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庭に降りた俺たちは、門を開け、石段を急ぎ足で下っていた。
あれ? そういえば……
「プリン、お前さ――」
「ほむ?」
走りながら声をかけた俺に答えるプリン。
プリンは羽根で空を飛んでいるかと思いきや、今は普通に自らの足で走っていた。
「羽根だけは消せるとか言ってなかったっけ? それなのにさっきは羽根がしっかり見えてたけど。だいたい、飛べるのになんで走ってるんだ?」
「あのね、優歩。飛ぶってのは結構消耗が激しいものなんだよ。今のオイラじゃ、そうそう使ってもいられないのさ。羽ばたいても気を抜くと羽根が見えてしまうしね。もとの姿に戻ることができればもっと使えるんだけど……。だいたい今日は、ラブラブパワーの補充も少なかったからねぇ」
なんて言いながら、プリンはニヤつく。もっと頑張ってよね、と目で語っていた。
「あっ、いたよ!」
エリザベスが石段をちょこちょこと下りている姿が見えてきた。
彼女も幽霊のはずなのに、見るからに危なっかしい足取りでありながらもしっかりと自分の足で走っているのは、プリンと同じような理由からなのだろう。
「これなら、すぐに追いつけるな」
そう思った矢先、追いかけてくる俺たちに気づいたのか、エリザベスは石段から脇の小道へと入ってしまった。
上ってきたときには気づかなかったくらいの細い道が、石段の横に生い茂る木々のあいだから続いているようだ。
「こんなところに、道があったのか」
「行くよ!」
プリンが迷いもなくその小道へと身を躍らせる。
桜の木は石段に添って植えられてあるだけみたいで、その先にはうっそうとした森が広がっていた。
そんな中を俺たちはひたすらに走る。
小柄なプリンでも、脇に生える木々に腕や肩がぶつかるくらいの細い道。俺が通るのはかなり厳しかった。
それでも、ここは行くしかないだろう。
枝によって腕に擦り傷ができるのも構わず俺たちは小道に分け入り、奥のほうでガサガサ音を立てながら逃げるエリザベスを追う。
プリンの長い髪が枝に絡まりそうになりつつも、どうにか身を進めていくと、やがて突然、視界が開けた。
「……あれ? 優歩くん!?」
「うあっ!?」
目の前に、麻実子ちゃんの顔があった。
「どうして麻実子がこんなところにいるんだい?」
「あれ? プリンちゃんまで……。それは、こっちが訊きたいんだけど。どうしてそんな森の中から出てきたの……?」
驚いた表情のまま尋ねる麻実子ちゃん。
確かに俺たちは、最初こそ細い道のようになっていたけど、そのうち道はどんどん細くなり、道があるのかどうかすらわからない茂みの中を音を頼りに走ってきた。
こっちのほうが不思議に思われてもおかしくはない状況だと言える。
でも今は、ゆっくり説明している場合でもないのだけど……。
「麻実子ちゃん、こっちに女の子が走ってこなかった?」
「え? ん~と、私は見てないけど……」
さっきの子、俺たちからそれほど遠く離れたとは思えないのに、麻実子ちゃんは見ていないのか。
こっちへは来なかったのかな。
とすると、どこへ行ったのだろう?
俺は辺りを見回す。
「えっと、ここは……?」
目の前に広がった景観を一瞬把握できずに、俺は思わずつぶやいていた。
その声に麻実子ちゃんが答えてくれる。
「天道の社っていう、飼い犬とか飼い猫とか、ペットを供養するための場所なの」
森の中に広がった空間にたたずむ質素な感じの社の周りには、盛り土の上に卒塔婆を立てただけの簡素な墓が無数に広がっていた。
「うちで昔飼っていた犬も、今はここに眠ってるんだ」
そういえば以前、小学生のときに犬を飼っていて、死んでしまったときには声が枯れるくらい泣いたという話を聞いたことがあったっけ。
麻実子ちゃんは、その犬の墓参りに来ていたのだ。
社の向こうには鐘のつるされた建物があり、その先には石段もあるようだ。麻実子ちゃんはそこから上ってきたのだろう。
「夕方になるとね、宮司さんが鐘を鳴らすの。学校にいても微かに聞こえると思うけど。その時間に合わせて、毎月ここに来てるんだ。鐘は毎日鳴らされてるんだけどね」
言われてみれば、遠くから響いてくる鐘の音を聞いたことはあった。
こんな社があるなんて、全然知らなかったけど。
「あまり有名じゃないもんね、ここ。社も見てのとおり小さいでしょ? でも、この町のペット好きな人ならみんな知ってると思うよ」
そうなのか……。俺の家ではペットは飼っていないからなぁ。
母さんは動物の毛でアレルギー反応を起こすらしく、優佳が猫を飼いたいと駄々をこねたときも断固反対していたっけ。
……俺は今じゃ母さんに隠れて妖精を飼っている身だけど。
と、その妖精であるプリンだけど、さっきから俺のすぐ後ろで黙ったままだった。
プリンにしては珍しいな、と思って表情をうかがってみると、少し緊張しているような雰囲気を漂わせていた。
次の瞬間、
「ほら、優歩。……来るよ」
プリンの微かな声が、耳もとに届いた。