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妖精日和、カラメル気分。  作者: 沙φ亜竜
第1章 妖精さん、いらっしゃい
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-4-

「は~~~い、ちゅうもぉ~~~く! 転入生を紹介するわよぉ~~~~ん!」


 担任の甘野小夜子(あまのさよこ)先生が、いつもながらのハイテンションな声で生徒たちに告げる。

 大学を卒業後、去年の副担任を経て、今年晴れて担任となったばかりの先生だ。


 若くて綺麗なので男子に人気があるのは確かなのだけど。

 いつもひらひらのフリルのついた服で着飾っているこの先生。さすがに派手すぎると校長から何度も注意を受けているらしい。

 それなのに、まったくと言っていいほどへこたれていないのは、立派というか常識がないというか……。


 さて、先生の声に続いて、教室の前側のドアを開けて入ってきた転入生。

 藍色の綺麗な長い髪をさらさらと優雅に揺らしながら教壇の横まで歩いていく。

 生徒の――とくに男子生徒のどよめきが聞こえた。


 入ってきたのはプリンだった。確かに外見は可愛いからなぁ……。


「この子が転入生よ! 名取くんのいとこなんだって! 仲よくしてあげてねっ!」


 そう言って、先生はプリンに自己紹介するよう促した。

 前に向き直り、はっきりとした声で自己紹介を始めるプリン。


「みなさん、初めまして。今日からこのクラスで一緒に勉強することになりました。私は、先生のご紹介にあったように優歩のいとこで――」


 クラス全員の視線をその小柄な身に受けながらも戸惑うことなく紡ぎ出される綺麗な声に、みんなうっとりとした表情で聞き入っていた。

 どうでもいいけど、思いきり猫かぶってるな、こいつ。まぁ、いいけど。

 そんなふうに考えていると、プリンは迷わず、こう紹介を続けた。


「名前は、プリンです」


 ガタッ。一瞬椅子からずり落ちそうになる。

 いや、その名前を名乗るのはマズいだろ……。

 ちゃんと言っておかなかった俺も悪かったかもしれないけど、転入手続きをしてあるというからには、もっとまともな名前で処理してあるだろうと考えていたのに。


 ざわざわ……。

 プリン? 今、プリンって言ったか?

 クラスメイトもさすがにざわめき始めていた。


 俺はプリンをじっと睨む。

 その視線に気づいたプリンは、こくん、と頷いた。


「ちょっと変わった名前かもしれないけど、お母さんがプリン好きだから、こんな名前をつけたみたいなの。小さい頃は私もちょっと嫌だったけど、でも結構可愛い名前だよね? 私、結構気に入ってるんだ!」


 そんなことを満面の笑みで言われたら、誰も否とは返せないだろう。

 俺としては、もっと別のまともな名前に言い直せ、という意味で睨んだのだけど。本人は違った意味に受け取ったらしい。

 ともあれ、「可愛いと思うよ! 安心して、プリンちゃん!」なんてクラスメイトが言ってくれているのだから、どうやら問題はなさそうだ。


「へ~、そんな名前だったんだ~! なんか、名簿には名字しか載ってなくて変だなぁ、って思ってたのよねぇ~!」


 甘野先生はあっけらかんとした表情で、生徒たちの声に紛れてそんなことをのたまう。

 そう思ったのなら、ここに連れてくる前に確認するべきなのでは……。

 この担任にそんなことを言っても無駄だというのは、よくわかっているけど。


「それじゃあ、プリンちゃん、席に着いて! 窓際の一番奥、優歩くんのすぐ後ろの席だよ!」


 軽く会釈して席まで歩いてくるプリン。

 俺の横を通り過ぎ、甘酸っぱい香りを残したまま、プリンはすぐ後ろの席に座った。

 ちなみに席順は名前の順などではなく、かなりバラバラだった。先生が始業式の日に発表した席順だ。

 厳正に決めたと言っていたけど、きっと遊び半分で適当に決めたに違いない。


「優歩。あんな感じで、よかったかな?」


 背後から小さな声が届く。

 妖精とはいっても、やっぱり不安だったみたいだ。この世界での常識なんてわからないだろうし、それも当然か。

 俺は、すっと左手を軽く上げて、親指と人差し指で丸を作った。


「ほむ、よかった」


 安堵のため息をつくプリン。

 俺も、よかったよ。面倒なことが起こらなくて。

 だけど、これからどうなるのやら……。

 ちょっと不安ではあったものの、俺はなんとなく楽しい気分になっていた。



 ☆☆☆☆☆



 一時間目の授業が始まった。

 今日の一時間目は数学。数学の担当教師は、このクラスの担任でもある甘野先生だった。

 なぜ、あんな適当な感じの先生が数学教師なのだろうか。世の中不思議なものだ。


 まぁ、それはいいのだけど、一時間目からあのハイテンションな声を聞き続けなければならないというのは、正直きつい。

 とりあえず先生の声は耳を素通りさせて、ノートだけしっかり取るようにしていた。


「うー、つまらないよ~。優歩~、こんなことをするために毎日学校に来てるのか~?」


 後ろの席からシャープペンで俺の背中をツンツンつつきながら愚痴っているプリンは無視する方向で。


 ひらひらの服をなびかせつつ、教室中を動き回って授業する甘野先生。

 数学の授業でそんなに動き回らなくても……。

 と、そんなことより、ノートノート。

 黒板に書かれた文字や数式をすらすらと書き写していく。


 でも……。

 やっぱりダメだ。集中できない。


 俺が授業に集中できない理由はただひとつ。

 俺の席から黒板を見ていると、必ず視界に入るのだ。

 ――あの子が。

 俺の席の右隣の列、ふたつ前の席に彼女は座っている。


 前の席に座っている友人の女子生徒が、後ろを向いて彼女になにか話しかける。

 それを聞いていた彼女はその友人とともに、くすっと笑う。

 甘野先生が彼女たちのほうを睨んでいるのに気づき、慌てて友人の肩を叩いて前を向かせる。

 そんな様子を、俺はついつい観察していた。


 笹樹麻実子(ささきまみこ)。それが彼女の名前だ。

 この学校には、近くにあるふたつの小学校の学区を合わせた範囲の生徒が通っている。

 そして、麻実子ちゃんは俺とは別の小学校出身だった。


 俺は最初にこの中学の門をくぐった入学式のあの日、目の前を他の生徒と一緒に歩いて登校していた麻実子ちゃんにひと目惚れした。


 入学式は体育館で行われるのだけど、クラス分けの紙が入り口に貼り出されていて、そのクラスごとに並ぶ。

 同じクラスの列にその姿を見つけたときは、飛び上がりそうなほど嬉しかった。

 同じクラスにはなったものの、最初は同じ小学校から来た仲間でつるんでいるのが普通だった。

 だから、なかなか話すきっかけも持てないだろうと思っていた。


 麻実子ちゃんは、向こうの小学校ではそれなりに有名な優等生だったらしく、学級委員を決めるときに真っ先に推薦された。

 学級委員は男女ひとりずつ選出される。まず女子は彼女が推薦された。

 立候補する物好きなんてそうそういないものだろうから、女子は彼女で決定だろう。

 そこで俺は、立候補したのだ。学級委員に。


 今考えると、ずいぶんと思いきったことをしたものだと思う。

 もともとあまり目立つのを好まない俺が、立候補だなんて。

 ともあれ、それで麻実子ちゃんと話す機会が得られたのだから、この選択は正しかったと言えるだろう。


 で、それから二年経った今、麻実子ちゃんとの関係がどうなったかというと……。

 べつにどうにもなってはいなかった。


 一年生のあいだは同じ学級委員として、いろいろなことをともに頑張った。

 麻実子ちゃんは、どちらかといえば恥ずかしがり屋でおとなしめな性格をしている。

 学級委員に推薦されたのも、そんな性格を知っている小学校からの友人によるいたずら的な感じでもあったのだろう。

 頼まれたら断れないような性格なのだ、麻実子ちゃんは。


 それでも麻実子ちゃんは、学級委員に選ばれたことを嫌がったりはしていなかった。


「せっかく推薦してくれたんだしね。それに、結構楽しいとは思うんだ。学級会でみんなの前に立って話したりするのは、ちょっと恥ずかしいけど」


 その一年間で、俺の恋心はまるで風船のように膨らんでいったのだけど。

 あまり女子と仲よくしてばかりいると、男子からは冷やかされ、からかわれてしまうのもまた事実で。

 結局、学級会の司会や委員会の集まり以外では、麻実子ちゃんと話すことすらなかなかできないまま。

 状況が好転することもなく、あっという間に時は過ぎ去り、二年生になってしまった。


 昇降口の前に貼り出された運命のクラス分けで、俺は麻実子ちゃんと別のクラスだということを知る。

 一学年は七クラスあるし、単純計算で七分の一の確率となる。同じクラスになんて、そう簡単にはなれないだろうとわかってはいた。

 わかってはいても、そのときはすごく落ち込んだものだ。


 違うクラスになってしまった一年間。

 たまに廊下ですれ違う麻実子ちゃんの笑顔を見られるだけで、その日一日が幸せになるかのように感じていた。

 そんなわけで、よりいっそう麻実子ちゃんへの想いは募っていった。


 再び時は流れて、今年のクラス替え。

 また麻実子ちゃんと一緒のクラスになれたのには、運命的なものを感じた。

 ……というのはさすがに言いすぎかもしれないけど。

 そんなこんなで、現在に至る。

 すなわち、まったく進展なんてしていないのが現状だった。


 席に座って前を向いていれば、自然と麻実子ちゃんの姿が視界に入ってくる……というか、自分から進んで見ているのだけど。

 麻実子ちゃんの笑顔や仕草を、ただそっと見つめているだけでも幸せな気分になれる。


 そうやって、たまに後ろを向いて話しかける友人に気づかれないようにしながら、麻実子ちゃんのほうを眺めていると、いつの間にやら授業は終わってしまった。

 同じように、午前中の他の授業時間も、麻実子ちゃんのことで頭をいっぱいにしているうちに過ぎ去っていくのだった。


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