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妖精日和、カラメル気分。  作者: 沙φ亜竜
第1章 妖精さん、いらっしゃい
3/48

-3-

 朝だ。

 カーテンを抜けて入ってくる光が、まぶたを通して俺に目覚めの時刻を告げる。

 昨日遅かったからかな、まだ眠い……。


 そうか。きっと遅くまで勉強を頑張りすぎたんだな。

 だから、あんな夢を見た。

 そうに違いない。


 俺はまだはっきりしていない頭でそう結論づけた。

 今日もまた、いつもと変わらない平凡な日常が始まるのだ。

 さて、そろそろ起きるとするか。


 ほのかな甘酸っぱい香りが俺の鼻をくすぐっているのに気づいたのは、そこまで考えたあとだった。

 重いまぶたをぱっちりと開けると、そこにあったのはいつもどおりの自分の部屋の光景……ではなかった。


 顔。

 目の前に女の子の顔があった。


「ぐっも~にん! やっと起きたね!」


 声を発すると、その吐息が俺の顔に直に感じられる、そんな至近距離に彼女はいた。

 ちょっとドキドキ……。

 なんて言ってる場合じゃない!

 俺は飛び起きた。


「うわっ! 布団をバサッとしないでよ! 髪が乱れちゃうじゃないか!」


 甘酸っぱい香りをばらまきながら、髪を振り乱して叫ぶプリン。

 布団のせいよりも、自分で乱している分のほうが多そうに見えたけど。


「プリン! お前、なにしてんだよ!」

「優歩が起きるのを待ってただけだよ。寝てると可愛い顔してるのに、起きた途端に怒鳴るなんて。朝は一段と目つきが悪いんだから、自重してほしいもんだね」

「お前なぁ……!」


 と、そこまで言って、はたと気づく。

 おや? なにか雰囲気が違う。

 ……って、


「お前、なんで制服着てんだ!?」

「そりゃ、今日からオイラも優歩と一緒に学校に行くからだよ」


 両手を腰に当てながら、プリンはあっさりそう言い放つ。


「は?」

「オイラも・優歩と・一緒に・学校に・行くから・だよ♪」


 俺の腕に自分の腕を絡めて、ゆっくりはっきりと言い直すプリン。

 いやいや、音符をつけて可愛く演出したってダメだ!


「だから、なんでお前が学校に行かなくちゃならないんだよ!」


 朝っぱらからこんな大声出すなんて、きっと生まれて初めてのことだろう。

 そんな大声だったのだから仕方ないとは思うけど、突然部屋のドアが開かれた。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

「うあっ!」


 俺を心配してくれたのだろう、優佳が部屋に飛び込んでくる。

 いつもノックをしろと口を酸っぱくして言っているのに、こいつは……。


「いや、あの、この子は……」

「ふぇ? この子?」


 俺は怪訝な表情をする優佳の言葉を聞いて部屋を見回す。

 そこにプリンの姿はなかった。


「あ……いや、なんでもない。夢、見てたから、ははは」


 乾いた笑いを浮かべる俺に、優佳は冷めた視線を向けていた。


「女の子の夢見てたのね、なんかやらし~! お兄ちゃん、そろそろ彼女作ったほうがいいんじゃない?」

「う……うるさい、このマセガキ! 早く学校の準備しろ!」


 そう言って枕を投げつける。


「きゃ~~~っ! 撤収~~~! お兄ちゃんこそ、早く着替えないと遅れるよ~~~!」


 優佳が自分の部屋に戻ったのを見届けると、俺は廊下に転がった枕を引っつかみ、素早くドアを閉めた。


「どうだい? 上手く隠れたでしょ?」


 そこでプリンがひょっこりと顔出す。

 さっきまでよりも声のトーンを落としているところを見ると、しっかりと状況は把握しているようだ。


 ベッドと壁のあいだは、掛け布団が壁でこすれないように少しだけ離してあった。

 どうやらプリンはその隙間に入り込んで隠れていたらしい。


「まぁ、とりあえず助かったけどな」


 俺も声を落として答える。


「で、さっきの話の続きだけど……」

「うん。昨日言ったように、オイラは優歩から離れられない上に姿も隠せない。なら、普段から一緒にいても不自然じゃない存在になっておけばいい。つまり、優歩のいとこってことにして同じクラスに転入すればいいと考えたわけさ!」


 どうだ、参ったか、といった様子で、プリンは偉そうに両腕を組んで答える。


「いとこって、そんな勝手に……。だいたい転入するためには手続きとかいろいろあるんじゃ……」

「その辺りは心配なっしんぐ! オイラたちの世界……便宜上、妖精界って呼んでおくね。その妖精界には、様々な事柄を取りまとめる女王様がいるんだ」


 すごく美しいかたなんだよ。うっとりした目をしながらプリンは言った。


「とにかく、その女王様と連絡を取ったわけ。守護する人間に見られてしまった妖精をどうするかは、その女王様が決めるんだ。決定には一週間くらいかかるから、まずはそれまで待たなきゃならない。それで、優歩の家に居候することになったいとこ、って名目で転入手続きの処理をしておいたって報告が、ついさっき届いたんだよ」


 妖精界との連絡って……。

 俺から離れられないとか言ってなかったっけ?

 いつ妖精界とやらに行ったんだか。


「昔は面倒だったけどね。今はこういうのがあるから」


 と、なにやら小型で可愛いピンク色をしたノートパソコンのようなものを取り出すプリン。「のようなもの」というより、「そのもの」って感じだったけど。


「そうだね、ほとんどキミたちの世界のパソコンと変わらないかな。フェアリーコンピューターっていうんだけど、普段は端末って呼んでる。とにかく、これを使って女王様とチャットで連絡を取ったんだよ」


 妖精がコンピューターを使ってチャット……。


 呆然とする俺の目の前で、プリンは素早くキーボードを操作し、チャットの画面をモニターに映し出す。

 古風な黒い背景に白い文字で、名前と入力した文章が出るだけのシンプルな代物だった。

 もっとこう、テレビ電話風だとか、立体映像を浮かび上がらせるとか、そういった感じのものを想像したのだけど。


「機能面としては、これだけで全然問題ないしね。それに、妖精界とこっちの世界を結ぶこと自体、なかなか面倒らしいんだよ。オイラはそういった技術的な部分なんてチンプンカンプンだけどね」


 妖精界も万能ではないってことか。


「うん、そういうこと」


 どうでもいいけど、さっきから、いちいち思考を読まれている気がする。

 今は問題ないと思うけど、考えてることが筒抜けなのは、ちょっと嫌かもしれない。


「ほむ、なるほど。確かにそうだよね。了解っ! 思考を読むのは極力やめておくよ。もちろん勝手にオイラの頭に流れ込んでくる思念までは止められないけどさ」

「うん、そうしてくれるとありがたいな」


 思念が流れ込むうんぬん、の部分はよくわからなかったけど。

 強く思ったことまでは隠せない、といった感じだろうか。


「それにしても、学校の制服まですぐ用意できるんだな」

「うん。チャットで申請して、特急便で送ってもらったんだ!」


 ……やっぱり妖精界はこっちの世界より便利っぽい。


「そういえば、俺のいとこ、ってことだと、母さんや優佳には通用しないんじゃないか? もしかして、記憶を操作したりとかで対処済みだったりするのか?」


 制服に着替えつつ、そんな質問をする。


 着替えたいとプリンに言っても、「ほむ、勝手に着替えればいいでしょ?」と答えるだけでなにも気にしていないようだったけど、さすがに見られているとこっちが恥ずかしい。

 だからプリンには少しだけ離れてもらい、さらに反対側を向いてもらっている。

 人間ってやつは面倒な生き物だね、なんてぼやかれてしまったけど。


「いや、さすがに記憶を操ったりまではできないよ。絶対に無理ってわけでもないらしいけどね、規制がどうとか……。オイラは細かいことまでは知らないけどさ」


 ついついこっちに顔向けてしまいそうになるたびに、自分で気づいて慌てて向きを戻しているプリンの様子を見ていると、なんだか可愛いな、なんて思ってしまう。


「ともかく、離れられなくなったとはいえ、これでもオイラは妖精だからね。空も飛べるし、窓から外に出ておくよ。この部屋の窓の位置からすれば、誰かに見られることもないだろうし。羽根だけは消せるみたいだから、外に出たあとも問題ないでしょ」

「羽根って……消すことができたとしても、背中から生えてるんだよね? どうやって制服から外に出すの?」


 素朴な疑問。

 羽根の部分だけ切り取っておくとかだと、羽根が消せたとしても、制服の背中の二ヶ所に切れ込みを入れた変なねーちゃんとしか思われない気がする。


「それなら問題ないよ。もともとオイラたちは、この世界の物体を通り抜けたりできるんだ。オイラの体は消せなくなってしまってるけど、羽根だけは消せるっていうのはつまり、羽根だけはもとのままってこと。だから、羽根はこの世界の物体を通り抜けられる。すなわち、制服もその下のシャツも全部通り抜けて羽ばたくことができるってわけ」


 ほう、なかなか便利じゃないか。

 だけど、もうひとつ疑問が。


「今の話だと外に出るくらいまで離れても平気みたいだし、うちの家族に見つからないようにするなら、俺が家にいるあいだずっとベランダに隠れてればいいんじゃないのか?」


 すると、プリンはムッとした表情になってこう叫び声を上げた。


「キミもひどい人だね! ベランダじゃ、寒いじゃないか!」



 ☆☆☆☆☆



「ほら優ちゃん、ゆっくり食べなさい」


 俺は朝ご飯を、大急ぎでがつがつばくばくと食べていた。

 無駄に喋っていたから時間が足りなくなったのだ。

 ちなみに今日は妹も時間がないみたいで、俺の横で一緒にご飯を食べている。

 そんな妹とふたりまとめて「優ちゃん」と呼ぶのは、母さんにとって便利な言い方だからなのだろう。


「私はレディーですからっ! 支度に時間がかかるのよっ!」


 優佳はそんなことを言っていた。小学生なのだからレディーもなにも、あったもんじゃないとは思うのだけど。

 それでも、今は子供向けの化粧品なんかも普通にあるみたいだし、小学生は小学生なりにオシャレに気を遣ったりするものなのかもしれない。

 もっとも、優佳の小遣いで数多くの化粧品を買ったりなんてできないはずだし、それ以前に、化粧をしたまま学校に行ったら、校則違反になるだろうけど。


 と、そんなことより、早くしないと。

 窓から出たプリンが、外で寒い思いをしながら待っているはずだし。

 もう五月になっているとはいっても、朝はまだ肌寒い。あまり遅くなると、文句たらたらだろう。


「ごちそうさま~~! 行ってきま~す!」


 ご飯と目玉焼きをたいらげ、味噌汁をノドに流し込んだ俺は、カバンを手に取り玄関へと駆け出した。


「こら、優ちゃん! ちゃんと歯磨きしてから行きなさい!」


 ……素早く回れ右。俺は洗面所へ向かって急いで歯磨きを開始する。

 プリンの愚痴攻撃も怖いけど、母さんの優しい笑顔風味のねちねちしつこい嫌味攻撃を食らうほうが、もっと怖いのだ。


 口をゆすぎ、顔を洗い、玄関へ向かう頃には、優佳も食事を終えていた。

 さて、今度こそ。


「行ってきま~~~す!」


 玄関のドアを開けると、すぐに門がある。ごく一般的な庶民の家といった感じだろう。

 俺は素早く門を出て学校方面に体の向きを変える。

 そこには、腰に両手を当て眉をつり上げている長い髪の女の子が、仁王立ちで待ち構えていた。


「ゆ~う~ほ~!」


 覚悟はしていたけど、プリンの愚痴攻撃の開始だった。


「遅いじゃないか! 寒かったよ! 知らない人が通りかかってじろじろ見ていくから、不快な気分にもなったよ! 謝って!」


 じろじろ見られるなら、門の陰にでも隠れていればよかったのに、と思うのだけど。

 口答えなんかしたら、プリンの罵声攻撃力アップは免れない。


「あ~、ごめんごめん」

「心がこもってない!」


 そんなやり取りも、道行く人には仲のよい男女の学生ふたりの会話、というふうに見られるだけなのだろう。

 ちらちらと視線を向けられてしまう。

 それに、プリンは黙ってさえいればかなり可愛い女の子だ。

 長い綺麗な髪もそれに拍車をかけているのか、プリンのことを振り返って見ていくような人も結構な数に上りそうだった。


「だいたい外で待ってると、優歩との距離がちょっと遠いから、引き戻される力に抵抗するのもなかなか疲れるんだよ。今後はもっとオイラのことを考えてよね」

「ん……そっか。わかったよ」


 それにしても、どうしてこいつは、こんな喋り方なのか。

 女の子なのに、自分のことを「オイラ」なんて言ってるし。


 精霊に性別があるのかはよくわからないけど、もっと可愛い喋り方をすれば、アイドルになってもやっていけそうなほどの容姿だと思うのに。

 でも、そんなことを言ったら調子に乗りそうだし、絶対に黙っておこう。

 思考を読まれていたら意味はないのだけど、約束したから大丈夫だろう。プリンが簡単に約束を破るとは考えにくい。


 昨日会ったばかりとはいえ、口はちょっと悪いけど、素直な性格なのはよくわかっていた。

 悪く言えば単純ってことなのだけど。


 と、そのプリンがいきなり腕を絡めてくる。


「わっ、なんだよ! くっつくなって!」

「いいじゃん、減るもんじゃないし。少し離れて寒かった分、くっつかせてもらったっていいでしょ?」


 そう言って、引き寄せた俺の肩に頭を寄せてくるプリン。

 べつに嫌なわけではないけど、この状態で登校するのは、さすがにちょっと……。


「わかったから! でも、学校が近くなったら離れるんだぞ?」

「ほむ。了解っ!」


 人通りはそれなりにあるものの、学校前の直線に差しかかるまでは、学生の通りはほとんどないはずだ。

 俺は知り合いが通らないことを祈りつつ、プリンとふたり、学校へ向けて歩き始めた。


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