episode7
「気をつけてサキ、こいつからは強い魔力を感じる」
いつの間にかバックから飛び出して、早紀の方に乗っていたクロが助言する。
「どのみち速攻でケリをつける」
攻撃心むき出しの早紀を見ても、依然として男は気持ち悪い笑みを浮かべたまま突っ立っている。
「時魔法――加速!」
早紀がこの魔法を使用した瞬間、世界の時の流れが歪んだ。
いや、正確には早紀の認識する時間の流れが遅くなったのだ。
これにより早紀は敵のパンチがスローに見えたり、短時間の間に高速移動したりすることができる。
「……あれ?」
見えない。ついさっきまで突っ立っていた男が音もなくその場から消え去っていた。
しかもこちらは時魔法で時間の流れを遅くしている。相手がそれよりも高速に移動できることなどあるのだろうか……?
この時魔法は魔力の消耗が激しい。長時間の使用は早紀にはまだ無理だった。ひとしきり周囲を確認し終えると、時魔法を解除した。
「フフフ……。なるほど能力使いだったんですね。こちらもとっさに能力を発動させてもらいましたよぉ」
どこからともなく発せられる男の声。姿は見えないが声は近くから聞こえた。
「……やはりニャ」
納得、というようにクロが言った。
「あんた分かってたの?」
「前の変態退治の時に感じた魔力の気配――その正体がこいつだったのニャ。その能力はステルス。自身の姿を透明にすることができる」
「ご名答! しかし能力が分かったところでこの見えないワタクシを捉えることができるでしょうか?」
確かにそうだ。いくら時の流れを遅くしたところでこの男の動きを見ることはおろか、その位置すらも把握することはできない。
「能力的な話だけならこっちの方が不利なのニャ……」
「どうやらそのようですねぇ。ワタシも可愛い女子高生にケガを負わせるようなことはしたくありません。ですから潔く負けを認めて頂けませんか?」
姿こそ見えないが、耳障りで不快な声が早紀に交渉を持ちかけてきた。
「……一応聞くけど、負けを認めたらどうするつもり?」
「そりゃあもうたっぷり可愛がってあげるつもりですよ」
「どうやら正真正銘のド変態のようね。こちらも遠慮なくぶっ潰させてもらうわ!」
どのみちここまできたら相手を叩きのめす以外に道はない。
早紀は再び男を捉えようと周囲に目を配る。
タッタッタ、と地面を蹴り上げてこちらに向かって駆け寄ってくる。
とっさに早紀は腕を前方にやって防御の体制をとるが、背中に強烈な衝撃を受けるのを感じた。
「うっ!」
「サキ!?」
「予期せぬところからの攻撃はさぞ痛いでしょう。そうやって痛みに悶える表情もまたたまりませんねぇ」
「……クロ、魔物殺しの剣!」
刹那、サキの右手に魔物殺しの剣が具現化する。背後にいると思しき男を狙ってがむしゃらに剣を振るう。が、当たった感触はない。代わりに右手首を掴まれる。さらにひねりを加えられ、ついに剣を掴む力が緩み地面に落ちた。
「ダメですねー、こんな物騒なものを振り回しては……」
「くっ……」
「そんなダメな子にはお仕置きをしましょうか」
早紀は男の力に抵抗できないまま、地面に押し倒される。そしてお腹の上に馬乗りになった状態でようやく男は姿を現した。
「フフフ、悔しいですか? でもね、ちょっと普通の人よりすごい力を手にしてヒーロー気取って今日までごっこ遊びをしてきたあんた自身が悪いんだよ! アーヒャヒャヒャヒャ!」
「…………」
「もう一度この私に苦痛で顔を歪める姿を見させてくださいな!」
そう言って、腕を振り上げ早紀の顔面にめがけて拳を放った。
が、その拳が早紀の顔に当たることはなかった。
「女の子に顔面はマズイでしょ。いろいろと」
その拳を受け止めた少年が言った。