-7-
空は抜けるように青かった。
静かな玄関に、美千代夫人と秀嗣さんが倒れている。
まっ先に動いたのは秀嗣さんだった。
「お前、大丈夫か?」
そう声をかけると、美千代さんも身を起こした。
「あなた、これは、いったい……」
驚きは見て取れたものの、愛する人がそばにいることで安らいだようなふたりの表情を見て、こっちは安心だな、と俺は思った。
そして走り出す。
一心に庭を駆け抜け、門のそばにいるはずの三人のもとへ急いだ。
俺の目に、プリンたちの姿が映る。
どうやら無事だったようだ。
安堵で自然と速度は緩み、俺はゆっくりとそばへ歩み寄った。
「優歩。終わったよ」
笑顔を向けるプリンを見て、無言で親指を立てる。
そんな、安心しきっていた俺の心を、麻実子ちゃんの声が切り裂いた。
「優佳ちゃん……優佳ちゃん?」
……え?
プリンの傍らにしゃがみ込んでいる麻実子ちゃんは、横たわっている優佳の体を必死に揺すっていた。
「優歩くん……優佳ちゃんが、起きないよぉ……」
プリンの顔もこわばる。
麻実子ちゃんは今にも泣き出しそうな表情をしていた。
俺も妹のそばへと駆け寄って呼びかる。
「おい、優佳! 起きろよ!」
揺する俺の手にも、まったく反応はなかった。
「そんな……っ! 優佳ちゃん!」
「優佳!!」
三人の手が、優佳の肩を腕を背中を激しく揺らす。
そんな俺たちの耳に届いた声。
「う~ん、もう食べられないよぉ……むにゃむにゃ……」
それは、優佳の寝言だった。
……忘れてた。こいつ、眠りがすごく深くて、起こしてもなかなか起きないんだっけ。
「まったく、こいつは。心配かけて……」
「まぁまぁ、優歩くん。平気だったんだから、よかったじゃない」
麻実子ちゃんはそう言って優佳の頭を優しく撫でる。
確かに、無事でよかった。
寝言から察するに、ご馳走をおなかいっぱい食べる夢でも見ていたに違いない。
優佳は心底幸せそうな寝顔をさらしていた。
とりあえず、優佳はこのまま寝かせておいても大丈夫だろう。
安堵の息をつく。
麻実子ちゃんとプリンも、笑顔で優佳の寝顔を見つめている。
ともあれ、俺には気になっていることがあった。
麻実子ちゃんたちと離れる前に聞いた、あの声だ。
「さっき、声が聞こえたんだ。悪霊たちは、庭に咲く花に引き寄せられたみたいだって」
麻実子ちゃんに視線を向ける。
麻実子ちゃんも聞いたでしょ? という意味を込めて。
だけど……、
「えっ? そんな声、私は聞こえなかったけど……」
麻実子ちゃんは、あっさりと否定を返してきた。
その表情は、どう考えても嘘をついているようには見えなかった。
どういうことだろう? あれは幻聴だったのだろうか?
でも、はっきりと耳に残っているあの声。
麻実子ちゃんに似た感じの声だと思ったのだから、聞き間違いではないはずだ。
それに、もうひとつの声も、はっきりと……。
いや、今はそれを確認している場合でもないな。
それよりも、あの声が言っていた内容を伝えないと。
「花壇になにかあるみたいなことを言ってた」
俺の言葉に、麻実子ちゃんとプリンは半信半疑ながらも手分けして花壇を探ってくれた。
もちろん俺も、春の匂いが心地よく感じられる花壇の土を手で軽く掘ったりして、あの声が言っていたようななにかが埋まっていないか確かめてみた。
コツッ。
軽く土の中に手を潜り込ませただけだったけど、すぐに指先がなにかにぶつかる感触があった。
「おっ、なにかあったぞ」
「こっちにも」
プリンも麻実子ちゃんも、それに俺も、それぞれ違う花壇の土の中から、複数の小石らしき物体を発見していた。
色は様々だったけど、綺麗な宝石のような石だ。
これは……。
「ねぇ、これって……」
麻実子ちゃんも思い出したのだろう。
夢だと思わせていた記憶の中で、襲いかかってきたエリザベスの力をはじき返した石、妖精石のことを……。
「うん、確かにこれは、妖精界の石だよ。麻実子にあげたのとは違うタイプのエネルギーを持った石だけどね」
それらの石はすべてプリンに渡した。
「帰ったら調べてみるよ」
そう言って石をポケットに仕舞い込む。
そんなプリンの様子をじっと見ていた麻実子ちゃんだったけど、なんだか表情が冴えない様子だった。
どうかしたのだろうか?
「ねぇ……ほんとにこれでよかったのかな?」
ふと、麻実子ちゃんがそんなつぶやきを漏らす。
「どうして?」
「ん……あのね。さっきの、悪霊? あの光が消えるときに、叫び声というか悲鳴というか、そんな悲しくて苦しいような声が、いっぱい聞こえたような気がしたの……」
その言葉を、プリンは黙って聞いていた。
麻実子ちゃんは、悲しげな表情を浮かべている。
俺はどうすればいいのかすら、わからなかった。
ただ、麻実子ちゃんの心の中に溢れている思いを少しでも和らげてあげられたら、と考え、微かに震えている細い肩をそっと抱き寄せた。
空は自らの青さをどこか遠くへと追いやり、徐々にすべてを夕焼け色に染め上げつつあった。