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妖精界との通信は、俺の家の中でしかできないらしい。
妖精界と下界をつなぐエネルギーが少しでも節約できる場所でないと、正常な機能を果たせないからだという。
守護妖精であれば、守護する人間の居住地が一番エネルギーの少なくて済む場所になるようだ。
もっとも、仮に他の場所で通信できたとしても、端末は結構大きくて見た目より重いから大変だろうし、なにより鮮やかなピンク色の物体なんて持ち歩くのも恥ずかしいだろうけど。
どうせ持たされるのは俺だろうし。
時計を見ると、もう三時過ぎになっていた。
部屋に戻り急いでプリンが押入れの中に置いてあった端末を取り出す。
と、そこへ優佳が入ってきた。
「うあっ! お前、帰ってたのか。買い物は終わったのか?」
プリンはいつものように、素早い動作でベッドの横に身を滑り込ませている。
端末が壁にぶつかったのか、ガタッという音がしていたけど、優佳は気づかなかったようだ。
「……見てわからないの~? 新しいお洋服なのにぃ~」
嬉しそうに目の前でくるりと一回転する優佳。
ひらりと短めのスカートがたなびく。
妹の服なんて普段あまり気にしていないから、新しいのかどうかは、よくわからなかったけど。
「そうかそうか。うん、いいんじゃないかな。それで、なにか用か?」
「ん~っとねぇ……あれ? なんか、眠くなってきちゃった……」
「お……おい」
優佳は目をこすってあくびをしたかと思うと、俺のベッドに倒れ込み、すぐさま安らかな寝息を立て始めた。
「ああ、もう……。寝るなら自分の部屋で寝ろよな」
軽く肩を揺すっても起きる気配はなかった。
仕方がない、部屋まで抱えていくか。
ため息をつきながら優佳の腕を持ち上げたとき、俺はすぐ横に立つ人影に気づいた。
「わっ!」
驚いて声を上げてしまう。
人の姿を取ってはいるものの、気配がまったく感じられないように思えたからだ。
俺の視線に気づいたその人影は、軽く会釈をする。
その顔は、どういうわけか麻実子ちゃんとそっくりだった。
「守護妖精……か?」
変化に気づいたプリンが、ベッドの脇からおそるおそる顔を出してつぶやいた。
「守護妖精? ああ、人の言葉で言うと、ということですね。はい、そうです。少々強引ではありますが、あなたたちに伝えたいことがありまして」
丁寧に言葉を紡ぎ出されたその声は、やっぱり麻実子ちゃんとよく似ていた。
妹の守護霊であるこの人が、俺やプリンになにかを伝えるために優佳をこの部屋まで導いた、ということなのだろう。
そんなことまでできるんだな、守護妖精って。
麻実子ちゃんと似ているのは、単なる偶然、もしくは俺自身の勝手なイメージ、といったところか。
「柚子葉さんから承った女王様の伝言です。まず、丘の上に悪霊が集まっているのは、あの庭のどこかに惹きつけるなにかがあるのだと思われます。それをどうにかしないと、あなたの短刀で悪霊たちをもとの世界に戻したとしても、きりがありません」
プリンは真剣な面持ちで話を聞いている。
一方俺はというと、麻実子ちゃんとそっくりなその姿に、思わず見惚れていたりして……。
「それから、悪霊を惹きつけているのは私たちの世界から持ち出された物のようです。つまり、私たちと同じような守護妖精や悪霊と呼ばれる存在が、なんらかの目的を持って動いている、と考えて間違いないでしょう」
「なるほど、やっぱりそうなんだね」
俺にはわからなかったけど、プリンはなにか感じる部分があったのだろう。
「今は一刻を争います。早くあの屋敷に戻ってください。それと、これも預かっていますので、持っていってください」
まっすぐプリンの目を見据えて話す麻実子ちゃん似の守護妖精に、プリンのほうも素直に頷き、差し出された物をしっかりと受け取った。
「わかった、ありがとう。よし、優歩、行くよ!」
「お……おう!」
駆け出すプリンを急いで追いかける。
俺の部屋に残された守護妖精は、こちらを見つめながら優しげな微笑みを浮かべていた。
☆☆☆☆☆
丘へと向かう途中、プリンが妙なことを言い出した。
「ねぇ、優歩。キミの妹って、変な趣味とかを持ってるのかい?」
……は?
言っている意味がわからない。
「守護妖精ってのはね、守護の対象となる人が想っている相手に近い姿で現れる場合が多いんだよ。絶対にそうとは言いきれないけどさ」
それってつまり、優佳は女性が好き、という趣味だってことか?
う~む、そうだったのか……。
妹に関する衝撃の事実。
「でも、絶対ではないから。麻実子似だったのも気になるところだけどね。ともかく今は、そんなことを考えてる場合じゃない。急ぐよ、優歩!」
丘の上へと続く長い石段は、もう目の前まで迫っていた。
毎回思うけど、ここを駆け上がるのは結構しんどい……。
プリンのあとを追いかけつつ、俺は心の中でそうぼやいていた。