擬似温度 × ぬいぐるみ
目が、覚めた。
ぼんやりとただ瞼を上げているだけで、頭はまったく働いていない、そんな目覚め。
腕の中にいるくすぐったい感触に、微かな安堵を感じて抱き締めなおし、もう一度目を閉じる。
小さな頃から抱きしめ続けてきて、もう毛色もくすんでしまった茶ウサギのぬいぐるみ。
この子がいないと、なんとなく寝つきが悪い。
枕が変わると眠れない、なんてよく聞くけれど、私の「枕」はこの子だ。
さすがに大人の私がぬいぐるみを持って歩くのは恥ずかしくて、そのせいで旅行先ではいつもなかなか寝入るのに時間がかかる。
人並みに恋愛もしてきたから、眠る時、誰かの腕の中にいたことがないわけじゃない。
でも、眠れなかった。
「彼」の、「彼ら」の温かさは、嘘だ。
嘘と言うのが違うなら、夢と言ってもいい。幻でも、影とでも。
出会いは、別れの始まり。「彼ら」はこの子みたいに、私とずっとは一緒にいてくれない。
初めから温かな体温を持つ「彼ら」は、いつか冷たい空気だけを残して去っていってしまう。
だったら。
部屋に帰ってきてすぐは冷たくても、一緒にいれば温かいこの子のほうが、ずっとずっといい。
この子のぬくもりは、私の熱を分けたもの。だから、絶対に裏切られない。置いていかれない。
寂しくないよね。
だって、それは別れなくていいってことでしょう?
寝返りをうちながら体を丸めると、長い耳が顎をくすぐった。
そのまま顔を埋めるように俯くと、ほのかに頬を温めるぬくもり。
ずっと一緒。もう誰とも別れたくないから、出会いたくない。
一緒に眠るのは、キミだけでいいんだ。
抱きしめている安堵感が体中を覆い尽くすと、まだ早すぎる朝の中、あっという間に眠りの世界へ落ちていった。
~Fin~
ねむねむ……奈々月 郁です。
擬似温度シリーズ、今回はぬいぐるみです。
ぬいぐるみに限らず、抱き枕とか、なにかをだっこしている感じって、不思議と安心しませんか?
本能的なものなんでしょうか……。
この主人公はひじょ~うに後ろ向きですが、いつかどこかで、失うことを恐れても、それでも一緒にいたいと思える人に出会うのかも、なんてその後を想像しながら書いていました。
短編はワンシーンを見せるだけなので、想像するとちょっと楽しいです。
それでは、おやすみなさいませ……。






