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妖精日和、カラメル気分。  作者: 沙φ亜竜
第6章 妖精たちは永遠に
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-1-

「どうぞ」

「あ……ありがとう」


 妹の優佳がお盆に乗せて持ってきた紅茶のカップをテーブルの上に置く。


「それじゃ、ごゆっくり」


 お盆を体の前に抱えて部屋を出ていく優佳。

 扉が閉まる寸前に、が・ん・ば・れ、なんて口パクで伝え、ウィンクして去っていった。

 いや、べつにそういうのじゃないんだけど……。


 そういえば、優佳は昨日の厳島夫妻の屋敷での出来事を、まったく覚えていないようだった。

 おそらく、以前に俺の部屋に来て女王様からの伝言を伝えてくれたとき同様、守護妖精が優佳のことを操っていたのだろう。

 プリンは俺に対してそんなことはできないらしいけど、まだ精神的にも幼い小学生の優佳なら、そういうことも可能なのだとか。


「わざわざ呼び出して、ごめんね」

「ううん、いいよ」


 俺の言葉に微笑みを伴って答え、麻実子ちゃんはカップに口をつける。

 さすがにちょっと、緊張している様子だった。


 麻実子ちゃんは今、俺の部屋にいる。

 お兄ちゃんが彼女さんを連れてきたぁ~、なんて優佳がはしゃいでいたけど。

 そんな積極性なんて、もちろん普段の俺にはないわけで。

 なぜこうなったかと言えば、当然ながら、


「よく来たね!」


 ベッド脇の隙間から姿を現したプリン、こいつの仕業だった。


「プリンちゃん、なんでそんなところに?」


 麻実子ちゃんは目を丸くしている。

 それはそうだろう。人が入れるような場所とは、到底思えないはずだし。


「細かいことは気にするな!」


 あまり細かくはないけどな。

 俺は紅茶を飲みながら、冷めた視線でプリンに目を向けていた。


 今朝、眠りから覚めると目の前にプリンの顔があった。

 またかよ、と思ったけど。

 寝ているところを無理に起こさないように言ってあったため、プリンはそれをしっかり守ってくれていたのだ。

 とはいえ、起きろ起きろと念を送って起こすというのは、はたしてどうなのか……。


 とまぁ、それはともかく。

 そんなプリンからの指示で、放課後にこうして麻実子ちゃんを家まで呼んだ、というのが事の真相だった。


「麻実子の守護妖精。聞いてるかい? いるなら姿を現しなよ。声だけでもいいけどさ」


 周りをきょろきょろと見回しながら、プリンが声を上げる。

 麻実子ちゃんを呼んだ理由は、これだった。


 端末で女王様と連絡を取り昨日の石のことを訊いてみたところ、妖精界からたくさんの石が持ち出されているという話を聞かされたらしい。

 それらは特殊な力のある石だから、女王様のもとで管理しているのだそうだ。

 数が多いため完全に管理できているとは言いきれないようだけど。


 そして、石が持ち出された時期と妖精界と下界の行き来の記録を考慮すると、該当する妖精が何人が判明し、その中に麻実子ちゃんの守護妖精も入っていたのだという。


「……声だけで失礼。例の石の件……かな?」


 プリンからの呼びかけに応え、今俺の部屋にいる三人とは別の声が響いた。


「そうだよ。どういうことなんだい? いったいなにをしに妖精界に行ってたのさ?」


 直球で問い質すプリン。

 妖精といえども、頻繁に自分の世界には戻ったりしないものらしい。

 こちらの世界と行き来するのにエネルギーが必要だから、というのが一番大きな理由のようだけど。

 それ以外にも、行き来することによってお互いの世界間のつながりに若干の揺らぎが生じるという弊害もあり、女王様のもとで監視しているのだとか。


「実は少し気になることがあって、自分なりに調べていたんだ。あなたのポイントが減っていた元凶も、おそらくそこにありそうだ」

「ほむ。それで、なにかわかったのかい?」


 声とプリンのやり取りに、俺は静かに耳を澄ませていた。

 蚊帳の外の俺と麻実子ちゃんには、紅茶を飲みながらじっとしているしかなかったのだ。


 なるべく音を立てないように注意しながら、紅茶をすする。

 時おり麻実子ちゃんと目が合うけど、すぐに目を逸らしてプリンのほうに視線を戻す。

 せっかく麻実子ちゃんが俺の部屋に来てくれたというのに、まともに話もできないなんて……。

 すごく残念だった。


「まだ確信まではないけど、おおよその目星はついた」


 声は、そう言った。


「そうなんだ。じゃあ、行ってみよう」


 プリンが立ち上がる。


「優歩、麻実子。行くよ!」


 はいはい。

 カップを置いて素直に立ち上がる。

 初めて女の子を部屋に呼んだのだから、もうちょっとゆっくりしたかったというのが本音ではあったけど。


 プリンはいつもどおりベランダから外に出る。

 麻実子ちゃんが不思議そうな顔をしていたけど、プリンの趣味だと言ったら納得してくれた。

 それで納得されるって、プリンはいったい、どういうふうに思われているのだろうか。


 部屋のドアを開けると、優佳が聞き耳を立てていた。

 ……なんとなく、そんな気はしていたけど。

 プリンや麻実子ちゃんの守護妖精の声が聞こえたりしていなかったか心配になって、俺は優佳の顔を鋭く睨みつける。


「あはは……ご、ごめんね、気になっちゃって! これから出かけるんだよね? 行ってらっしゃい!」


 優佳は慌てて自分の部屋に戻っていった。

 ふむ、どうやら、大丈夫そうだな。


「じゃ、行こうか」

「うん……」


 麻実子ちゃんを先導して階段を下りると、母さんが笑顔で立っていた。

 うちの女性陣、ちょっと気にしすぎではなかろうか。

 俺が女の子を家に連れてきたのなんて、生まれて初めてのことだし、考えてみたらそんなもんか。

 俺自身だって、かなりどぎまぎした感じだったわけだし。


 母さんは笑顔を崩さないまま、俺たちを見送ってくれた。


「もっとゆっくりしていけばいいのにぃ~。麻実子ちゃん、また来てね!」

「はい、お邪魔しました」


 丁寧にお辞儀する麻実子ちゃん。

 次の機会があったら、絶対にもっとゆっくりと過ごしたいよ。

 俺は心の底からそう思っていた。



 ☆☆☆☆☆



「それで、目星がついてるってのは?」


 さっそくプリンが、麻実子ちゃんの守護妖精に訊く。


「麻実子に道を示すから、ついていけばいい」


 声はそれだけ言うと沈黙してしまった。

 俺たちは、麻実子ちゃんに先導されて、住み慣れたこの町の住宅街を歩いていく。


 いくら住み慣れた町とはいっても、どこもかしこも知っているわけではない。

 でも、さすがにこの辺りはよく知っていた。

 小学生の頃には、よく宵夢と一緒に通ったっけなぁ、この道。

 なんて思って歩いていたら、


「ここだって」


 麻実子ちゃんが指差したのは、宵夢の家だった。


「桑島の家だね……」

「うん」


 宵夢が元凶だというのだろうか?

 怪訝に思いつつも、俺はチャイムを押す。


「おや? 優歩じゃないか。うちに来るなんて久しぶりだな。待ってろ、今開けるから」


 ドアから出てきた宵夢は、麻実子ちゃんとプリンの姿を見て少し驚いていたけど、すぐいつもの笑顔に戻る。


「まぁ、上がってくれ。ちょっと今、うるさいけどな」


 そう促されて、俺たちは宵夢の家にお邪魔した。

 うるさいって……どういうことだろう?

 疑問に思いながらも居間まで通された俺の目に飛び込んできたのは……何人いるのか数えられないほどの、大勢の女性の姿だった。


「な……なんだこりゃ!?」

「女の人が、たくさん……」


 驚く俺と麻実子ちゃん。思わず口をぽかんと開けて居間を見回してしまう。

 年齢は俺たちより少し上くらいの年代から二十代後半くらいまで、といった感じだろうか。

 そんな女性たちが、なにやらキャピキャピと黄色い声を発しながら、宵夢の家の中を闊歩していた。


「ちょっと待って! これみんな、悪霊じゃないか!」


 プリンが驚きの声を上げると、女性たちはそれを肯定するかのように微笑んでいた。


「おい宵夢! どういうことだよ、これ!?」

「悪霊ってなんだ? 俺はとりあえず、女の子が困ってるみたいだったから助けただけなんだけどな」


 あっさり言ってのける宵夢。

 どうでもいいけど、おかしいとは思わなかったのだろうか。


「女性は大切にしなければならない!」


 俺の問いに、宵夢ぐっと拳を握って力説する。

 いや、その信念はいいと思うのだけど。

 それにしたって、こんなにたくさん……。

 しかもプリンが悪霊、と言うからには、人間に対して害をなす存在、ということになるはずだ。


「この悪霊たち、宵夢のエネルギーを吸い取ってるみたいだよ。宵夢はスポーツマンだし、心臓が強すぎるくらいなんだろうね。普段の鼓動でも妖精のエネルギーになるほどだし、激しい運動をしているときには止め処なく溢れ出る充分なエネルギーが得られるんだと思う」


 プリンが俺の耳もとで解説の小声を送ってくれた。

 なるほど。最近、空手の練習に気合いを入れまくっていたみたいだから、そのせいなのかもしれない。


「ただ、一ヶ所に集まりすぎてるから、飽和した悪霊たちが行き場を失ってこの家から放出され続けてる、という感じのようだね。厳島のおじさんとおばさんの屋敷は丘の上にあって目立つから、そこにあの妖精界の石があったことで引き寄せられて、あんなに集中してしまったってところかな。ここでは女性の姿をしているみたいだけど、外に出て飛び回るときは球体状の姿のほうが安定するんだろうね」


 プリンは自分なりに状況を分析して結論を導き出そうとしているようだった。


「とにかくキミたち、妖精界に帰りなよ!」


 女性たち、というか悪霊たちに向かって、プリンは叫ぶ。


「え~、やだよ~。ここにいる~。この人のそばにいるのが心地いいの~」


 口々に甘ったるい声を響かせる悪霊さんたち。

 宵夢はまんざらでもなさそうな表情で頭を掻いている。

 おいおい、そんな状況でもないだろうに……。

 そういえば昔から、こいつは物事に動じない奴だったっけな。


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