表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖精日和、カラメル気分。  作者: 沙φ亜竜
第4章 丘の上の少女
28/48

-6-

「う~ん、なんだか背中が重いなぁ」


 プリンがつぶやく。

 羽根を痛めたりでもしたのだろうか?

 背中だと自分では見えないだろうし、あとで確認してやるか。


 石段を上り終えると、門のところで厳島夫妻が心配そうな顔で待っていた。


「いきなりいなくなったから、心配していたのよ」


 そうだった。俺たちは部屋を調べに行ったきり、そのままだったのだ。

 いくら調査のためとはいえ、夫妻にはついてこないように言って深鈴ちゃんの部屋まで行き、室内を散らかしたままで突然いなくなったのだから、怪しまれても仕方がない状態だっただろう。

 それなのに、夫妻は俺たちの身を案じて待っていてくれたようだ。


「すみません」


 俺は頭を下げた。

 厳島夫妻は、背中の麻実子ちゃんに不思議そうな目を向けたあと、俺に続いて上ってきていたプリンに視線を移す。

 すると表情が一瞬で変わり、驚いたような嬉しいような、なにやら複雑な顔になった。


「ありがとう」


 ふと、プリンの口からいつもとは違った音色の声が発せられた。

 その途端、プリンの体は唐突に輝き出し、羽根の辺りを伝ってなにかが空へと舞い昇っていった。


「深鈴……」


 娘さんの名前を優しげな声で呼ぶ夫妻の瞳からは、温かな雫が静かに流れ出していた。



 ☆☆☆☆☆



 厳島夫妻の屋敷の応接間に、俺とプリンは再び招かれた。

 ソファーには、眠ったままの麻実子ちゃんが身を横たえている。まだ目を覚ましていないからだ。

 目の前のテーブルには、やはり紅茶とケーキが準備されていた。

 当然のようにプリンが真っ先に手を伸ばし、すでに口の周りにはクリームをべっとりとくっつけている。


「最初に見たときにも驚いたのだけれど、プリンちゃんは、深鈴にそっくりなのよ」


 美千代夫人は優しげな瞳でプリンを見つめながら、そんなことを言った。

 まぁ、ここまで食いしん坊なところは、似ていないだろうけど。

 俺は思ったとおりに言葉を返したのだけど。


「いえいえ、それもなかなか似ているのよ。……ここまですごくはなかったけれど」


 ちょっと苦笑を浮かべている美千代夫人に、ん? なんだい? と不思議そうな目を向けるプリン。

 相変わらず遠慮なんて一切せずに、ケーキでおなかを満たしていた


「深鈴には、とても可愛がっていたペットの犬がいたのよ」


 俺があの社で見たことを報告すると、夫人は昔を懐かしむように語り出した。

 ペットの犬とは、もちろんエリザベスのことだ。


「とっても可愛がっていて、いつも一緒で、本当に仲よしだったの。深鈴が出かけたときには、あの石段の途中まで下りて、ずっと待っていたわ。そんなエリザベスは、深鈴が病院で亡くなったあともずっと待ち続けていた。痩せ細ってしまっても、いつまでも、いつまでも……。私たちがいくら屋敷に連れ戻そうとしても、頑としてその場を動こうとはしなかったのよ」


 さすがに心配はしていた。でも、エリザベスの気持ちもわかる。だから無理強いはしたくなかったのだという。


「やがてエリザベスは衰弱して倒れてしまった。私たちはすぐに獣医を呼んで診てもらったのだけれど、そのときにはもう手遅れだったの。強引にでも連れ戻すべきだったと、すごく後悔したわ」


 そしてその後、天道の社で埋葬してもらうことにした。

 それでもエリザベスの魂は、深鈴ちゃんを待ち続けていたのだ。


 俺たちの前に人間の姿で現れたのは、ずっとエリザベスが願っていたからではないか、と夫人は言った。

 ペットと飼い主の枠を越えて友達同士として遊びたい、そう思っていたのだろう。

 それは深鈴ちゃんのほうとしても、同じ思いだったに違いない。


 さっきプリンが羽根を重く感じていたのは、深鈴ちゃんの魂が一時的に、天国から戻ってきていたせいだったらしい。

 ほんの一瞬だけとはいえ、プリンの羽根を媒介にして、深鈴ちゃんはこの世に現れたのだという。


「エリザベスを解放してくれてありがとう、というオイラたちへのメッセージと、なによりも、私とエリザベスは大丈夫だから元気になってね、今までありがとう、という両親へのメッセージを伝えるためにね」


 悲しげな目をしながら、プリンは切なそうに語る。

 門の前でプリンの口を通して綴られた感謝の言葉は、深鈴ちゃんからのメッセージだったのだ。


「深鈴はもう戻ってこないけど、元気そうだったじゃないか。だから、おばさんたちも元気出しなよ。ね?」


 プリンは、彼女なりに最大限の励ましの言葉をかけているようだった。

 その想いは通じたのだろう、美千代夫人も秀嗣さんも、まだ寂しさは微かに残っていたものの、確かな笑顔を浮かべていた。


「プリンちゃん……もしよかったら、また遊びに来てちょうだいね」

「うん、またケーキを食べに来るよ!」


 おい、その辺は遠慮しろよ、とも思ったけど。

 明るく笑みをこぼす夫妻を見た俺は、こんなプリンでも、このふたりに元気を与える力になれるだろうと、そう確信していた。



 ☆☆☆☆☆



 まだ目を覚ましていなかった麻実子ちゃんを背負い、横に並ぶように歩いているプリンとともに、俺は石段を下りていた。

 いつもと比べると、とても悲しそうな顔をしているプリンが、不謹慎かもしれないけど妙に綺麗に見えた。


「おばさんたち、元気になれるかな……」


 プリンは厳島夫妻のことを、すごく気にしているみたいだった。


「元気になったとしても、深鈴が戻ってくるわけじゃないけど……。それでも、元気に笑って生きていってほしい、そう思った」


 そんなことを口にするプリン。

 俺は、うん、そうだね、とだけ答えた。


 俺は麻実子ちゃんを背負っているから、プリンもいつものようにくっついてきたりはしていなかったけど、もし手が空いていたら優しく頭を撫でているところだ。

 こんな口調だけど、結構寂しがり屋だったりするみたいだから。


「プリン、あとで苺ミルクだ!」


 俺が気遣っているのを感じたのだろう、プリンも笑顔になって答えてくれた。


「あはは、ありがとね! でも今日は甘いものを食べすぎたから、ダイエットもしないといけないかな……。よし頑張ろう!」


 おなかをつまんで拳を握り締めているプリンを、俺も同様に素直な微笑みをたたえながら見つめていた。


「それにしても、今回のことって、悪霊退治だったのか?」

「え? ……う~ん、考えてみたら違うような気もするね。でも、悪いことではなかったはずだし、これでよかったんだよ」


 最後に、疑問に思っていたことをぶつけてみたけど、プリンは自分なりに納得しているようだった。

 うん、それならいいのかな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ