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至極透明な膜  作者: 多加也 草子
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早苗の告白

 早苗とお腹の子は無事だった。俺は、眠った早苗の手を握り続けた。

「ごめんよ、早苗。ごめん」

 俺は呟き続けた。もう誰も傷つけまい。決して。

 ふと、病室の扉が開いた。

「君島さんはこちらですか?」

 俺が逮捕された時の検事だった。

「拓也君、久しぶりだね。なぜ、ここに?」

 武藤と言う検事は驚いていた。

「検事さんこそなぜ?」

「君島早苗さんは来週の裁判の証人なんだ。家に訪ねたら、救急車で運ばれたと言うからびっくりしたよ」

 来週と言えば、猿渡の裁判がある。何か関係があるのか? 拓也が考えを巡らせていると、検事も何か気がついたようにはっとした表情になった。

「君は君島さんと知り合いだったんだね。そう言う事か」

「どう言う事ですか?」

「君は何も知らないのか? 猿渡からルミ子殺害を聞きだしたのは君島さんなんだ」

 早苗が? 猿渡から聞き出した? 猿渡は早苗の店の客だったのか? 

「知らないようだな。私はこれ以上は言わない。私は主治医に会って帰るよ」

 武藤は病室を出ていった。俺は1人、考えていた。ホステスに殺害を告白したと言うが、それが早苗だったのだ。知らなかった。俺は今まで自分の不幸を悲しんで、なぜ猿渡がルミ子を殺したか、なぜ猿渡は殺害を洩らしたのか考えていなかった。

「早苗、どう言う事なんだ?」

 俺は眠った早苗を見つめながら、そう問いかけた。


 それから2時間ほどで早苗は目覚めた。医者に見てもらい、傷は浅いが様子を見て、明後日退院しましょうと言われた。

「君島早苗さん。本当にすまなかった」

 俺は2人きりになると、床に手をついた。

「俺、自首するよ。罪を償う」

「何言ってるの? お医者様も私が料理していて手が滑ったと言う事で納得しているのに、今更そんなこと言ってもしょうがないでしょ」

 早苗の目が少し潤んでいた。

「……私のフルネーム初めて知ったでしょ」

「ああ……、俺、早苗の事何も知らないな」

「いいのよ。私たち、出会いから自己紹介していないもの」

「でも、早苗は俺の事、知っていた」

 早苗は微笑んで下を向いた。

「私たちの子供を授かった時、あなたは大学に行って、そして帰ってくると言ったわ。私、その言葉に嘘がないことを確信していた。でも、その夜あなたは帰ってこなかった。肉体関係を一度持っていなくなる男なんていくらでもいる。でも、私、あなたを信じていた。だから捜したの。何か来れない事情がある事がわかっていたから。あなたが来なかった日、桜ルミ子さんが亡くなった事件の犯人が逮捕されたとニュースで言っていた。未成年だから名前は報道されなかったけれど、私、あの事件を知った時のあなたを思い出したの。震えていたわ。可哀想なほど震えていた。だから、逮捕されたのはあなたで、そして犯人じゃないと思った。あれほど泥酔して、そして恋人が死んだことを悲しんでいた。それでいろいろ探ったのよ。まず、恋人がいてそれを知っていて許していると言う猿渡の証言が不思議だった。自分で出資した店で、逢引きをしているのを知っていたのに何も感じないなんておかしいもの。私、猿渡の行きつけのクラブでホステスを始めたわ。猿渡がいつも指名をするホステスに付けてもらったの。猿渡は馴染みのホステスよりも何も知らない新人になら大丈夫だと思ったのか、拓也を憎んでいる事をあからさまに言い始めた。チャンスだと思って、2度目の同席の時、アフタで一緒に帰ったわ。私、バーで飲ませて話を引き出した……」

 早苗は、俺が警察で拘留されている間になんて事をしていたんだ。俺の為にそんな事をするなんて。早苗は俯き、少し迷っていたが話を続けた。

「……猿渡はあなたの存在に気がついていて、あの夜、閉店後の店に裏口からこっそりと入ったそうよ。あなたと桜ルミ子さんが床で抱き合っていた。激しく抱き合っていて……テーブルに身体がぶつかってもおかまいなしだった。猿渡が知っている桜ルミ子は、雰囲気を整えて高級なベッドを用意しないと決して抱かせなかったそうよ。そんな彼女が、土足で歩くカーペットの床の上で男に抱かれるなんて、彼には考えられない事だった。強い嫉妬に駆られた彼は、あなたが彼女を蹴り上げて出て行った後、カウンターに座って煙草を燻らせながらどうしようか考えていた。気を失った彼女が目を覚ましたとき、彼女は……あなたが掛けた白いシャツを愛しそうに握り、微笑んだそうよ。暴力を振るわれたあなたへの彼女の愛情が彼の逆鱗に触れた」

 早苗は目を潤ませた。

「ここまでが猿渡から聞いた話。ここからは先日、裁判で聞いた話よ」

 早苗は少し間を置いた。

「その後、彼女は彼に気がついた。怯えた目をして這って逃げようとした彼女を、カウンターにあった果物ナイフで刺したそうよ。何度も何度も刺して、気がついたときには彼女は動かなくなっていた」

 俺は歯を食いしばりながら聞いていた。俺が原因を作ったのだ。俺の欲望が彼女を殺したのだ。早苗はまっすぐな視線を向けて俺の表情を伺った。

「あなたが数日後、探りに来ている事に気がつき、何も気がつかぬ振りをして一緒に飲んだ。そこで気がついた。あなたが怯えていることを。覚えていないのかもしれないと思った。そして近くのバーの店員があなたを見ていることを知った。携帯電話での通話履歴やその証言で、あなたが充分に容疑者になれる事に気がついた。後は警察がミツルを捜すのを待てば自分は逃れられる。そして、あなたは逮捕された」

 早苗は俺の手を握り、優しく微笑んだ。

「待っていた事が起き、気が緩んだ時にちょうど私が近づいた。私もさずがに殺害までは聞き出せないと思っていたのに、彼、酔って居眠りをし始めた時に、寝言で桜ルミ子さんに謝罪をしたの。『ルミ子ごめんよ。お前から子供も取り上げて、命まで奪っちまった』と言ったのよ」

 ああ、充をルミ子さんから取り上げたのは、猿渡だったのか。ルミ子さんが捨てたのではなかったのか。俺は胸が痛んだ。ルミ子さんを蹴り上げた時、なんて冷たい言葉を掛けたのだろう。

「大丈夫? 拓也」

 早苗は俺が驚いているのを見て、心配そうな表情をした。

「早苗、ありがとう。君はなんて強いんだ」

 俺は早苗の手をしっかりと握った。

「俺、君と俺の母親に話したい事がある。俺と充と言う親友の事だ。それを話さなければ、俺は前に進めない。母親を明日、ここに呼んでもいいかな?」

 早苗は満面の笑みを浮かべた。

「いいわ。当たり前じゃない。前から話したいと言っていた話でしょ?」

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