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妖精日和、カラメル気分。  作者: 沙φ亜竜
第4章 丘の上の少女
25/48

-3-

 俺とプリンは、現場である娘さんの部屋を見せてもらうことにした。

 場所は二階の奥。ドアには「深鈴」とネームプレートがつけてあるという。

 夫妻も一緒に来ると言ったのだけど、危険があるかもしれないからと諭して、俺とプリンだけが目的地へと向かうことにした。


 一歩一歩ゆっくりと進む。ゆっくりなのは、やはり恐怖心もあるからだ。

 ……プリンはケーキのおかわりまでして全部で四つも食べていたから、単におなかが膨れているだけなのかもしれないけど。

 少しは遠慮しろよな、まったく……。


 部屋が近づくにつれて物音が激しくなる、なんていう状況を覚悟していたのだけど、廊下は拍子抜けするほど静かだった。

 本当にそんな物音や声がするのだろうか、と疑いの念すら湧き上がってしまう。

 ともあれ、今はまだ夕方。

 物音や声がするのは夜になってからという話だったし、本番はまだ先ということだろう。


「ここだね」


 ネームプレートがあるのだから、わざわざ言うまでもなかったはずだけど。

 声に出すことで少しでも緊張感をほぐそうとしたのだろう。

 優歩が先に入ってよ、とプリンが背中を押してくる。

 こいつ、ほんとに俺を守護する気あるのか? などと思いつつも、俺は仕方なくドアノブに手をかけた。


 ガチャッ。


 ドアは、すんなりと開いた。

 部屋に足を踏み入れる。

 プリンも怯えた様子で俺に続いて入ってくる。


 部屋は娘さんが生前生活していたままにしてあると言っていた。

 小さい子ではあっても、さすがに良家の娘さんといったところか、散らかっている部分なんてまったくなく、可愛らしいぬいぐるみや小物なんかも几帳面に並べられていた。

 薄いピンクのカーテンや絨毯などで覆われた、可愛い雰囲気の部屋。女の子の部屋だなぁ、って感じだった。


「ほむ、べつになにも異変はないね」


 部屋の様子を見て、そんな感想を漏らすプリン。

 すかさず、枕の下やらタンスの中やら、細かいところまで隅々とじろじろ見たり調べたりし始めた。

 しっかりとたたんであった服まで引っ張り出し、その辺に放り投げている。


「う~ん。とりあえず、夜まで待つしかないね」


 ひとしきり部屋を引っ掻き回したあとで、プリンがベッドの上にドサッと寝っ転がった。

 あ~あ、布団も綺麗にセットしてあったというのに……。

 部屋の中が、まるで優佳の部屋のように散らかってしまった。なんて優佳本人に言ったら、すごい声で抗議されるだろうな。


 美千代さん、ごめんなさい、あとでちゃんと直しておきます。俺は心の中で謝罪した。

 プリンが危険だからと言って夫妻を部屋まで来させなかったのは、本当は思う存分暴れるためだったのだろうか?


 と、一瞬ぞくっと背筋に寒気が走った。


 振り向くと、そこには怒った顔の少女が立っていた。

 怒った顔とはいっても、鬼の形相とかそういう感じではなく、可愛いものだったのだけど。

 この子が厳島夫妻の娘さんの幽霊……ってことになるなのかな?


「ねぇ、おじちゃん、おばちゃん。なにしてるの? お部屋汚れちゃってるよ? お母さんに怒られるよ? ちゃんとお掃除しなさい!」


 ああ、こんな小さな子から見たら、中学生の俺でもおじさんになるんだな。

 俺はそんなふうに考えながら、落ち着いた表情でその女の子を見ていた。

 ……のだけど。

 落ち着いていないのが約一匹……。


「お……おばちゃんんんっ!? それはひどすぎだよ! この美人で聡明なオイラに対して、おばちゃんだなんて! 綺麗なお姉さんと呼びなさい!!」


 いや、それはどうだろう。

 それより、幽霊ちゃん、怯えきっているじゃないか。

 幽霊を怯えさせる妖精って……。

 いや、そういえばプリンは、妖精も幽霊も似たような存在だと言っていたっけ。


 ともかく、まずはプリンを黙らせないと。

 俺はプリンの口を手で塞ぐ。

 うきーーーーーっ!! と、うなり声を上げて、手に噛みつかれそうな勢いだったけど。


「あとで苺ミルク買ってやるから」


 ぼそっと放ったひと言で、プリンはピタッと静まった。

 ……なんだよ、お姉さんどころか、お子様じゃないか。



 ☆☆☆☆



「キミが、深鈴ちゃん?」


 怖がらせないように気を遣いながら、女の子に話しかける。


「違うよ~」


 あれ?

 予想外の答えが返ってきた。


「それじゃあ、キミはいったい誰なんだ?」

「あたしは、エリザベス」


 ええ? 外国人なの!?

 少女の言葉に驚きを隠せない。

 だってその子は、思いっきり純和風な服装に身を包んでいたからだ。

 藍染めの綺麗な着物をまとい、瞳も髪も綺麗な黒。顔立ちも日本人にしか見えないのだけど……。


 考えてみると、この部屋は可愛いフリルのついたカーテンやら天蓋つきの豪華なベッドやらがあって基本的に洋風だし、クローゼットの中も洋服ばかりだったのだから、この子が夫妻の娘さんではないというのは確かなのかもれないけど。

 まさか、あの夫妻が娘さんに洋風な別名までつけていた、なんてことはないよね、さすがに。


「えーっと、エリザベス? キミはどうして、ここにいるのかな?」

「あたしは……」


 そうつぶやくと、エリザベスは目を潤ませ始める。


「深鈴ちゃん……。深鈴ちゃ~~~~ん!」


 いきなり叫び出したかと思うと、エリザベスを中心に風が巻き起こった。

 うわっ! ここ、部屋の中なのに!?


「わわわ、この子、すごいパワーだよ!」


 プリンが焦りの表情を浮かべている。


「み~す~ず~ちゃ~~~~ん!!」


 ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!

 風は、つむじ風となり、突風となり、台風となった。

 そんな印象を受けるほど、激しさを一気に増した風は、すでに部屋の中で大暴れしていた。


 部屋中のありとあらゆる物が、風に巻き上げられて宙を舞う。

 散乱していたのが洋服やぬいぐるみといった軽い物ばかりだったのは不幸中の幸いか。

 なんて悠長に考えている場合じゃない!


 エリザベスは、その風に乗るかのようにその身を浮かせると、そのまま窓を突き破って外へ――。

 いや、正確に表現すれば窓ガラスをすり抜けて外へと飛び出していった。

 窓を開けて外を見ると、風は石段に沿って丘を下っていた。


「優歩、あいつを追うよ!」


 横から勢いよく飛び出すプリンにつられて、俺も飛び出していた。


 ……って、ここは二階だった~~~!


「後先考えて行動しなよ、非常識な奴だね」


 お前に非常識だなんて言われたくない……。

 そんな文句を言えるはずもなかった。

 俺は綺麗な羽根を羽ばたかせるプリンに抱えられる形で、どうにか庭へと降り立った。


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