其の二
二話にはちゃんとTSシーン入ります。書き殴ったような作品で申し訳ない…
森の中は真っ暗であった。
水蛇は森の奥の「川の生まれるところ」にいると言われている。
まずは水の音を頼りに川へと近付く。浅瀬に入ると足にまとわりつく川の水が冷たい。
いつしか白装束は木や草で傷つき破れ、樹液や泥で茶色く汚れてしまった。空が白んでくるとともに、どこからともなく黒い雲が空を覆い始める。
クオーレは、ときおりネックレスの飾り石を握りしめては拾った棒で周囲を警戒しながら森の深くへと足を進めていった。
彼は妖怪などという存在には懐疑的だった。だから、実際に見てみなくては気が済まないという好奇心もあったし、自分の頭のいいことはわかっていたから知能戦になれば充分勝てる自信があった。
しかし、それは突然、目前に姿を見せたのだった。
人間を十数人並べたかのような長さの、鮮やかな青の大蛇。黄色い眼と赤い舌が小刻みに動いている。
呆然と立ち尽くすクオーレを、黄色い両眼が捉えた。
「お前が、今度の贄か。」
大きな口から人間の言葉が発せられたことに、クオーレはまた驚いた。しかし、ここで怯むわけにはいかない。
「そうだ。」
「名を何という。」
「クオーレだ。」
「クオーレか、よい名だ。それにしても、」
大蛇は言葉を切ると、体をくねらせにじり寄ってきた。
「いい男じゃないか?え?」
クオーレが黙っていると、大蛇は彼にゆっくりと巻き付いた。
「堅くならずともよい。まだ食べる気などないからの。」
クオーレはなおも口を閉ざし続けた。
「黙るというのならそれでよかろう。私の話を聞いてくれればいい。」
私は、嘗ては小さな蛇でしかなかった。
ある日、私は川に落ちた。そこを偶然助けてくれたのが、水神だった。
私は水神とは馬があった。蛇なのに。よく仕事を手伝ったりするうちに、自分にも力が備わってきたことに気がついたのだ。しかし、それは水神が最も忌む「妖力」たる力だった。
悲しい話よ。初めて信頼できる相手に出会えたと想えば、こうして引き裂かれることになろうとは。
妖力の存在はすぐに悟られてしまった。自分でも別れなければならないことは判っていたが、それを告げられた時の衝撃は筆舌に尽くしがたいものがあった。
せめてもの情けにと、水神は私に猶予を与えた。逃げる猶予をだ。妖力を得たとはいえ見た目ただの蛇である私は行く先々で酷い目に遭った。
棒で叩かれるなど序の口、捕らえられ刀を向けられたり火にかけられたりすることもあった。馬には幾度となく踏みしだかれ、その都度私の体には死ぬことよりも苦しい痛みが襲ったのだ。
だが、私は死ぬことができなかった。忌々しい妖力によって、私は不死の命を手に入れたのだった。
水を司り、不死の命を持つといえ、このような苦しみに耐えることができなかった私は、次第にこの身に傷を負わせた人間を憎み恨むようになった。
この地に永住を決め腰を据えてからもそれは変わらなかったから、時折人間どもを押し流すことをその遊興とした。何度かするうちに人間どもは人を差し出すようになった。私はそれを自分の欲望のままに虐げ、これを楽しんだ。
しかし、あまりにも短すぎた。
長命ゆえ、時間の感覚を亡くした私にとってたった数十年の命しかない人間という存在は矮小すぎる存在でしかなかった。いつしか、生きることに面白味を感じなくなった。
私は、飽きたのだ。すべてにおいて。
お前を最後に、私はお前の里へ向かう。
「里へ向かう……だと?」
驚いたクオーレが口を挟む。
「お前たちの仲間の力なら、私を倒すことなど容易いことだろう?自ら死することの出来ぬ臆病者に、殺されることはお似合いの死に方だろう。」
「馬鹿を言うな!」
大蛇はクオーレの声に目を上げた。
「何を言う」
「あんたが居なくなったら、ここら一帯の村が干魃で崩壊しちまうだろう。殺す側としても、そりゃあ後味悪いぜ?」
大蛇は大口を開けガラガラと笑った。その音に驚いて、周囲の梢から鳥が一斉に飛び立った。
「クオーレよ、確かに私は水神に仕え、この姿と水を操る妖術を使いはするが、天候に干渉したことは一度も無いぞ?水蛇と呼んでいるようだが、私が退屈しのぎに大水を起こしたりこそすれ、お前たちの利益になることは一切していないはずだ。」
「ちょっと待て、やはり姿を操る妖術を使うというのは本当なのか?」
「ほう、そんなことまで聞いていたとはな。何ならば見せてやろう。」
すると、大蛇の体が歪み始めた。それは次第に小さくなり、クオーレと同じくらいの大きさを取り始めた。そしてそれは段々と色を帯び始める。
「ミラ……?」
唖然とするクオーレにミラの姿をとった大蛇がニヤリと笑って答える。
「ほう、この娘の名はミラというのか。お前の想い人であったのか?心に強く刻み込まれておる。」
「なぁ……」
「おっと、触れてはならなかったか。」
「いや、もういい、いいんだ。大丈夫だ。ところで、もっと小さくはなれないのか?例えば、豆粒とかだ。」
「妖術に不可能などない。本当に小さくなるからよく見ておれよ。」
ミラの姿の大蛇がまた歪む。クオーレはそれを見て苦しげな表情を浮かべる。やがて、それは収束し、茶色い粒が大蛇のいた場所に残された。
「任務……遂行だな」
クオーレはポツリと呟くと、豆粒を拾うと口に放り込み、噛み砕いて飲み込んだ。
味は、しなかった。
『策士めが。人間風情一人に私を潰せるとでも思うたか。』
突然響く声。クオーレは周囲を見回すが、それらしきものは何もない。
「黙れ!身体を失ったあんたに何ができる!俺は村へ帰る。大蛇は潰えたと報告するためにな!」
『お前は私から逃げることは叶うまいぞ。私のこの精神消えたとてお前は永遠に私と一緒なのだからな!』
言い放ち、歩き出したクオーレになお声はついてくる。
やがて、クオーレの足がおぼつかなくなってくる。
「足が、動かない……?」
ついに、クオーレは倒れると気を失った。
ゆっくりと大蛇の最期の呪いがクオーレに効き始めたのだった。
体が痛い。
痛いと言うより、不快感が体を包む感覚。
目を開けると、視界を遮る青い髪の毛。その向こうにはか細く白い腕。
髪の毛……細く……白い……?
体を起こすと、見たことのない光景、感じたことのない感覚がクオーレの意識を襲う。
頭からサラサラと流れる群青の髪の毛。小さく、丸くなった肩からは白く華奢な腕が頼りなさげに伸びる。胸には存在を主張する双丘が、簡素な貫頭衣を押し上げる。
視線を下にやると、今まで視界に入りつつも無意識のうちに無視してきたものが目に入る。腰から下は、先程の大蛇のそれと同じ青色をした、蛇の体があった。
それは、自分が意識的に命令を下すまでもなく、意のままに動いた。間違いなく、自分の体だった。
「どうなってるんだ、これは……」
口を開いて出てきた言葉は、鈴のような、か細い声。
「嘘……だろ……?」
周囲には小動物一匹いない。自分の周囲だけが何も音のない空間になっているかのように錯覚してしまいかねないほどの静寂がクオーレを包む。
ほどなくしてどこからともなく沸いてきた、本能のような感覚が、変わり果てたクオーレの体を動かす。
絶妙なバランスを保ち上半身を真っ直ぐに立たせながらも、腰から下はくねくねと動き前へと進む。驚きのあまり声も出ないまま、本能に体を任せているとあの大蛇が棲家としていた小さな池に辿り着いた。
クオーレは池に浮かんだ睡蓮の葉に、文字が刻まれているのに気付いた。
「我を騙し捕食せしめんとする弱き存在に永久の呪いを」
思わず体の力が抜けるような感覚とともに地面にへたり込む。全て、見抜かれていたことだったのだ。水面には、とぐろを巻いた下半身蛇の少女が映っていた。
「これが……俺なのか……。」
頬をつねると水面の少女も頬をつねり、明らかな痛みをそこに感じる。
「間違いなく、呪いをかけられたというわけか。」
思わず吐き捨てるような口調になる。村じゃとうに葬式でも始まっているだろうが、こんな姿じゃ村に近づいただけで始末されてしまうだろう。
自分の体の半分以上を占めるようになった尾に手を伸ばす。触れると硬く、湿っぽい感覚が手に伝わる。それがまた、紛いもない真実だということをクオーレに伝えるのだった。
「水蛇様」
呆然とするクオーレに後ろから声がかかる。自分以外に誰もいないと思っていたクオーレは驚きのあまり慌てて振り向き、慣れない体にバランスを崩してしまった。
バシャンという音と水しぶきが当たりに広がる。岸には大きな陸亀が取り残されていた。
体に引っ張られ、尾まで池まで落ちてしまったクオーレは重くなった体で必死にもがいたが、体はどんどん底へと引っ張られていくのを感じた。
このままじゃ、死んでしまう。
まだ、死にたくない。
そう思った刹那、体に力が漲るのを感じた。背中を押される感覚を覚える。
とりあえず書き進んだところまでです。
元ネタは富山県にある「蛇喰」という地域に伝わる伝承で、水害を起こす蛇をおばあさんが言いくるめ豆に変身させて食べて退治してしまうというものです。
新聞にそんな話が載ってたので、勢いでここまで書いてしまいました。