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一旦別の部屋に通してもらった俺たちは、宵夢が淹れてくれたお茶を飲みながら現状についての話し合いを開始していた。
「う~ん、でも、どうしてここに、あんなたくさんの悪霊が集まってるんだろうね?」
プリンがつぶやく。
彼女にわからないのなら、俺や麻実子ちゃんにはわかるはずもないのだけど。
麻実子ちゃんの守護妖精にも意見を聞きたいところなのだろう。
しかし、答えはなかった。宵夢がいるから警戒しているのかもしれない。
「なぁ、宵夢。居間の悪霊……いや、女の子たち、いきなりお前の家に押しかけてきたのか?」
「いやいや。最初のひとりは学校で泣いてるところを見つけてだな、慰めているうちに気に入られてしまったらしくてさ。泣き止んだから帰ろうとしたんだが、そのままついてきちまったんだよ」
ついてきたからって、そのまま家に居座らせるなんて、物事に動じなさすぎだとは思うけど。
「その子が来てから、どんどん増えていってな。最初は友達を呼んでるのかと思ったけど、こんなに多くなっちまって、さすがに食費とか問題あるかなぁ、とは思ってる」
「食費だけの問題なんだ……。っていうか、ご両親はどうしてるんだ? さすがに見えていないってわけじゃないんだろ?」
「ん? 見えていないってなんだ? 母さんは、お客さんがいっぱいで楽しいねぇ、ちゃんと面倒見てあげるんだよ、って言ってたぞ」
……そうですか。
「父さんも、家の中が明るくなってよかったなんて言いながら、お酒を飲んでたな。女の子にお酌されて喜んでたし」
……宵夢の性格は両親譲りだ。間違いない。
「ほむ、なるほどね。それなら、最初の子がいた学校になにかあると見るべきかな」
プリンは考え込んでいたけど、やがて立ち上がり、
「ま、ここで考えてたってしょうがない。行ってみよう」
と、俺の腕を取る。
あの悪霊たちはどうするんだ?
「基本的に悪霊退治は、女王様からの指示があった場合だけ処理してるんだよ。見たところ危害を加える感じでもなさそうだし、放っておいてもいいんじゃないかな」
それでいいのだろうか?
なんというか、女王様とやらの考えがよくわからない。
妖精だから人間とは思考回路も違うのだろうけど。
ともかく、俺たちはプリンに引っ張られ、学校へと向かうことにした。
☆☆☆☆
麻実子ちゃんがついてきたのはわかるとして……。
どういうわけか、宵夢までもが俺たちと一緒に歩いていた。
「いやぁ、なんか面白そうじゃないか」
べつに、いいけどさ。もし危険な目に遭っても文句を言うなよ。
なお、宵夢はついてきていたけど、悪霊さんたちはついてきていない。
妖精や悪霊にとって、守護していたり取り憑いていたりする対象となる人もそうだけど、それ以上に、対象の住んでいる家に縛りつけられる傾向があるのだとか。
プリンが女王様と通信できるのも俺の家だけだったわけだし、そういうものなのだろう。
ふとプリンを目を向けてみると、なにやら考え込んでいるようだった。
視線に気づいたプリンが俺の耳もとに顔を寄せてささやく。
「……実はさ、ちょっと気になってることがあるんだよ……」
そうやって語られたのは、厳島夫妻の屋敷の庭にある花壇に埋められていた、あの妖精界の石についての疑問だった。
妖精界の石は、秘められた力の純度によって区分され、その中でも純度の高い石は女王様のそばで厳重に管理されているものなのだという。
もちろん石自体は普通に落ちているものだから、探知機で探して見つかったらそれを集めて管理しているという感じらしい。
だから、女王様の管理下だけに純度の高い石があるというわけではないのだけど。
そうだとしても、純度の高い石ばかりがあれだけ多く持ち出されるというのは、ちょっとおかしい。
プリンはそう考えているみたいだ。
「まさかとは思うけど、女王様に近しい誰かが手引きしている、なんてことも考えられなくはないんだよ」
そう言うと、プリンはまた考え込み始めてしまった。
麻実子ちゃんのほうに視線を移してみると、彼女はぼそぼそとなにか喋っているようだった。
この距離でも聞こえないくらいの声。おそらく守護妖精と話しているのだろう。
このところ、麻実子ちゃんと一緒にいることは多いのに、まともに話してもいないな……。
そんなふうに考えると、少し寂しい気持ちになってくる。
話す相手もなく、黙ったまま歩いていると、やがて学校が見えてきた。
とりあえず俺たちは、宵夢が最初に悪霊を見つけたという場所へと向かうことにした。
そこは、あのクレープのデブ悪霊の一件があった空き教室前の廊下だった。
宵夢はここで女性が泣いているのを見つけたみたいだけど、そのとき、周りに他の人は誰ひとりとしていなかったという。
あのデブ悪霊がやっていたように、空間を操作していたとか、そんな感じなのだろう。
と、不意に背後から声がかかった。
「おっやぁ~? みんなお揃いで、なにやってるのかな?」
神林だった。
キミはまた散歩してるのか?
「当然! 毎日散歩! いつでも散歩! 継続することに意義がある!」
そうかいそうかい。
もう神林の趣味に関して、とやかく言うつもりはまったくなかった。
そのとき、なにか妙な感覚が俺を襲った。
いや、俺だけではなく、その場にいた全員が同じだったのだろう。
そして――周囲から一切の音が消えた。
校庭で部活をしている生徒たちの声も、道路を走る車の音も、なにもかも聞こえない。
これは、あのデブ悪霊のときと同じ感覚だった。
「どうやら、この教室の中にいるみたいだね」
プリンが緊張の面持ちで言う。
また、あいつか?
「いや、もっと大きな力を感じるよ」
プリンは震えていた。
それほど大きな力が、この空き教室の中から発せられているということなのだろう。
「私の守護霊さんも、震えてる……」
麻実子ちゃんが心細そうな声で、俺の袖をつかんでくる。
そんな麻実子ちゃん自身も、小さく震えているのが伝わってきた。
守護妖精という存在を知らない麻実子ちゃんは、自分のそばにいつもいるあの声の主を守護霊と認識している。
さっき俺の部屋で、プリンがしっかり守護妖精だと言っていたとは思うのだけど。
とはいえ、似たようなものみたいだし、わざわざ訂正することもないだろう。
物事に動じない宵夢は落ち着いているようには見えたけど、それでも額に汗をにじませていた。
さすがに今の状況には驚いているのだろう。
「お~、なにか起こりそうだね~! わくわくするよ!」
ただひとり神林だけが、いつもと変わらないテンションで面白がっている様子だった。
相変わらず、すごい奴だ……。