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「う~ん、なんだか背中が重いなぁ」
プリンがつぶやく。
羽根を痛めたりでもしたのだろうか?
背中だと自分では見えないだろうし、あとで確認してやるか。
石段を上り終えると、門のところで厳島夫妻が心配そうな顔で待っていた。
「いきなりいなくなったから、心配していたのよ」
そうだった。俺たちは部屋を調べに行ったきり、そのままだったのだ。
いくら調査のためとはいえ、夫妻にはついてこないように言って深鈴ちゃんの部屋まで行き、室内を散らかしたままで突然いなくなったのだから、怪しまれても仕方がない状態だっただろう。
それなのに、夫妻は俺たちの身を案じて待っていてくれたようだ。
「すみません」
俺は頭を下げた。
厳島夫妻は、背中の麻実子ちゃんに不思議そうな目を向けたあと、俺に続いて上ってきていたプリンに視線を移す。
すると表情が一瞬で変わり、驚いたような嬉しいような、なにやら複雑な顔になった。
「ありがとう」
ふと、プリンの口からいつもとは違った音色の声が発せられた。
その途端、プリンの体は唐突に輝き出し、羽根の辺りを伝ってなにかが空へと舞い昇っていった。
「深鈴……」
娘さんの名前を優しげな声で呼ぶ夫妻の瞳からは、温かな雫が静かに流れ出していた。
☆☆☆☆☆
厳島夫妻の屋敷の応接間に、俺とプリンは再び招かれた。
ソファーには、眠ったままの麻実子ちゃんが身を横たえている。まだ目を覚ましていないからだ。
目の前のテーブルには、やはり紅茶とケーキが準備されていた。
当然のようにプリンが真っ先に手を伸ばし、すでに口の周りにはクリームをべっとりとくっつけている。
「最初に見たときにも驚いたのだけれど、プリンちゃんは、深鈴にそっくりなのよ」
美千代夫人は優しげな瞳でプリンを見つめながら、そんなことを言った。
まぁ、ここまで食いしん坊なところは、似ていないだろうけど。
俺は思ったとおりに言葉を返したのだけど。
「いえいえ、それもなかなか似ているのよ。……ここまですごくはなかったけれど」
ちょっと苦笑を浮かべている美千代夫人に、ん? なんだい? と不思議そうな目を向けるプリン。
相変わらず遠慮なんて一切せずに、ケーキでおなかを満たしていた
「深鈴には、とても可愛がっていたペットの犬がいたのよ」
俺があの社で見たことを報告すると、夫人は昔を懐かしむように語り出した。
ペットの犬とは、もちろんエリザベスのことだ。
「とっても可愛がっていて、いつも一緒で、本当に仲よしだったの。深鈴が出かけたときには、あの石段の途中まで下りて、ずっと待っていたわ。そんなエリザベスは、深鈴が病院で亡くなったあともずっと待ち続けていた。痩せ細ってしまっても、いつまでも、いつまでも……。私たちがいくら屋敷に連れ戻そうとしても、頑としてその場を動こうとはしなかったのよ」
さすがに心配はしていた。でも、エリザベスの気持ちもわかる。だから無理強いはしたくなかったのだという。
「やがてエリザベスは衰弱して倒れてしまった。私たちはすぐに獣医を呼んで診てもらったのだけれど、そのときにはもう手遅れだったの。強引にでも連れ戻すべきだったと、すごく後悔したわ」
そしてその後、天道の社で埋葬してもらうことにした。
それでもエリザベスの魂は、深鈴ちゃんを待ち続けていたのだ。
俺たちの前に人間の姿で現れたのは、ずっとエリザベスが願っていたからではないか、と夫人は言った。
ペットと飼い主の枠を越えて友達同士として遊びたい、そう思っていたのだろう。
それは深鈴ちゃんのほうとしても、同じ思いだったに違いない。
さっきプリンが羽根を重く感じていたのは、深鈴ちゃんの魂が一時的に、天国から戻ってきていたせいだったらしい。
ほんの一瞬だけとはいえ、プリンの羽根を媒介にして、深鈴ちゃんはこの世に現れたのだという。
「エリザベスを解放してくれてありがとう、というオイラたちへのメッセージと、なによりも、私とエリザベスは大丈夫だから元気になってね、今までありがとう、という両親へのメッセージを伝えるためにね」
悲しげな目をしながら、プリンは切なそうに語る。
門の前でプリンの口を通して綴られた感謝の言葉は、深鈴ちゃんからのメッセージだったのだ。
「深鈴はもう戻ってこないけど、元気そうだったじゃないか。だから、おばさんたちも元気出しなよ。ね?」
プリンは、彼女なりに最大限の励ましの言葉をかけているようだった。
その想いは通じたのだろう、美千代夫人も秀嗣さんも、まだ寂しさは微かに残っていたものの、確かな笑顔を浮かべていた。
「プリンちゃん……もしよかったら、また遊びに来てちょうだいね」
「うん、またケーキを食べに来るよ!」
おい、その辺は遠慮しろよ、とも思ったけど。
明るく笑みをこぼす夫妻を見た俺は、こんなプリンでも、このふたりに元気を与える力になれるだろうと、そう確信していた。
☆☆☆☆☆
まだ目を覚ましていなかった麻実子ちゃんを背負い、横に並ぶように歩いているプリンとともに、俺は石段を下りていた。
いつもと比べると、とても悲しそうな顔をしているプリンが、不謹慎かもしれないけど妙に綺麗に見えた。
「おばさんたち、元気になれるかな……」
プリンは厳島夫妻のことを、すごく気にしているみたいだった。
「元気になったとしても、深鈴が戻ってくるわけじゃないけど……。それでも、元気に笑って生きていってほしい、そう思った」
そんなことを口にするプリン。
俺は、うん、そうだね、とだけ答えた。
俺は麻実子ちゃんを背負っているから、プリンもいつものようにくっついてきたりはしていなかったけど、もし手が空いていたら優しく頭を撫でているところだ。
こんな口調だけど、結構寂しがり屋だったりするみたいだから。
「プリン、あとで苺ミルクだ!」
俺が気遣っているのを感じたのだろう、プリンも笑顔になって答えてくれた。
「あはは、ありがとね! でも今日は甘いものを食べすぎたから、ダイエットもしないといけないかな……。よし頑張ろう!」
おなかをつまんで拳を握り締めているプリンを、俺も同様に素直な微笑みをたたえながら見つめていた。
「それにしても、今回のことって、悪霊退治だったのか?」
「え? ……う~ん、考えてみたら違うような気もするね。でも、悪いことではなかったはずだし、これでよかったんだよ」
最後に、疑問に思っていたことをぶつけてみたけど、プリンは自分なりに納得しているようだった。
うん、それならいいのかな。