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週明けの朝というのは気が重いものだけど、今日は格段に重苦しく感じた。
退屈な日常よりマシだろうと思ったのは確かだったものの、相手は悪霊ということになるし、どうしても不安になってしまう。
基本的にはプリンに任せておいて、俺は手伝う程度でいいのだろうけど、それでも危険はあるはずだ。
俺が悩んでいるというのに、巻き込んだ張本人は、さも当然そうな顔をしていた。
「ほむ? どうした? 元気ないね。忙しくなるんだから、気合い入れておきなよ!」
こんな調子のプリン。もう慣れたけどさ。
「そうそう、先に言っておくよ。オイラは一応ちょっとした力は使える。でもエネルギーの量には限界があるから、悪霊退治するといっても、一日に一体くらいしか相手にできないからね」
エネルギーっていうと、恋愛のドキドキで得られると言っていた、あのエネルギーのことか。
「うん、そうだね。まぁ、キミが麻実子といい感じになってドキドキしてくれれば、その分エネルギーも多く使えるんだけどさ。それでも限界はそんなに変わるわけじゃないんだ。人間だって食事を取ってもすぐに力が出せるわけではないでしょ?」
なるほど。
「それと、得られるエネルギーは質が同じであることが望ましいんだ。つまり、たくさんの異性を相手にするとか、恋愛だけじゃなくて恐怖のドキドキも取り込んでしまう、という方法だと質が違うからあまり意味がないってことだね」
プリンが俺の肩をポンと叩いた。
「だから優歩は、麻実子のことだけを想い続けるんだよ」
「ああ、もちろん」
力強く答える俺。
結構恥ずかしいことを言ってるかも、と気づいて顔は赤くなっていたけど。
そんな俺の様子を、プリンは優しげな微笑みを浮かべながら見つめていた。
「ところで悪霊についてだけどさ。妖精界の情報ネットワークで調べてみたんだけど……」
あのピンク色の端末で調べたってことか。ほんとに、パソコンと似たような感じなんだな。
「どうやら、悪霊が優歩の学校にも潜んでいるみたいなんだ。まずはその辺りを調べてみよう。確か月曜日は委員会の日だったよね? 見回りもあるだろうから、それが終わったら活動開始にしよう。見回りのあと、キミは用事があるからとか言って残ってくれればいいかな」
「ん、わかった」
「それじゃあ、頼んだよ!」
悪霊との決戦を前に、心なしかプリンも緊張しているように思えた。
☆☆☆☆☆
今日の授業は、まったく頭に入らなかった。
いつもはちゃんと頭に入っているのかと言われると、それも自信はないのだけど。
ともかく、時間はあっという間に流れた。
美化委員会の集まりでは、強化月間とすることを甘野先生が宣言、すべてのクラスで毎日の見回りをするように指示していた。
私のクラスは自主的に見回りを始めていて立派なのよ、なんてウソっぱちなことまでつけ加えていたけど……。
俺が委員会に出ているあいだにプリンが校舎内を調査できれば一番いいのだけど。
あいにくプリンは俺の近くから離れられない身のため、それは無理だった。
やがて、委員会は無事に終わり見回りの時間となった。
見回りを始めると、いつもと同じようにプリンは距離を取り、物陰に身を隠しつつ俺と麻実子ちゃんのあとをつけてくる。
そのあいだも、見える範囲に悪霊がいないかはチェックするつもりだろう。
俺は麻実子ちゃんと話しながら、なるべくゆっくりとしたペースで歩き、プリンが周囲のチェックをしやすいようにした。
……なんてね。少しでも長く麻実子ちゃんと一緒にいたいだけ、というのが正直な理由なのだけど。
ひととおり見回りを終えた俺たちは、最後の確認場所、自分の教室へと向かっていた。
俺のクラスは三年一組。教室棟四階の一番端にある。
教室以外の掃除場所はすべて特別棟だったため、渡り廊下を通って教室棟に入り階段を上ったあと、その階の一番端まで歩くことになる。
階段を上り終えて一組の教室がある廊下へと曲がると、教室は五つ見える。
一番奥が一組で、手前に向かって二組三組四組と並び、階段から一番近いところは空き教室だった。
空き教室があるのは少子化で生徒数も少なくなっているからだ。それなら、一番奥を空き教室にすればいいのに、とは思うのだけど。
「おや、おふたりさん! 今日もアツアツだねぇ!」
その空き教室の前で、神林とばったり出くわした。
アツアツって……べつにそういうのではないのに。残念ながら。
というか、神林はまた散歩中なのだろうか?
俺が思ったことをそのまま尋ねてみると、あっさりと肯定の答えが返ってきた。
「そのとおり! いや~、やっぱり校舎の匂いっていうか、雰囲気っていうか、そういうのって心が洗われる感じだよね~!」
それはマニアックな感覚かも、と思うのは俺だけだろうか。
いや、苦笑してるところを見ると、麻実子ちゃんも同じ気持ちのようだ。
「梨乃ってば、相変わらずだね」
「おかげさまで」
なんのおかげなのやら。
そんな感じで話し込んでいると、ふと、奇妙な気配を感じた。
「……おや? なんだろ、これ」
神林も気づいたみたいだ。
突然、すぐそばのドアが鳴った。
鍵がかけられて開かない空き教室のドアが、内側から無理矢理誰かにこじ開けられようとしているのか、ガタガタと音を立て始めたのだ!
「きゃっ!」
とっさに俺の腕をつかむ麻実子ちゃん。
ほとんど無意識だったのだろう。腕に伝わってくる温もりで、ちょっとドキドキしてしまったけど、今はそんな場合ではない。
そして、鍵がかかっていて誰もいるはずのない空き教室のドアが今、俺たちの目の前で勢いよく開け放たれた。