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妖精日和、カラメル気分。  作者: 沙φ亜竜
エピローグ カラメル色の思い出
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-1-

 プリンが去ってから、もう一週間は経っただろうか。

 学校には行っている。

 でも、勉強に集中なんてできるはずがなかった。


 甘野先生は、何事もなかったかのように授業をしていた。

 ひらひらの衣装を着て、相変わらず小学生を相手にするような喋り口調で、いつもどおりの授業風景。


 斜め前方の席では、いつもどおり麻実子ちゃんと神林が小声で雑談をしている。

 甘野先生がそれを見咎め、「こらぁ~、授業に集中しなさい、神林さん」と、主に神林のほうにだけ叱責の言葉を飛ばす。

 そんなところも、やっぱりいつもどおりだった。


「麻実子が怒られないのは不公平だよ」

「あはは……。どうしてだろうね?」

「そりゃあ、日頃の行いの違いだろ」


 休み時間、俺は麻実子ちゃんたちの席まで行ってお喋りをしている。

 プリンに頑張れと言われたからというわけではないけど、俺はなるべく麻実子ちゃんと一緒にいるようにしていた。

 麻実子ちゃんも神林も、それを拒んだりはしなかった。


 だけど、明るい笑い声の響くいつもどおりの教室の風景の中に、プリンはいない。

 プリンは親戚の都合でまた引っ越した。そういうことになっていた。


 そうではないことを、麻実子ちゃんと神林は知っているはずだけど、それについて彼女たちはなにも言わない。

 俺が沈んでいるのを気遣って、あえて話題に出さないようにしてくれているのだろう。


 ふたりに気を遣わせるのも悪いし、俺も教室ではなるべく普段どおりに振舞うようにしていた。

 それでも無意識に表情が曇ってしまう。そんな俺に、ふたりは明るい声でいろいろと話しかけてくれる。

 それはとても嬉しかったけど、そう思いながらも俺は完全にはふっきれないでいた。


「はぁ……」


 夕方になり、家に帰った俺はベッドに仰向けになると、何度目かわからないため息をこぼしていた。


「プリン……」


 部屋でひとりきりになると、どうしてもプリンのことを思い出してしまう。

 なにげなく、名前を呼ぶ。

 それに応えてくれる声はない。


 と、突然部屋の中央付近に、まばゆい光の玉が浮かび上がってきた。


「こ……これは……?」


 ぼーっとしたままの瞳を向けていると、その光は徐々に薄れ、ふたつの人影が残った。


「プリン! それに観蓮さんも!」


 俺は思わず叫んでいた。


「優歩! 久しぶりだね!」


 プリンが明るい声を上げる。


「彼女から話は聞いたよ。キミにはいろいろと迷惑をかけたね」


 そう言いながら、あぐらをかいて座る観蓮さん。その横にプリンも座る。

 俺もちゃぶ台を挟んで、ふたりの反対側に座った。


「久しぶりの再会を喜ぶ時間も与えられなくてすまないが、話をさせてもらうよ。彼女は希望どおり、厳島夫妻の娘として転生させることになった」

「そうですか! 女王様のお許しが出たんですね! よかったじゃないか、プリン!」


 俺は自分のことのように喜んだ。

 プリンも笑顔を見せていた。

 ただ、心なしかいつもの元気がないように思える。


「女王様……か。そんな人はね、実はいないんだよ」


 観蓮さんの静かな声が、俺の歓喜の表情を止める。


「えっ? それって、いったい……?」


 わけがわからず戸惑いの視線を向ける俺に、観蓮さんはゆっくりと語り出した。


「わしとこの子は、前世で親子だった。それはこのあいだも話したとおりだ。その後、妖精界で女王の補佐をする役目を与えられたと言ったが、それは少し違う。女王の跡を継いだのだ。この子が、な」


 観蓮さんはプリンに優しい瞳を向ける。


「事故で死んだのは、わしとこの子だけではなく、妻も一緒だった。親子三人で事故死してしまったのだ。悔しいことだが、それを言っても仕方がない。運が悪かったのだな。

 妖精界では、代々女王を引き継いで統治することになっている。本来ならば、わしの妻がその役目を担うところだったのだが、妖精界に入ったわしらのそばに彼女の姿はなかった。死んだ魂がすべて妖精になるわけではないのだ。

 ともかく、娘が新たな女王となったわけだが、彼女は幼かった。幼いといっても、今のキミと変わらない程度の年齢だったがな。

 しかし妖精界のすべてを取りまとめる女王としては、未熟なのは確かだった。だからわしが補佐する形で、この子を成長させていたのだ。

 柚子葉を含めた周りの者には、この子を女王の世話係として紹介してあったが、実際には、この子自身が女王だった。正確には、まだ女王候補というべきか。わしが女王の代理として、すべてのことを決めていたのだからな。

 女王になる場合、名前はつけない決まりになっている。女王様と呼ばれるのだから必要ない、ということなのだろう。

 だから、この子にも名前はない。無論、生前の名前はあったはずだが、わしも本人も覚えていない。妖精になるというのは、そういうことだ。

 わしの観蓮という名は、詳しい記憶までは残っていないが、生前の生活への未練が強かったことから自ら名づけたものだ。あの事故はわしの不注意でもあったからな」


 ふう。

 一気に喋ったからか、観蓮さんはそこで少し疲れたようにひと息つく。


 それにしても、プリンが女王候補?

 そんなこと、まったく聞いていなかったけど。


「記憶を操作していたからな。白馬くんの一件は、この子を成長させるための試練でもあったんだ」

「オイラもあのあと、帰ってから話を聞いたんだけど、びっくりしたよ」


 プリンが言葉を挟む。

 やっぱり、少し声の調子は暗い感じだった。


「あれ? 記憶を操作しただけなのに、どうしてプリンは俺から離れられなくなってたの? 姿を消したりできなかったのは、そういうふうに思い込ませればいいだけだろうけど」

「妖精は精神的な存在とも言えるからね。思い込みだけでも、充分に効果は発揮できるものなんだよ」


 観蓮さんは俺の疑問に淡々と答える。


「でも、俺がプリンのほうに引っ張られたこともあったけど……」


 そう言うと観蓮さんは細い目をさらに細め、


「ほう、そうなのか。それだけ、この子の精神が強くなっていたってことの証だな」


 と、微笑みを浮かべながら、何度も深く頷いていた。

 我が子の成長を心から喜んでいるかのように。

 ともあれ、そうなると別の疑問も浮かんでくる。


「厳島夫妻の娘として転生するのを許したのは、観蓮さんってことになるんですよね? 女王様候補であるプリンが転生しちゃっても、大丈夫なんですか?」


 その疑問にも、観蓮さんは大きな起伏のない声で静かに答えを返してくれた。


「実はな、わしらは厳島の家系なんだ。わしは、あの夫妻の三代前ということになるだろうか。まぁ、わしら親子は事故で死んでしまったのだから、直属の子孫ではなく、親戚の家系ということになるが。

 だからこそ、この子は夫妻の悲しみに心を痛め、同調していたのだな。夫妻の娘に転生したいと思ったのも、そのためだろう。

 厳島の家系は、代々妖精界の女王となる家柄だったのだ。完全な世襲制ではないのだが、厳島の家系は特別だった。屋敷のあるあの丘自体も特殊な力を持っていて、周囲に影響を及ぼしているようだな。天道(あまごえ)の社はその力の影響を受けた場所だ。

 ともかく、この子が厳島夫妻の娘として転生することに関しては、その意思を尊重したいと考えた。娘の初めての我がままだからな」


 親バカかもしれないが。

 穏やかにそうつけ加える観蓮さん。その瞳は、少しだけ寂しそうにも思えた。


「今後、女王の役目は、柚子葉に任せようと思っている。少々とぼけた部分もあるが、なかなかしっかりした女性だからな。充分その素質はあるだろう。もっとも、今までいろいろと騙していたことになるし、それを明かしたら、ひたすら文句を言われ続けそうだが」


 ふう。

 再びため息ひとつ。

 柚子葉さんにガミガミと文句をぶつけられ縮こまっている観蓮さんの姿が、なんとなく想像できてしまった。


 と、不意に。

 ガチャッ。


「お兄ちゃ~ん、ちょっと辞書貸して~」


 そう言いながら優佳が部屋のドアを開けて飛び込んできた。

 反射的に視線を向ける三人。


「……って、わぁ!? ご、ごめんなさい! お客さんが来てたんだ。びっくりした~。えっと、いらっしゃいませ。……あっ、そうだ! 私、紅茶とお菓子、用意してくるねっ!」


 真っ赤になりながら、優佳はそそくさとドアを閉める。

 階段を下りていく騒がしい音が、徐々に遠ざかっていった。


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