episode4
1時限目前。佐々木早紀は後ろの席の少女と会話をしていた。
「いやあ、今日は危ないところだった〜」
「今日も、じゃないの」
早紀の冷静なツッコミ。
「ひどいなー早紀は。今日はたまたま目覚まし時計の調子が悪くて、目が覚めたらもう学校に行かないといけない時間で、慌てて走ってきたんだよー。ああーもう疲れた……」
後ろの席の少女――上原愛理はぐったりと机の上にひれ伏せた。
「なんか早紀って大人っぽいよね」
ぐったりとした状態のまま愛理は言った。
「そう?」
早紀は素っ気なく返答するが、わりと嬉しそうである。
「うん、なんていうか雰囲気がそんな感じ」
(大人っぽいというか、実際、歳くってるのニャ〜……)
コツン。
(……あなたは黙ってなさい)
「そんな大人っぽい早紀に相談なんだけど――今日の国語の宿題見せて!」
「それはダメ」
早紀は凛とした表情できっぱりと言い放つ。
「けち」
突っ伏したまま早紀をじーっと見つめながら言った。
「けち。じゃないわよ。家に帰ってから勉強する時間はあったはずでしょ」
「違うんだもん。部活でヘトヘトで勉強する時間すら作れないくらいに疲れ果ててしまったの。だからお願い!」
突然愛理は起き上がって懇願する。早紀はこれまで幾度となくこうやって愛理にお願いされてきた。
「……もう、しょうがないなぁ」
早紀は自分の机から国語のノートを取り出し、それを愛理に手渡す。
「ありがとう早紀! 今日の恩は忘れないから!」
感激したといわんばかりに笑顔満点の愛理。早紀はこの表情に弱いのだった。
「本当にそう思ってるなら、今日限りで終わりにしてほしいものだけど」
「それはムリ」
彼女は笑顔で言い切った。
愛理は自分のノートを取り出しながら、そういえば、と言って、
「最近噂の変質者、昨日もまた出たみたいだよ」
「うそ……?」
変質者ならば、昨日早紀が出くわした変質者と思しき男を退治したはずだった。にも関わらずまた出たというのはどういうことだろうか。
「嘘じゃないよ。私のバスケ友達が言ってたから間違ないんだから。その子は足が速いから襲われそうに
なったけど走って逃げたんだって。えーっと、私達の一つ上だから高2の人で、学校は……」
「分かった。信じるから」
早紀はそう言って話を遮断させた。こうでもしないと愛理は喋りつづける。噂好きな女の子なのである。
愛理はバスケ部所属で、噂の出所も大抵その仲間内から仕入れてくる。彼女は学校のあらゆる情報を入手してきては、それを話し相手の早紀にべらべらとまくし立てるように喋る。内心早紀はすごいとは思いつつ、聞くことに大変さを感じていた。
でも、嫌と思うことはなかった。自分では知りえない事を知っている愛理という存在がとても貴重で、聞いていて楽しかった。
そういう意味では早紀もまた噂好きな女の子といえるだろう。類は友を呼ぶのだ。
そんな愛理は話している間、ノートを書き写すという作業を続けていた。のんきなものである。
「……愛理は平和でいいわね」
愛理とこうして話している間はなぜか時間がゆったりと感じられた。魔法を使っているわけじゃなく。
「そんなことないよぉ。私もいざという時のために足を速くしておかないと!」
「問題はそこじゃないと思う」
天然ボケに冷静なツッコミ。
「早紀も気を付けてね。逃げるが勝ちだよ?」
顔をあげた愛理が心配そうに早紀を見ながら言った。
「ありがと。……でも、私はたぶん大丈夫だから」
早紀は少しだけにっこりとして言った。
(やはり……昨日のあの気配)
クロがぽつりとつぶやいた。……ちなみにクロはカバンの中である。
もうすぐ1時限目が始まる。