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妖精日和、カラメル気分。  作者: 沙φ亜竜
第5章 女王様のお導き
37/48

-8-

 優佳はまだ寝ていた。

 周りを見渡してみたけど、守護妖精の姿も見えない。

 もちろん、姿を消しているのが普通だとは思うけど。


「ふう……。また、人をおぶったままこの石段を下りなきゃいけないのか……」


 俺がげんなりした声を上げると、麻実子ちゃんが申し訳なさそうに口を開いた。


「あ……ごめんね。このあいだ、私、重かったよね……」


 最初にここへ来たときのことを思い出し、麻実子ちゃんは目を伏せていた。

 そういうつもりじゃなかったのだけど……。


「いや、そんなことは……。あのときは、全然大丈夫だったよ!」

「そうそう、エネルギーもしっかりたまったしね!」

「エネルギー?」


 ニヤニヤしてるプリンの言葉に首をかしげる麻実子ちゃん。

 俺は慌ててプリンの口を押さえた。


「いやいや、なんでもないよ!」

「ふぅん?」


 麻実子ちゃんをおぶってドキドキしていたのは確かだったけど、それを知られるのは恥ずかしい。

 まだ頭にハテナマークを浮かべている麻実子ちゃんから目を逸らし、渡されたままだった短刀をプリンに返すと、俺は優佳の体を背負った。


「ま、このままここにいても仕方がないし、帰ろう」


 優佳は小柄ではあったけど、やっぱりそれなりに重かった。

 もっとも、まだ小学生だからか、麻実子ちゃんよりは軽かったのだけど。

 ……なんて言ったら怒られるだろうか。


「あの、また助けてもらって、本当にありがとうございました」


 振り返ると、門のそばまで見送りに来てくれた美千代夫人が頭を下げていた。


「ありがとう」


 秀嗣さんも夫人の横で頭を下げている。


「いえいえ、これは自分たちのためでもあるので」


 俺がふたりの声に答える。

 当のプリンは、うつむいてなにか考え込んでいる様子だった。


「あら? その短刀は……」


 ふと美千代夫人がつぶやく。

 その視線の先にあるのは、言葉どおり、プリンの短刀だった。


「それは、あなたの?」

「うん、そうだよ?」


 どうしてそんなことを訊くのさ?

 といった様相で、プリンは首をかしげる。


「いえ、それと似たようなのが、うちにもあるのよ。もっと古ぼけているのだけれど」


 え……?

 綺麗な洋風の飾りの中に、和風の藤の紋章が入った、こんな変わった短刀と似たようなものが?


「そうなんだ。すごい偶然だね!」


 俺は不思議に思ったのだけど、プリンの反応はあっさりしたものだった。

 プリンがそう言うのなら、やっぱり単なる偶然なのだろう。


 ひと呼吸置いたのち、プリンは意を決したように夫妻を見上げ、力強い声を発した。


「おじさん、おばさん! もう大丈夫だとは思うけど、世の中には絶対なんてことはないんだ。もしまた今日みたいなことがあったら、すぐに飛んでくるから! オイラがふたりを守るからね!」

「まぁ、ありがとう。頼もしいわねぇ」


 微笑みを浮かべる夫人の顔を見て、満足そうにしているプリン。

 彼女はこの夫妻のことがとても気に入ってるみたいだ。それはよく伝わってきた。

 麻実子ちゃんもそう思ったのだろう。笑顔でプリンのほうを見つめていた。


「また遊びに来ても、いいかな?」

「ええ、是非」


 少し遠慮がちにお願いするプリンに、美千代夫人は優しい声で答えてくれた。

 そんな夫人とその横で笑顔を絶やさずに立つ旦那さんに別れを告げ、俺たちは石段を下り始めた。


 それにしても、優佳の眠りは深すぎだ……。


「お疲れ様」


 麻実子ちゃんが笑顔で労ってくれた。

 そのまま、本当によく寝てるね、と優佳の鼻を軽く指でくすぐる。

 優佳は俺がおぶっている状態なのだから、麻実子ちゃんは俺のすぐそばまで近寄ってきたことになるわけで。

 風になびいた短めの髪が軽く俺の鼻をくすぐり、無意識に鼓動が高鳴ってしまう。


「おっ、エネルギー!」


 ニヤついているプリンを軽く蹴飛ばす。


「それじゃあ、もう暗くなるし気をつけて帰ってね。本当なら、家まで送ってあげたいところだけど……」

「うん、優佳ちゃんもいるもんね。大丈夫よ、なんたって私には、白馬の王子様がついてるんだから!」

「王子様って……」


 一瞬、なにを言ってるんだろう? と思ったけど、すぐに気づく。

 麻実子ちゃんの守護妖精か。

 麻実子ちゃんの感覚だと、守護霊ってことになると思うけど。


「声が聞こえるって言ってたよね?」

「うん。絶対、カッコいい人なんだよ!」


 麻実子ちゃんは胸の前で両手を合わせ、夢見がちな表情をする。

 どうやら姿は見えず、声だけ聞こえるだけのようだ。

 でも……麻実子ちゃんって、ちょっと妄想癖があるのかもしれないな。

 そういえば、神林も以前、妄想が激しいとか言ってたっけ。


 それはともかく、王子様だなんて愛しさいっぱいの瞳で言うから、俺はちょっと嫌な気がしてしまった。

 つまり、嫉妬だよね、これ。相手は守護妖精だというのに……。


「それじゃあ、またね」


 笑顔で手を振り、去っていく麻実子ちゃん。

 俺はプリンのことを守護妖精だとは言っていないけど、普通の人ではないと知られてしまった。

 さっきは妖精石の話も聞いていたのだから、妖精だということには気づいてしまったかもしれない。


 ……麻実子ちゃんもプリンのことで嫉妬したりするのかな?

 ふと、そんなふうに考えてしまう。


 とりあえず、今は早く家に戻ろう。

 プリンは妖精石の調査があるだろうし、なんといっても背中の妹が重かった。


 優佳の寝息が首筋にかかる。

 そのせいか、俺は不意にさっきの声のことを思い出した。

 あれは幻聴なんかじゃなかったと思うのだけど……。


 辺りをきょろきょろと見回す。

 そんな俺の様子に気づいたプリンが、そっと話しかけてきた。


「さっき言ってた声の主を探してるのかい? でも、いるかどうかはオイラでもわからないんだよ。人間にだけでなく、妖精同士でも干渉はしないし姿も見せない、気配も感じさせないというのが守護妖精としての生活スタイルなんだ。今回はすでに干渉していたんだし、今さらな気もするけどね。それに、通常なら主人から離れることだってできる。オイラはキミに姿を見られてしまったから、離れられない状態だけど」


 そう言って、プリンはいつものように俺の腕に絡みついてくる。

 そのまま俺たちは、黙って歩き出した。


 優佳をおぶっている上に、さらにプリンにまでくっつかれてしまうと、歩きにくいことこの上ない。

 だけど、なにか思うところでもあるのか、プリンの顔にいつものような明るく無邪気な感じが見られないのが気になって、俺は振り払ったりせず、したいようにさせていた。



 ☆☆☆☆☆



 家に帰り着くと、母さんが出迎えてくれた。

 当然ながら、プリンは外から回って先に二階のベランダへと飛んでいる。


「ちょっと優ちゃん、どこに行ってたの? あらあら、優ちゃんまで一緒に。寝ちゃってるじゃない。やぁねぇ、お行儀が悪いわ」


 いつもながら母さんは、俺のことも優佳のことも同じ呼び方だし……。

 せめてふたり一緒にいるときくらい、呼び方を変えてもいいのに。


「優ちゃんは部屋に寝かせてあげなさい。ご飯はもうできてるから、すぐに下りてらっしゃいね」


 母さんは俺に文句を言う隙も与えず、さっさと台所に引っ込んでしまった。

 まったく、母さんは相変わらずだ。


 ともあれ、わざわざ反発する必要もない。

 俺は優佳の部屋に入り、ベッドに寝かしつける。

 服を着たままだけど、寝苦しかったら自分で起きるだろう。

 というか、そろそろ一旦起きてもいいと思うのだけど……。


 俺が自分の部屋に戻って窓を開けると、すぐさまプリンが入ってきた。


「ふぅ~、やっぱり自分の部屋が一番落ち着くね!」


 お前の部屋じゃないだろ。


「うるさいよ。相部屋とか、そんな感じでいいでしょ。それとも同棲って言ったほうがいいかい?」


 こらこら。


「まぁ、夕飯食べてくる」

「ほむ、行ってらっしゃい。オイラは、さっきの石のことを調査してみるね」


 俺は部屋から出ると、階段を下りながらいろいろと考えた。

 今日の悪霊のこと、麻実子ちゃんとその守護妖精のこと、優佳の守護妖精のこと――。

 悪霊については、プリンが調べている石からなにかわかるかもしれない。


 麻実子ちゃんは自分の守護霊――つまりは守護妖精の声が聞こえると言っていた。

 厳島夫妻の屋敷に行ったのも、その声に言われたからのようだった。

 ただ、無事だったとはいえ、危険な場所だったのは確かだろう。

 守護妖精なのに、主人を危険な目に遭わせるようなことをしていいものなのだろうか?


 ちょっとだけ怒りを覚える俺がいた。

 ……王子様発言が少々気になっているのかもしれない。


 また、優佳の守護妖精のことも気になる。

 厳島夫妻の屋敷の庭で聞こえたあの声は、どう考えても幻聴ではなかったと思う。

 にもかかわらず、どうやら俺にしか聞こえていないみたいだった。


 さらには、別の声も聞こえた気がした。

 あれは麻実子ちゃんの守護妖精の声だったのだろうか?


「優ちゃん? どうかしたの?」


 ぼーっとしながら夕飯を食べている俺の目の前で、母さんが首をかしげていた。


「いや、なんでもないよ」


 無理に笑顔を作っておかずに箸を伸ばす。


「しっかり食べて、頑張ってね!」


 ……そうだ、頑張らないと。

 母さんの言った「頑張って」は、当然ながら受験勉強のことなのだけど。

 俺には他に頑張らなければいけないことがある。

 今はそっちを優先して頑張ろう。そう心に決めていた。


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