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お昼になった。
ここ青木ヶ原中学には給食がない。
そのため、お弁当を用意する人、学食を使う人、購買でパンなどを買う人といった感じで分かれることになる。
学食と購買は食堂の建物の中に一緒に入っているのだけど、食堂はかなり広く、テーブルも多めに用意されている。
だから食堂では、学食を食べる人だけでなく、購買でパンを買った人もいれば、持参したお弁当を広げて食べる人までいるのが普通だった。
「優歩、お昼はどうするんだい?」
「俺は購買でパンと飲み物を買って食堂で食べるけど」
「ほむ。ならオイラも一緒に行くよ」
迷うことなく決断したプリンは、朝と同じように俺に腕を絡めてくる。
こらこら、教室内でそんな……。
ふと、麻実子ちゃんのほうに視線を向ける。
友人と机をくっつけ、お弁当を広げていた麻実子ちゃんと、目が合ってしまった。
俺は恥ずかしくなってすぐに目を逸らし、腕を絡めてきているプリンを引っ張るようにして教室を出た。
いとこだというのはわかっているはずだけど、プリンと仲よく腕を組んでるところを麻実子ちゃんに見られるなんて……。
俺はブルーな気持ちになりながら購買に向かうのだった。
「ん、どうした? 元気ないね?」
ブルーになった原因である張本人から、そんな心配を受けながら――。
購買でパンを買う、というと、戦争のような奪い合いを想像したりするものだろうか?
だけど、少なくともこの学校ではそうではない。
普通に行儀よく並んでパンを購入する。割り込んだりする人なんていないのだ。
プリンは先に食堂の席に座らせて、俺はパンを買うために購買の列に並んだ。
適当に四種類ほどのパンを買い、パックの飲み物をふたつ、自動販売機で購入して席に戻る。
「お待たせ。パンは好きなのをふたつ取っていいよ」
そう言ってパンをテーブルに並べながら俺はプリンの正面の席に着く。
飲み物はコーヒー牛乳と苺ミルクのふたつ。
もちろん俺がコーヒー牛乳で、プリンが苺ミルクだった。
プリンに希望を訊いたら、それを指定したのだ。
以前から飲んでみたいと思っていたらしい。
そういえば、妹の優佳が大好きだったな、苺ミルク。
「ほむ、ありがとね」
ぱっと見て適当にふたつのパンを選んで取るプリン。
残ったふたつを自分のほうに引き寄せて、とりあえず俺はコーヒー牛乳を口に含む。
「優歩、キミさ」
苺ミルクのパックにストローを差し込みながら、プリンが突然口を開いた。
「……ラブだね!」
ぶっ!
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、そんなことを言い出すプリンに、思わずコーヒー牛乳を吹き出しそうになった。
「うわっ、きったないなぁ!」
訂正。しっかり吹き出していたらしい。
「お前がいきなり変なことを言うからだろ!」
げほげほと、むせながら反撃する俺。
当の本人は事もなげに苺ミルクをすすり、ほむ、やっぱり美味しいね! なんて満足そうな笑顔をこぼしていたのだけど。
それにしても、よくもあんな甘ったるい飲み物を美味しく飲めるもんだ。
かなり前に妹が美味しそうに飲んでるのを少しもらったことがあるけど、甘すぎて俺の口には合わなかった記憶がある。
そんなことを考えながら、苺ミルクを飲む姿をじっと見つめていたからだろうか、プリンはストローから口を離し、それを俺のほうに差し出してきた。
「ほむ? 優歩も飲みたいのかい? ほれ」
勘違いしてるだけだからというのもあるけど、それ以前に間接キスになるわけだし、さすがにちょっと……。
周りに人がたくさんいるからというのもあって、俺は丁重にお断りする。
「ふ~ん? 美味しいのに」
と言いながら、プリンは再び苺ミルクを飲み始める。
うーん、もうちょっと人間の普通の感覚とか常識とかを教え込まないといけないのかもしれないな。
……って、そんなことを考えている場合じゃない。
さっきの、ラブ発言のほうに話を戻さないと。
「……で? ラブってなんだよ」
コロッケサンドを頬張りながら訊いてみる。
もっとも、だいたい答えの予想はついていたけど。
「キミ、ずっとあの子のことを見てたでしょ? 斜め前のほうにいる、あのショートカットの子。なんて名前だっけ?」
やっぱり、見られていたか。
プリンはすぐ後ろの席なのだから、気づかれても不思議はないのだけど。
でも、そんな面白そうに、いやらしい笑みを浮かべながら言わなくても……。
「ああ、そうだよ。笹樹麻実子ちゃんだ。言っとくけど、このことは黙ってろよ?」
今さら否定しても無駄だろうから、素直に認めた上で、しっかりと釘を刺しておく。
「ほむ、了解了解っ!」
ニヤニヤしながら答えるプリン。
う~ん、プリンに弱みを握られてしまったか……。
「でもさ、あの子って、ちょっと地味じゃないかな?」
失礼な。
と思ったものの、否定はできないかもしれない。
確かに麻実子ちゃんはおとなしくて、それほど目立つ印象ではないのだから。
クラスの男子の評価としても、空気みたいな子、って言っていた気がする。
とはいえ、それでも好きなんだから、しょうがないじゃないか。
「うるさいな、いいだろ。それに、地味なんて、そんな言い方するなよ。清楚な感じ、とかそういうふうに表現してほしいところだな」
「清楚……っていうのとは、随分と違わないかな?」
「いいんだよ! どんなだって、麻実子ちゃんは麻実子ちゃんなんだから!」
無意識に声が大きくなってしまう。
その声に驚いて、周りにいた数人が俺たちのほうに視線を向けていた。
プリンはさっきまでよりもさらに、ニヤニヤ度を増している。
「悪いかよ……」
恥ずかしくなって勢いも失くした俺は、赤くなりながら小声でつぶやく。
「いや、いいと思うよ。というか、そういう想いはオイラにとっても必要なんだよ」
急に優しげな微笑みに切り替えて、プリンは穏やかに語る。
「オイラたち妖精は、べつに食べ物を食べたりする必要はないんだ」
バナナクリーム入りカステラパンを口いっぱいに頬ばりながら言っても、説得力がないぞ。
「食べることは普通にできるし、美味しい、不味いといった感覚もあるからね。美味しいものを食べれば嬉しいんだよ」
苺ミルクでカステラパンをノドに流し込むプリンは、確かに心底嬉しそうな声を響かせていた。
「でね、妖精が生きていくには、エネルギーが必要なんだよ。そのとき一番つながりの強い人間が感じるドキドキ感。それがオイラたちのエネルギーになる」
「ドキドキ感……」
「うん。よくはわからないけど、心臓の鼓動自体がエネルギーを放出していて、通常なら空気中に広がって消えていくだけのそのエネルギーを捉えて妖精が食べる、という感じになるのかな。ドキドキにもいろいろあるよね。怖いときや、緊張したときなんかにも、ドキドキするでしょ? でも、妖精側の好みの問題はあるかもしれないけど、恋愛のドキドキが一番大きなエネルギーになるんだよ」
そういうものなのか、妖精って。
「守護妖精なら、その守護している人間が対象になるんだ。野良の妖精だと、手近な人間からエネルギーをいただいたりするみたいだけどね。で、その中でもとくに恐怖のドキドキを好む妖精を、キミたち人間は悪霊と呼んでいるってことになるかな」
なるほど。つまり悪霊が悪さをするのは、生きるエネルギーを食べるためなんだ。
「まぁ、そういうことになるね。すべてがそうとは言いきれないけど」
と、ついつい話し込んでいるうちに、午後の授業の予鈴が鳴ってしまった。
授業開始まであと五分。
素早くパンを口の中に押し込んで、俺はプリンとともに教室へと戻ることにした。