序章
――――しゃらん。
痛みと熱さで朦朧とする中、僕は確かにその音を聞いた。
――――しゃらん。
炎と死臭とうめき声しかないような、地獄絵図のような惨状に似合わない涼やかな音色。
――――しゃらん。
硝子の鈴が鳴るような、その音色に僕は自らの現状を忘れて聞き惚れた。
――――しゃらん、
そして姿を見せたのは、美しい少女だった。
彼女は血にも、死体にもその顔を変えることなく歩み続ける。
―――しゃらん。
少女の髪飾りの珠が歩みに合わせて揺れ、妙なる音色を奏でる。
……今まで聞こえていたあの音は、この音だったらしい。
なんだ、と思って僕は静かに眼を閉じた。
――――ピタリ。
一定のリズムでなっていたあの音が、ならない。
「―――……私を呼んだのは、貴方?」
その代わりに、鈴を転がすような声が聞こえた。
僕はゆっくりと目を開き、少女を見上げる。
「………………呼ん、だ?」
少女の宝石のような緑色の瞳に体中の傷から血を流している僕の姿を映し出される。
「そう。
私は貴方の望みに従い、ここにいる」
その瞬間、僕は自分でも可笑しくなるくらいに場違いに、ひとつの感想を抱いた。
「僕の…望み………?」
――――ああ、なんて…
「そう、貴方の。
―――私は『叶屋』
対価を払うなら、貴方の望みを叶えてあげましょう。
………ただし、その対価を払えない場合は『契約違反』と見なし相応の罰が下るわよ?
―――さあ、貴方はどうするの?」
――――なんて、この子の眼は…
「―――僕、は………」
――――こんなにも美しいんだろう。
……今思えば、僕はこの時からもうすでにあの子の虜にされていたのかもしれない。