笑んだ。
「私の妻を両親に紹介したい」
「……」
複雑な心境だった。茉莉花自身ベルナルトの妻と言う事実を受け入れられていなかった。だがその事実のおかげでベルナルトは両親の墓石に挨拶をすると言ったのだ。茉莉花には断ることは出来なかった。
(ベルナルトさんの事は嫌いだけど、でもきっとお母さんとお父さんはベルナルトさんに会いに来て欲しかったはず。ここでベルナルトさんを返すのはいけない気がする。私がきっかけになれるならまあいっか。まだ結婚の事は認められないけど……)
「久しぶりだな。昨日結婚をした。私の妻の茉莉花だ。貴方達が生きている間に会わせたかったが、そればかりはどうしようもないな」
ベルナルトは墓石に話しかけながらもふっと笑っていた。
「茉莉花、何を話せばいいんだ?」
「えっと……。元気にしてます、とか……?」
「私は元気だ」
「近状とか……」
「ああ、会社は順調だ。他には?」
「じ、自分で考えてください! 私だって分かりません! 思い出話とか、ご両親に言いたいこととかないんですか?」
「特にない。違うな……、一つだけ」
ベルナルトはそう言うと繋いでいた茉莉花の手を引き寄せた。茉莉花は突然引っ張られた事で前のめりになりバランスを崩した。バランスを崩した茉莉花をベルナルトが抱き寄せ、肩を抱いた。
「これからは茉莉花と上手くやっていく。だから安心してくれていい。その内孫の顔も見せられたらと思う」
ベルナルトは茉莉花を見ると満足げに笑った。茉莉花は顔を真っ赤にしてベルナルトの腕から抜け出した。
「これでいいか?」
「――っ!」
「ならば行こう。ああ、茉莉花今のは本心だ」
茉莉花の手を握ったベルナルトはニヤリと笑い、茉莉花は更に顔を赤くしてベルナルトを睨んだ。




