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「優歩くん!」
麻実子ちゃんが飛び上がって手を振っている姿が見えてきた。
「麻実子ちゃん! ごめんね、待った?」
「ううん、全然」
そう答えた麻実子ちゃんの肩には、何枚もの桜の花びらがくっついていた。
待たせすぎてしまったみたいだな、反省……。
あれから六年。
俺と麻実子ちゃんは、大学三年生になっていた。
都心のとある大学にふたりとも合格することができて、今では同じキャンパスで学ぶ者同士になっている。
麻実子ちゃんのお父さんが教授をしている大学だ。
同じ大学には、神林も通っている。
今でも麻実子ちゃんと一緒にいることが結構多いのだけど、どうやら今日はいないみたいだ。
そんな神林、実は今、どういうわけか宵夢とつき合っている。
宵夢いわく、よく知れば知るほど驚かされる神林に、これは運命ってやつに違いない、って思うようになったのだそうだ。
はいはい、そうですか。
まぁ、ある意味お似合いのふたりだとは思うけど。
ちなみに、宵夢も同じ大学を受験したのだけど、見事に落ちていた。
滑り止めは受けていたため、今はそっちの大学に通っている。
浪人してでも同じ大学に通う、なんて言い出すかと思ったのだけど、そこは金銭的な問題もあったようだ。
大学は違っていても、事あるごとに神林とは会っているみたいで、今日もきっとデートをしているに違いない。
え……?
俺と麻実子ちゃんはどうなのかって?
う~ん、お互いの性格的に、今一歩前に進めていない状態、というか、あまり進展はしてないのかもしれない。
だけど、結構な距離がある大学まで毎朝一緒に自宅から通っていたり、今でもこうして毎日のように会っていたりするわけだから、それなりに仲よくやっている、という感じだろうか。
「懐かしいよね、ここ」
「そうだね」
俺と麻実子ちゃんは、桜の花びらで彩られた石段を見上げる。
そう、厳島夫妻の屋敷へと続く、あの石段だ。
麻実子ちゃんはプリンに関する記憶を消されているはずだけど、すべてがなかったことになっているわけではなかった。
天道の社で俺と会ったことや、厳島夫妻の屋敷に行ったという記憶はしっかりと残っていたのだ。
もっとも、ペットの供養のために俺とふたりで社に行ったとか、知り合いである夫妻の屋敷に俺とふたりで遊びに行ったとか、そんな記憶にすり替わってはいるのだけど。
「行こうか」
「うん」
差し出した俺の手のひらに、麻実子ちゃんは軽く手を添える。
その温かな手をそっと握って、俺は彼女をエスコートするように石段を上り始めた。
今朝、美千代夫人からいきなり電話がかかってきた。
麻実子ちゃんと一緒に来て欲しい、という内容だった。
そんなわけで、休日だったこともあり、こうして麻実子ちゃんと待ち合わせてここまで来たところだった。
麻実子ちゃんの手の温もりと桜並木から降り注ぐ木洩れ日の温かさを同時に感じながら、俺は一歩一歩石段を踏みしめていく。
六年前に通ったときにはもう散り終えていたけど、ここはこんなにも綺麗な桜が咲き乱れる場所だったのか……。
麻実子ちゃんも、この時間を、この温かさを、全身に受けて心地よさそうな微笑みを浮かべていた。
☆☆☆☆☆
「急に呼び出してしまって、ごめんなさいね」
美千代夫人が明るく微笑みながら、紅茶とケーキを用意してくれた。
当時のプリンがいたら喜ぶだろうにな。ふと、そんなことを考えてしまう。
今日美千代夫人が俺たちを呼んだのは、五歳になった娘さんの遊び相手になって欲しかったからなのだそうだ。
俺たちはあれから、この屋敷には来ていなかった。
夫妻も子育てで忙しかっただろうし、俺たちも受験や学校生活でそれなりに忙しかったからだ。
それに、夫妻が俺たちのことを覚えているかわからなかった、というのもある。
でもこうして呼ばれたのだから、覚えていてくれたということだし、もっと早く訪ねて来ればよかったのかもしれない。
ともかく、五歳になる娘さんというのは、プリンが転生した子ということになる。
守護妖精をやっていた記憶は失くしているはずだから、娘さんからすれば、俺と麻実子ちゃんは知らないお兄さんとお姉さんでしかないだろう。
それでも、美千代夫人からの頼みを断る理由なんてない。
やがて、一旦部屋から出ていった美千代夫人が戻ってきた。
その後ろには、恥ずかしそうにしながら小さな女の子が隠れている。
「ほら、挨拶なさい」
美千代夫人から促され、恥じらいと不安と期待が混在しているような表情で一歩前に出て、女の子は大きな口を開く。
その子は、深い藍色の長い髪をかすかに揺らし、綺麗な大きな藍色の瞳を輝かせていた。
「はじめまして、いつくしまぷりんです!」
え……?
「ぷりん?」
意図せず俺と麻実子ちゃんの声が重なる。
「ふふ。深鈴と書いて、ぷりんと読ませているんですよ。変わった名前になってしまったけれど、でも、可愛いわよね?」
そう言って微笑む美千代夫人の横で、同じように満面の笑みを浮かべている深鈴ちゃん。
少女はもう待ちきれない、といった様子で、俺と麻実子ちゃんの手を引っ張った。
「優歩! 麻実子! 庭に行って遊ぼう!」
五歳の子供とは思えない力で、俺と麻実子ちゃんはそのまま庭まで引きずられていく。
「こら、深鈴! さんづけしなさい!」
美千代夫人の叱責の声が聞こえてきたけど、深鈴ちゃんは気にもしていないようだった。
「あはは……」
少々苦笑まじりで微笑む麻実子ちゃんと顔を見合わせ、俺も笑っていた。
プリンも幸せそうだ。
それがわかっただけでも、来た意味はあったな。俺には、そう思えた。
庭に出ると、深鈴ちゃんが振り向いて、こう言った。
「ねぇねぇ、優歩、麻実子! あれからちょっとは、進展したのかい? もう、ちゅーくらい、したのかな?」
……え?
にたぁ、と冷やかすように笑ったかと思うと、深鈴ちゃんはいきなり手を離して駆け出す。
「鬼ごっこ開始だよ! 捕まえてみな!」
そう言って長い髪を振り乱しながら走る深鈴ちゃんの顔は、もう無邪気な子供の笑顔に戻っていた。
「ほら、捕まえた!」
「む~、今度はこっちが鬼だよ! すぐに捕まえてやるぅ~!」
「あははは!」
屋敷の広大な庭には今、暖かな春の日差しが目いっぱいに降り注ぎ、無邪気に遊ぶ俺たち三人の姿を明るく照らし続けていた――。
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