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雪の公園

作者: MIZUKI

ベタな話好きな作者です(´-ノo-`)ボソッ

サク、サク、サク。

卒業式間近の学校帰り、自分が雪を踏む足音だけが耳に届く。

授業はすでにないので、先生の話を少し聞いたらもうみんなあっという間に帰っていく。

特にこんな雪の日では。

そんな中、珍しくセンチになった俺はひとり、教室でぼんやり机に腰かけてあいつの席を眺めていた。

いつも、斜め後ろからシャープペンの消しゴム部分を顎にとんとんやってるあいつの姿を眺めていた。

時々、顎に赤とか黒とかのインクが付いていて笑ったこともある。

授業に集中しているのか、ペン先を顎に当てているのに気が付いていなかったようだ。

俺はいつも、あいつの背中ばかり見ていた。



「ハイ、菅谷」

先月の休み時間、トイレから戻ったところであいつに声をかけられた。

「なにこれ」

「何って、バレンタインだから」

「そんなのわかってるけど、俺に?」

「うん、いつも嫌いなもの食べてもらっているし」

「あぁ、そういう」

あいつは俺の言葉に首をかしげながら、かわいくラッピングされたチョコを手渡した。

「サンキュ。いいかげん、好き嫌い減らせよ」

あいつはペロリと舌を出して笑うと、友達のところへ戻っていった。

うちのクラスは今時珍しく、給食くらいは好き嫌いなく全部食べるように指導されている。

みんな食べ盛りの中学生だし、嫌いなものは誰かにあげればいいやって感じだから、最初は文句言ったやつも特に気にしなくなっていた。

義理チョコでも俺はものすごくうれしかった。

嬉しすぎてなかなか包みを開けられなかった。

一晩机の上に飾ってから、翌日そうっと包みを開けた。

手作りだった。

しかも、結構うまい。見た目も。



いろいろ思い出しながら、雪降る中俺はゆっくり歩いていた。

ふと、公園の前で立ち止まる。

公園を抜けるのが近道だが、誰も踏み込んでいない公園は雪が20センチくらい積もっている。

少し迷ってから、いつも通り公園の中へ足を踏み込んだ。

「うわ、つめってー」

足首まで雪に埋まってしまい、すぐに後悔した。

でも誰もいない公園、真っ白な雪、たった一人。

もらった義理チョコ、明後日は卒業式。

「ホワイトデーに会えないじゃんか!!!」

俺は思わず叫んだ。

シンとした空気、雪に声が吸収されていく。

俺はため息をついて、雪で重くなった傘を払い、また歩き出した。


「誰かに本命チョコもらったんだ」

背後からの声に驚いて、俺はフリーズした。

「菅谷、誰にホワイトデー渡したいの?」

ウソだろ、なんであいつの声なんだ?

俺は振り向けずにいた。

「スガヤ!聞こえないの?」

仕方なく振り向くと、笑って手を振っているあいつが立っていた。

「まだ制服で、今まで何やってたの?」

長靴のあいつは雪を気にせずザクザク公園の中へ入ってきた。

「知らなかったよ、菅谷の家うちと近いんだね」

「え?」

「うち、あそこ」

あいつが指差したのは、公園の斜め前、道路から一軒入ったところだった。

意外なところで俺はあいつの家を知ることができた。

「こんな天気の日に寄り道してたの?」

あいつが笑う。

「いや、教室でボーっとしてた」

「菅谷が?へぇ。好きなこのこと考えて浸ってたんだ」

「ばかじゃね」

俺は慌てて毒づいた。

「だって、そうじゃなきゃこんなところでホワイトデー!なんて叫ばないでしょ」

やな奴だなぁ。

「ね、ホワイトデーに誰かに渡したいんだったら、知ってる子なら家、教えてあげるよ」

「いらねーよ」

俺は家に向かって歩き出した。


「ちょっと、逃げないでよ」

「逃げてねーよ、家に帰んだよ」

「じゃあ教えてよ、どうせもう卒業するんだから恥ずかしいことないじゃん」

「恥ずかしいもんは恥ずかしいだろ」

「じゃあわかった、推理するよ」

やめてくれよ


「もう会えないってことは、同じ高校には行かない人だね」

「そうかもな」

「で、おうちも知らないんだね」

「・・・・」

「あれ?知ってるの」

「ていうか、なんでついてくるんだよ」

「暇だから」

「どっか行くんじゃなかったのか?」

あいつは首を振った。

「雪だから外に出てみただけ」

子供かよ、まったく。

「その子は同じクラスなんだよね、多分。今日はそれで教室に居残っていた」

俺は黙って家に向かった。


「でも同じクラスでチョコ渡した子だれかなぁ」

おまえだよ、おまえ。

「何個もらったの?」

「5個くらい」

義理チョコばっかりだけど。

「そのうち一つは私だから、残り4つか。全部同じクラス?」

「部活のやつが2人」

「じゃああと2つか」

なんてやっているうちに家についてしまった。


「じゃあな」

「え、ここ?ちょっとまだ話終わってないよ」

「おまえが勝手にしゃべってるだけだろ」

「そんなぁ、雪の中送ってあげたのに」

俺は呆れてしまった。

「あー寒かった」

あいつはあっかんべをすると、背中を向けて元来た道を歩き出した。

「ちょっと待ってろよ」

俺は思わず声をかけて、慌てて玄関に入った。


何やろうとしてるんだ、俺は。

自分で自分を止めることができないまま、俺は部屋に駆け込んで小さな紙袋とマフラーを掴むと、また外に飛び出した。

「これして帰れ」

俺は家の前に突っ立ってむくれていたあいつにマフラーを投げた。

「優しいじゃん」

あいつは笑って長いマフラーをぐるぐる巻きにした。


「思ったんだけどさ、ホワイトデーじゃなくても卒業式に渡せばいいんじゃない?」

「もうその話はいいだろ」

「だって、それが自然でしょ?」

俺は緊張して後ろに回した手に力を入れた。

「じゃあ、卒業式には誰にあげたのか教えてね。」

「お前に義理チョコのお礼はしなくていいのかよ」

「誰にあげたのか教えてくれればいいよ。」

「じゃあ教えるけど、誰にも言うなよ」

「今?卒業式まで楽しみにとっときたいなぁ」

「後でなんてめんどくせえ」

俺は一歩前に出てあいつに近づいた。

「耳かせよ」

あいつがわくわくした顔で横顔を見せる。

俺は心臓が飛び出そうな気持でその横顔に顔を近づけた。

「・・・教えない」

「ひどい!!」

悔しがって雪玉を投げてくるあいつをからかうようにして、俺は家の門の中に入った。

「気を付けて帰れよー」

そういって、俺は後ろ手に持っていた小さな紙袋をあいつに投げ渡した。

「え?コレは?」

驚いているあいつに手を振って、俺は家に入った。

実際は逃げ込んだ感じだ。

カーテンを開けて、あいつがどんな顔をしているか見たい。

でもそれができない。

俺はすっかり濡れてしまった制服を着替えながら、確かめたい衝動を抑えていた。



「このクラスは私の教師人生最後の卒業生になる。みんなの将来がそれぞれに素晴らしいことを祈っている。一緒に卒業できて私も嬉しい。ありがとう、そして卒業おめでとう。」

涙ぐむ担任の挨拶を合図に、みんなは用意していたクラッカーを鳴らし、先生も生徒も教壇で揉みくちゃになった。


俺は卒業式の間も、最後のHRのときも全くあいつのことを見ることができなかった。

どんな顔をしていいかわからずに、逃げるように教室を出た。

家が近いといつ会うかわからない。

今ではそれが少し怖かった。

しかし、家に向かうどころが学校を出る前にあいつが目の前に立ち塞がった。

あいつは俺の靴を持っていた。逃げられない。

「一緒に帰ろうよ」

俺は黙ってあいつと並んで卒業証書を手に家に向かって歩いた。

「これ、昨日ありがとう」

そういってあいつはカバンからマフラーを出した。

「おう」

「あと、お菓子もありがとう」

「おう」

もうひとつ、入れておいたものがあった。

俺はそれについては聞かずに黙って歩いた。


昨日の公園は雪が半分溶けて泥と混じってぐちゃぐちゃになっている。

俺はふと思い出して口を開いた。

「おまえがくれた義理チョコ、手作りだろ?かなり美味くてびっくりしたよ」

「なんか、素直に喜べないコメントね」

あいつは口を尖らした。

「義理チョコ義理チョコってうるさいし」

「だってそうだろ」

あいつはふくれっ面のままだ。

「じゃあ昨日のは、義理返しってこと?」

「そんな感じだよ」

「ほんとに?」


あいつの顔を見れずにずっとうつむいて歩いていた俺は、あいつの腕に光るものを見て目を見張った。

俺が昨日お菓子と共にこっそり入れた、細いハートのチェーンのブレスレットだ。

「義理返しにしてはセンスいいよね。ほかの人も同じ感じなの?」

俺はあいつの手首を信じられない気持ちで見つめていた。

「ちょっと、聞いてるの?あんな可愛いの義理でみんなにあげたの?」

「おまえ、今日これずっとしてたのか?!」

俺は手首を掴んで言った。

びっくりした顔であいつが頷く。

「マジで?信じられない」

俺は掴んだ腕とあいつの顔を交互に見た。


「だって、嬉しかったもん」

蚊の鳴くような声で、あいつが呟いた。

嘘だろ、俺はもしかして両思いなのか?

考えてもいなかった事態だぞ。

「お、お前がくれたのがたとえ義理チョコでも、すげー嬉しくて、それを伝えようと思っていたんだ。当たって砕けるつもりで」

「当たって砕けるつもりで」

俺はもう一度繰り返した。

「俺、砕けてる?」

あいつは俺の顔を見て吹いた。


俺は耳が熱くなっているのを感じながら、言い切った。

「好きだよ」

あいつ、福田真澄も真っ赤な顔で嬉しそうに笑った。

「私があげたチョコは1つだけだよ」

そう言うと

「菅谷!」

あいつは飛びついてきた。

子供のように俺たちは泥だらけの公園でもう着ることのない制服のままはしゃいでいた。



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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。 こういうベタな恋好きです。 可愛らしい話でしたね。
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