棋士、草原に座す
「ん、これはちと意味がわからん」
俺はあたりを見渡す。さっきまで部屋の中央で胡坐をかいて将棋盤に向かい合っていたというのに、今は芝生のような草がびっしり生えている草原のど真ん中にいる。将棋盤と向かい合った人が草原の真ん中にいるというのもなかなかシュールであろう。さわやかな風がそよそよと頬をなでる。鼻からはさわやかな春の匂い。空は夕方なのか真っ赤に染まっている。感覚ではこれを現実ととらえているが、これは夢としか思えない。
赤い光に包まれたかと思うと、いつのまにか草原だ。笑うしかない。ま、笑わないが。これが夢ではないのは今頬をつねりながら実感している。現実だ。まてよ、これが現実だとしたら今までの現実だと思ってきたものが夢であった・・・なわけないよな。胡蝶の夢でもあるまいし。現に先ほどまで並べていた将棋盤が俺の目の前にあるわけだし。
淡い光に包まれながら。
「思考が追いつかん。将棋で竜王と戦っていた方がまだ考えられるだろ。」
俺は、胡坐をかいたまま将棋盤を見つめる。
将棋盤自体が光っているのかと思いきや、駒ひとつひとつが淡く光っていた。敵陣の方の駒は少し黒い光に包まれていた。黒い光というのもおかしな話だが、そう見えてしまう。そして自陣の方の駒は橙色のような温かい光を纏っていた。
キィィィン
甲高い音が聞こえたかと思うと、敵陣にいた駒全てが浮かび始め5mほどの高さまでなり停止する。そしてぐるぐると駒が上空で回り始め、バンッと音がすると同時に四方八方へ飛んで行ってしまった。
「・・・・・・。おいおい、俺はドラゴ〇レーダーなんてもってないぞ。」
キィィィン
今度は自陣にいた駒から音が鳴り始める。そして中央にいた歩兵以外が、30cmほど浮かびバンっという音とともに俺の身体に体当たりしたかと思うと体の中に吸い込まれていった。
「!!!びびったー・・・なにが・・・!!」
数秒後に音もなく将棋盤が自分の方向につっこんでくると、同じように体の中に吸い込まれていった。俺は将棋盤が突っ込んでくるのでびびって後ろに引っくり返ってしまった。心臓がドキドキしている。死ぬかと思った。
ザっ
「!!!」
音がする方向に目を向けるとそこには15歳ほどの少年が、俺の方へ頭を下げ忠誠のポーズをとっている。戦国時代の足軽のような恰好をしている。歩兵と書かれた胸当てに手を当てている。
「我が棋士。我に身を与えてくださり感謝します。この身、我が棋士に捧げます。」
そういうと少年は光になり、またもや俺の胸の中に吸い込まれていった。
ピコンっ
<歩兵1を解放しました>
<9×9の陣を解放しました>
<ステータス解放しました>
俺の視界の右端に文字が浮いていた。