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妖精日和、カラメル気分。  作者: 沙φ亜竜
第5章 女王様のお導き
32/48

-3-

 次の日は、朝から初夏の日差しと思えるくらいの暖かい気候だった。

 こんな日曜日はお出かけ日和、ということで妹が随分とはしゃいでいた。

 友達と買い物に行くのだそうだ。


 そして、今日は俺のほうもお出かけ準備中だった。

 ……もちろん、目的は悪霊退治だけど。


「早くしなよ、優歩」


 一刻でも早く出発したいプリンが急かしてくる。

 今日の目的地は、あの丘の上にある厳島夫妻の屋敷だったからだ。


 そんなに紅茶とケーキが気に入ったのか、というとそういうわけではなく、この前の一件以来、夫妻のことがすごく気になっているのだとか。

 なんでそんなに気になるのかは、プリン自身にもわかってはいないみたいだけど。


 ともかく、プリンが気になっている夫妻の屋敷で再び悪霊が暴れているというのは、なにかあるような気がする。

 状況を見てみないと正確な判断はできないけど、急いで現場へ向かうことについては俺も賛成だった。



 ☆☆☆☆☆



「うん、美味しい!」


 ケーキを頬張りながら満面の笑みを浮かべているプリンを見てると、さっきまでの真剣な表情は嘘だったのかと疑いたくなってくる。

 とりあえず、口の横のクリームは拭けよ。


「さてと……」


 三つ目のケーキを食べ終え、紅茶を飲み干したプリンがようやく立ち上がる。

 窓から庭のほうに目をやると、そこにはなにやら輝くものが無数に舞っているのが見えた。


 一時間ほど前に家から出てきた俺とプリン。

 石段を上り終え大きな門をくぐった俺たちを出迎えたのは、その光る無数の悪霊たちだった。


「急いでこちらへ!」


 叫ぶ美千代夫人の姿を目指してその悪霊の群れの中を駆け抜けた俺とプリンは、屋敷の中へと身を滑り込ませた。

 どうやら夫妻が今朝目覚めたときからこんな状態だったらしい。

 屋敷の中までは入れず、また門から外へも出られず、ひたすら庭の中を舞い続ける悪霊たち。

 はてさて、どうしたものかと、作戦会議という名のお茶会になっているというわけだ。


「とりあえず、掃除しちゃおうかな」


 簡単に言ってのけるプリン。

 大丈夫なのだろうか?

 あんなにたくさん集まっているというのに。


「どうだろうね。でも、どうにかしないと。女王様の認識で悪霊という区分になっているんだからね。屋敷の中までは入れないとしても、なんらかの力でおじさんやおばさんに危害が及ぶ可能性は高いでしょ」


 おじさんとおばさんはオイラが守ってあげるんだ、そんな決意がプリンの表情からうかがえる。

 その手には悪霊を切り裂くあの短刀が握られていた。


 庭に出た瞬間、夫妻でも、そして俺でもプリンでもない悲鳴が響いた。


 ――どうして!?


 庭の真ん中で頭を抱えてうずくまっているのは、なんと麻実子ちゃんだった。

 無数に舞い踊る悪霊たちが、麻実子ちゃんの体のあちこちにぶつかる。


 その衝撃のひとつひとつは大きいわけではなく、髪をバサッっと巻き上げる程度でしかなかったのだけど。

 それでも何十、何百と途切れることなく、悪霊たちは容赦なく襲いかかっている。

 警告のつもりなのだろうか。

 状況のわからない麻実子ちゃんは恐怖でその場にうずくまり、ただただ震えていた。


「どうしてここに麻実子がいるんだよ!?」


 舌打ちしながら、プリンは短刀を構えて駆け出し、麻実子ちゃんの周りに集まっている悪霊たちを、振りかざした短刀で追い払う。

 短刀は以前のデブ悪霊を切り裂いたときのように輝いてはいない。

 こちらも威嚇しつつ、まずは麻実子ちゃんの安全を確保することを優先的に考えているのだろう。

 プリンは、ああ見えて結構冷静だ。と言いたいところだけど、そうでもなかった。


 プリンは俺から離れられない。あまり離れると、俺のほうに引っ張られるような感じになる。

 以前プリンはそう言っていた。

 では、プリンが勢いよく俺から離れていった場合はどうなるのか。


 答えとしては、俺のほうへ引き戻される力とプリンが離れていこうとする力が、ふたりのあいだに同時に発生する、というのが正解となる。

 その力が均衡を保っていれば、なにも問題はなかった。


 ただ、今みたいにすごい勢いでプリンが駆け出した場合、離れていく力のほうが強くなるため、当然のように俺が引っ張られてしまう結果となる。

 というわけで……。


「うわっ!? 優歩、どうしてそんなところで寝っ転がってるのさ?」


 お前のせいだろ!

 などと反論することもままらない。

 プリンによって、結ばれたロープで引きずられたような感じになった俺。

 結果、庭の上に突っ伏していた。しかも、見事に顔面から地面に突っ込む形で。


 俺は痛みを堪えてどうにか立ち上がり、うずくまっている麻実子ちゃんのもとへ急ぐ。


「麻実子ちゃん、大丈夫?」


 俺の声に気づいて、我に返る麻実子ちゃん。

 怯えた目をしたままではあったけど、小さく首を縦に振る。


「優歩、キミは麻実子をしっかり守るんだよ!」


 立ち上がったプリンが手にする短刀からは、青白い輝きが発せられていた。

 その光に引き寄せられるかのように、無数の悪霊たちは一斉にプリン目がけて飛びかかってくる。

 プリンはそれらを短刀一閃でいくつもまとめて消し去る。


 矢継ぎ早に迫りくる悪霊を素早い身のこなしでかわしつつ短刀を振り、ひたすら返り討ちにしていく。

 プリンの長い藍色の髪が短刀の青白い輝きと悪霊たちの放つ光に映え、美しく俺の目に映り込む。

 俺の横で、麻実子ちゃんもその様子をじっと見つめていた。


「うっ!」


 プリンがうめき声を上げた。

 悪霊の数が、やはり圧倒的に多すぎたのだ!


 麻実子ちゃんに対しては警告だっただろう悪霊の一撃は、短刀の光で危険を察知したからか、プリンの身を切り裂く攻撃に変わっている。

 切り裂かれた袖からは、血がにじんでいるのも見えた。


 プリンの動きは明らかに鈍くなっている。

 ひとりだけなら、どうにかなったのかもしれない。

 だけど今は、俺と麻実子ちゃんを守りながら戦っている状態なのだ。

 防ぎきれなかった悪霊によって、俺や麻実子ちゃんにも、切り傷ができるようになっていた。


「これはちょっと、ヤバいかな……」


 苦悶の表情のプリン。

 汗によって額に髪が張りついていた。


「優歩、走るよ。門の外へ。麻実子を支えてあげてね」


 ぼそっと俺の耳もとでささやくと、プリンは門へと向かって駆け出す。

 俺もすぐに反応していた。

 麻実子ちゃんに肩を貸すようにして、なるべくプリンから離れずに走る。

 足をもつれさせてはいたものの、麻実子ちゃんもどうにか自力で走ってくれた。


「おじさん、おばさん! 屋敷の中で待ってて!」


 玄関口で状況を見守っていた夫妻に、プリンは大声で指示を叫ぶ。

 こうして俺たちは、一時撤退した。



 ☆☆☆☆☆



 石段まで出ると、悪霊は追いかけてこなかった。

 いや、やはり門からは出られないのだろう。

 理由はわからないけど、とりあえず助かった。


「え~っと……」


 プリンは戸惑い気味の瞳で、じっと麻実子ちゃんを見据える。

 どうしたもんかな、と考えているようだった。


「大丈夫だよ」


 口を開いたのは、意外にも落ち着いた様子の麻実子ちゃんのほうだった。


「プリンちゃんは、普通の人じゃないのよね? あのね、私は自分の守護霊っていうのかな、その人の声が聞こえるの。その声に導かれて、今日もここまで来たんだ。いろいろ信じられなくて驚いちゃったけど、でも大丈夫だから」


 麻実子ちゃんは必死だった。

 完全に状況を理解して受け入れているわけじゃないだろうし、プリンに対してちょっとした恐怖心も抱いているかもしれないけど。

 それでも麻実子ちゃんは、忘れたくないと懇願する。

 プリンが記憶を消したりできると思い込んでいるのだろう。


「人に言ったりはしないから、だから……!」

「ほむ、わかったよ」


 麻実子ちゃんの勢いに負けたのか、プリンは素直に受け入れた。

 続いて、


「だけど、今日はもう帰るんだ。あとはオイラたちに任せて。正直に言えば、麻実子がいても足手まといなだけだからさ」


 きっぱりと言い放つ。

 プリンだってそんな言い方はしたくなかっただろう。

 とはいえ、麻実子ちゃんに危険が及ぶ可能性も高い。それは事実だった。

 だからこそ、プリンはあえて足手まといだなどと言ったのだ。


「……わかった」


 麻実子ちゃんは、ふらつく足取りで石段を下り始めた。

 それを追い越す形で、俺とプリンは石段を駆け下りていく。

 すぐに自分の家まで戻って、女王様にお伺いを立てないと。プリンがそう言ったからだ。


 麻実子ちゃんが心配だし、家まで送ってあげたいところだったけど、今は時間がなかった。


「それじゃあ、気をつけて帰ってね!」


 麻実子ちゃんを追い越す際にそれだけ言い残し、俺とプリンは一路、家を目指した。


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