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ほわん。ほわん。
歩くたびに地面が俺の体をふわふわと空中に浮かび上がらせる、明るい桃色の空がどこまでも広がる世界。
キラキラと光る球体状のなにかが舞い踊り、木々には色彩も鮮やかな果物が実り、周囲を甘い香りで包み込んでいる。
見るからにファンタジーな世界、そういった印象だった。
――ここが、妖精界?
「優歩の中にあるイメージを使って、頭の中で変換されてそう見えている感じなんだけどね」
そんな解説をされても、よくはわからなかったのだけど。
「とにかく、向こうに見えるのが女王様のいるお城だよ」
プリンが指差す先には、いかにもといった雰囲気を漂わせる中世ヨーロッパ風の城が建っていた。
「なるほど、優歩にはそういう感じに見えるんだね。それじゃあ、行くよ!」
すたすたと早足で歩くプリンのあとを、俺も急いで追いかける。
辺りの景色は危険なんてありえないようなほのぼのとした雰囲気ではあったけど、それでも俺たちの住む世界とは違うのだ。
念のためプリンからは離れないほうがいいだろう。
俺はプリンのそばに寄り添うようにしながら、ほわほわと足もとを柔らかく押し返してくる地面の上を歩いていった。
☆☆☆☆☆
城の周りにある堀に架けられた橋を渡ると、大きな門の横にふたりの屈強な門番が立っていた。
ご苦労様! と言いながら勝手に入ろうとしたプリンを、当然ながら門番たちが制止する。
「女王様に用があるんだよ、通して!」
おい、お前はこんな相手に対してもタメ口なのかよ!
もっとも、城自体が俺の頭の中で作られたイメージだというのだから、実際には違った感じなのかもしれないけど。
そんなことを考えているあいだにも、門番たちはプリンの目の前で槍を交差させるようにして完全にガードしていた。
「邪魔するな! 通してよ!」
いや、もうこの状態じゃ、それは無理ってものでしょ。
それどころか、牢獄送り決定、といった状況なのかもしれない。
「その者たちを、通しなさい」
覚悟を決め始めていた俺の耳に、凛とした女性の声が響いた。
綺麗な生地を何重にも重ねたような衣装、十二単っていうんだっけ? そんな感じの服を身にまとった美しい黒髪をたたえた女性だった。
西洋風の城なのに日本風の衣装なのは、俺の頭の中のイメージがおかしいということなのだろうか?
ともかく、投獄されるのだけは免れそうだ。安堵の息をつく。
女性に導かれ、俺たちは城の中へと入っていった。
城の中はとても綺麗で、手入れも行き届いている様子がうかがえた。
大理石でできた大きな柱には、明かりが煌々と灯っていた。
ろうそくなどではなく、魔法の力が込められた水晶玉のようなものが明かりとして使われている。
黒髪の女性に連れられた俺とプリンは、謁見の間へと通された。
部屋の奥には、質素な服を着た少々歳の行った男性がひとりいるだけだ。
微かに品のよさそうな笑みを浮かべながら迎えてくれたその男性は、優しいおじさんといった印象だった。
俺たちを連れてきた黒髪の女性は、部屋の中央まで歩いていくと、振り返って俺たちに声をかけてきた。
「それでは、お話を伺いましょう」
この人が女王様なのだろうか?
「いえ。女王はご多忙の身ゆえ、側近を務めております私、柚子葉がお話を伺います。奥にいるのは監査役兼記録係の観蓮です」
プリンとは違って、丁寧な口調と仕草で説明してくれた黒髪の女性。
ゆったりとした物腰で、大和撫子という言葉がしっくりくる。
プリンにも少しは見習ってもらいたいところだ。
「オイラのポイントのことなんだけど、どうして減ってるんだい?」
前置きもなしで、プリンは率直に直球で訊く。
もし礼儀のなさでポイントが減らされるというのなら、原因はわかりきっていると言えるだろう。
「申し訳ありません。その件はこちらでも状況を把握しているのですが、原因解明までは到っていないのです」
柚子葉さんは表情を崩すことなく答えてくれた。
そんな柚子葉さんに、プリンが詰め寄る。
「原因なんてどうでもいいから、とにかくポイントを戻してよ!」
「それはできません」
「どうしてさ!?」
俺は、柚子葉さんにつかみかからんばかりの勢いで叫ぶプリンの体を抱え、どうにか押し留めようと試みる。
「ポイントは絶対なのです」
プリンの勢いにもまったくひるむことなく、淡々と答える柚子葉さん。
観蓮さんのほうも、笑顔を絶やさぬまま、議事録らしきものを記入し続けているようだ。
笑顔になっているわけではなくて、笑ったようなあの顔が地顔なのかもしれないけど。
「ポイント管理のシステムが壊れてるとかはないのかい?」
「それもありえません。下界の機械とは違うのですから」
下界というのは、俺たちの住む世界のことだろう。
どうでもいいけど、今俺がここにいるのは問題にはならないのだろうか?
「大丈夫です。女王の許しは得ていますから」
最初にプリンと会ったとき同様、完全に俺の思考を読んでいるように答えが返ってくる。
下手なことは考えられないな。そう思うとちょっと緊張してしまう。
「そんなに硬くなる必要はありませんよ。考えることに罪はありませんから。たとえどんな内容であったとしても。それを口に出したり、行動で示したりした場合に限って、裁定は下されるのです」
その裁定も女王様が下すということか。
「そうです。女王は絶対ですから」
そういう考えは危険なのでは。
思わずそんなふうに思ってしまったけど、それに対して柚子葉さんはなんの反応も示さなかった。
「とにかく、あなたがたはこのまま悪霊退治を続けてください。原因はそちらでも探っていただけると助かりますが、私どものほうで引き続き調査致します」
「……わかったよ。よろしく頼むね」
今度は素直に引き下がるプリン。
俺が柚子葉さんとやり取りしているあいだに、頭に上った血も少しは冷めたのだろう。
「ただ、ひとつだけ気になることが……」
帰り際、柚子葉さんが遠慮がちに言葉をつけ加えた。
「優歩さん。あなたの周りにわずかですが、あなた以外の妙なオーラを感じます。今回の件の原因は、もしかしたら優歩さんのすぐ近くにあるのかもしれません」