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ベルナルトの問い 1

【5】



 『君が純潔であって嬉しいよ。これで晴れて名実ともに私達は夫婦だ。君の事は今後も私が面倒を見よう』


 茉莉花はがばっと体を起こした。


 「はぁ、はぁ……」


 茉莉花の呼吸は乱れ、体からは汗が滲み出ていた。茉莉花は痛む体を自身の腕で抱きしめて、さっき見た悪夢も頭から振り払おうとした。


 「最悪……」


 額を押さえながら茉莉花は呟いた。

 呼吸を整えた茉莉花は辺りを見渡した。眠る前は確かにベルナルトが横に居た。だが今ベッドルームには茉莉花一人しかいなかった。茉莉花はほっと息を吐き、体の力を抜いてベッドに倒れ込んだ。額に腕を当ててぼーっと天井を眺めていた。昨日の事を頭の中で整理していた。


 突然ベルナルトの妻にされた事、名前を変えられた事、与えられた使用人、茉莉花には何もかもが現実とは思えなかった。全部夢ではないかとそう疑っていた。


 (夢だったらよかったのに……)


 そうは思っても体のだるさや痛みが夢ではなかったと茉莉花に教えていた。茉莉花は誰も居ない部屋で大きなため息を吐いた。


 (これからどうなるんだろう? これからもこんな生活が続くの?)


 茉莉花の顔は人知れず曇っていた。逃げ出したい気持ちが湧き上がっていた。


 ベッドの中で項垂れていると扉をノックする音が聞こえた。だるい体を起こしてそちらを見ていると、扉は開かれその前にはいつもとは違いスーツ姿ではなく、シンプルにズボンにシャツを着たベルナルトと、その後ろに委縮したように申し訳なさそうに立つチェンの姿があった。


 「おはよう茉莉花。もう昼だがな」


 ベルナルトは微笑むと茉莉花に近寄った。チェンは驚いたように目を見開いていた。


 「お、おはようございます、奥様。お目覚めでしたか」


 茉莉花はチェンを見ると小さくおはようと挨拶を交わした。ベルナルトはベッドに腰掛け茉莉花に手を伸ばした。


 「茉莉花、私には?」


 ベルナルトの手が茉莉花の頬に触れようとすると、茉莉花は体をビクつかせキュッと目を閉じて、被っていた布団をギュッと掴んだ。


 「茉莉花?」

 「や……、やだ……、触らないで」


 茉莉花はベルナルトを見ようともせずに体を震わせていた。


 「……」


 ベルナルトは眉を寄せると立ち上がり、茉莉花のクローゼットを開いた。茉莉花は恐る恐るベルナルトを見た。ベルナルトはクローゼットから服を選びチェンに渡した。


 「今日はその服を着るといい。チェン、彼女の支度が整ったら食堂に連れてくるように」

 「は、はい」


 ベルナルトはそれだけ言うと振り向くことなく部屋から出て行った。チェンは眉を下げベルナルトを見送っていた。


 「お、奥様お着替えを……」


 チェンは茉莉花に視線を移すと、ベルナルトから渡された白い長そでのワンピースを茉莉花に見せた。茉莉花はベッドから立ち上がりチェンに着替えを手伝ってもらった。


**


 「茉莉花、体調は?」


 食事を取りながらベルナルトは茉莉花に問いかけた。茉莉花はビクッと体を震わせると持っていたスプーンをテーブルに置いた。おずおずと顔を上げてベルナルトを見た。


 「……」

 「辛いか?」


 どう答えていいのかも分からず茉莉花はベルナルトから視線を外し俯いた。


 「……今日は散歩に出かけよう」

 「散歩……?」

 「ああ、君にこの屋敷の周りを案内しよう。外は風が気持ちいい。君はここに来てからずっと部屋に引きこもって居るだろう? 体に良くない」

 「……」


 茉莉花はフォークを手に取り剥いてあるリンゴを刺した。


 「何もないところだが、現代失われがちな自然が豊かに残っている。近くの川は涼しくて心地いい」


 茉莉花は刺したリンゴを口に運びながらベルナルトの話しを聞いていた。


 「君が気に入ってくれるといいんだが……」


 ベルナルトは両肘をつき手を組んでその上に顎を乗せ茉莉花を見ていた。茉莉花がフォークをテーブルに置くとベルナルトは立ち上がった。


 「さぁ行こう」


 ベルナルトは茉莉花の腕を取り立ち上がらせるとその手を掴んだ。茉莉花はまた体を震わせてベルナルトの手を振り払おうとした。だがしっかりと握られたベルナルトの手を振り払う事は出来ずに、困ったように彼を見上げた。ベルナルトは満足げに笑みを浮かべていた。


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