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最後の見回り場所である教室に着くと、またもやゴミ箱にはゴミが入れられていた。
「あれ、まただよ? 今日はちゃんと最初に確認もしたのに……」
「見回ってるあいだに誰かが捨てたのかもね。これくらいの量なら、ロッカーの整理でもしたら出てくる人もいるだろうし」
犯人はプリンだろうと目星はついていたので、軽くフォローを入れておく。
ロッカーの使い方は人それぞれだろうけど、普通はジャージとか縦笛とか、毎日持って帰る必要がない物を置いておく場合が多い。
だから、こんな紙くずなんかが出るってことは、あまり考えられないのだけど。
「仕方ないから、捨てに行っておこう。強化月間って言ってたし、ゴミが残ってると先生から文句が飛んできそうだ」
そう言って素早くゴミ袋を持ち上げる。
「うん、そうだね」
よしよし、これでまた焼却炉を回って職員室へ行く距離分、麻実子ちゃんと一緒にいられる時間が増えたぞ。
下駄箱で靴に履き替える。
カバンを持って職員室で日誌を返してからゴミ捨てに行ったほうが早いのだけど、ちゃんと仕事は終わらせてからでないと。
という口実のもと、少しでも麻実子ちゃんと一緒にいられる距離を稼ぐ。
「きゃっ」
先に昇降口から外へ出た麻実子ちゃんを、強い突風が出迎えた。
めくれ上がりそうになるスカートを手で押さえる麻実子ちゃん。「見えた?」という感じの目で、俺のほうに視線を向けてくる。
もっとも、指定の制服だと丈は結構長いから、そうそう見えたりはしないのだけど。
女子は短いほうがオシャレと考えているのか、短めのスカートにしている子が多い。
あまりひどくなければ、学校側も注意したりはしないようだし。
でも、麻実子ちゃんはきちんと指定の制服を着用していた。
……ちょっと残念、なんて思いが頭をよぎったり……。
「今日は風が強いね。中庭だと、校庭のほうから砂とか飛んできそう」
麻実子ちゃんに続いて昇降口のガラス戸を開け、俺は外に出る。
焼却炉へ向かうには、教室棟と特別棟を結ぶ渡り廊下を横切り、中庭を通り抜ける必要があった。
渡り廊下を横切った先は花壇地帯になっている。
そこを抜けると、左手に焼却炉のある裏門が見え、右手に曲がれば校庭へと出られる。
校庭側の道にはウサギ小屋もあったはずだ。
小学校じゃないのだから、ウサギを飼っていても喜んで見に行く人なんてそうそういないんじゃないかと思っていたけど、意外にも結構人気があったりするらしいから不思議なものだ。
確かに可愛いし、わからなくもないのだけど。
中庭を道なりに進んでいくと、花壇地帯は右手に広がっている。
左側には教室棟の校舎があり、ベランダになっていた。
一階でもベランダがあるのは、どうしてなのだろう。教室から直接外に出る生徒がいるからなのだろうか。
それにしても、今日は風が強いな。
ゴミ袋を持ち替えようとした瞬間、またしても突風が俺たちを襲った。
「わっ!」
髪がすごい勢いで乱れる。
すぐ横には、スカートを押さえながら、もう片方の手で髪も気にしている麻実子ちゃんの様子も見える。
…………っ!?
不意に、なにかが視界の端、上のほうに映ったような気がした。
とっさに俺はゴミ袋を投げ出し動いていた。
「危ない!」
「きゃっ!」
俺は麻実子ちゃんに飛びつき、その場所から突き飛ばす。
勢いあまった俺と麻実子ちゃんの体は音を立てて地面に転がった。
ふたりが倒れるのと同時に、なにかが砕け散る大きな音が響き渡った。
そちらの方向をじっと見つめる。
仰向けに倒れた麻実子ちゃんも、同様にそれを凝視していた。
落ちてきたのは植木鉢だった。
粉々に砕けた破片と中にあった砂や植物が、地面の上で無残な姿をさらしている。
「危なかったね……」
ほっと息をつく。
「あ……あぅ……優歩くん、ありがと……」
震えながらも、麻実子ちゃんはどうにか声をしぼり出した。
その怯えきった瞳は、俺のすぐ下にあった。
仰向けで倒れている麻実子ちゃんの上に、俺は四つん這いの状態で覆いかぶさっている状態だったのだ
「……って、うあ! 麻実子ちゃん、ごめん!」
慌てて飛びのく。
必死だったとはいえ、あんな状態になっていたなんて。
だけど麻実子ちゃんは、地面に倒された際にどこかを打ったのか、そのまま動けない様子だった。
「あ……大丈夫? ごめんね、突き飛ばしちゃって……。痛む?」
「ううん、大丈夫。びっくりしただけ……でも……」
顔を歪めて不安そうな表情になる。
「でも、怖い……。植木鉢が落ちてくるなんて……。なんかね、最近変な視線を感じることがあるの! もしかして私、誰かに恨まれてたりするのかな!?」
震えていた麻実子ちゃんは、言葉を発することで不安な思いが爆発してしまったのか、俺につかみかからんばかりの勢いだった。
というか、実際に俺の両腕にすがりついてきていたのだけど。
俺は麻実子ちゃんの両肩をそっと押さえて落ち着かせようと試みる。
「大丈夫だよ。……俺がついてるから」
それにしても……。
視線を植木鉢のほうに戻す。
あんなのが直撃していたら、タダでは済まなかっただろう。
もしかして、これもプリンの仕業なのだろうか?
もしそうだったら、いくらなんでもやりすぎだ。
「どうした? 大丈夫か!?」
音に気づいたのだろう、用務員のおじさんが駆け寄ってきた。
それ以外にも、何人かの生徒が周囲に集まり始めている。
「麻実子ちゃん、大丈夫? 立てる?」
差し伸べた俺の腕を取って、麻実子ちゃんはどうにか立ち上がった。
「ありがとう。うん、ちょっと肘をすりむいたみたいだけど、大丈夫だと思う」
「そっか、よかった……」
安堵のためか、俺は無意識に視線を上へと向けていた。
校舎の一番上、四階のベランダに鉢植えがいくつか見える。
もちろん、落ちたりしないようにしっかりと固定してあるはずだけど、その並びのうちの一ヶ所が不自然に空いていた。
どうやら植木鉢は、あそこから落ちてきたようだ。
あれ? でもあの場所って、空き教室じゃなかったっけ?
ベランダ自体は隣の教室のほうからつながっているし、隣のベランダが植物で溢れているところを見ると、植木鉢置き場として勝手に使ってるだけなのかもしれないけど。
俺はちょっと不審に思ったものの、麻実子ちゃんのケガのほうが心配だったため、そのことはすぐに忘れてしまった。
☆☆☆☆☆
そのあと、念のため麻実子ちゃんを保健室に連れていった。
本人も言っていたとおり、肘のすり傷くらいで他にケガはなかった。
肘を消毒してもらい手当てを受けた麻実子ちゃんとともに校門の外まで出た頃には、夕陽はすっかり見えないくらいまで落ちていた。
あんなことがあったあとだし、家まで送るよと俺は言ったのだけど。
大丈夫だからと笑顔を見せて麻実子ちゃんは断った。
無理について行くのも悪いかなという思いはあったものの、今日は俺も譲らなかった。
やっぱり心配だったのだ。
麻実子ちゃんのほうも、心細いと思っていたのは確かなのだろう、最後には、「じゃあ、お願いするね」と頷いてくれた。
麻実子ちゃんの家……。
お邪魔したことなんて一度もないけど、どこに家があるのかは知っていた。
俺の想いを知っていた宵夢が、たまたまふたりで近くを通りかかったときに教えてくれたからだ。
宵夢がどうして麻実子ちゃんの家を知っていたのかというと、名簿の住所録から調べたからだと言っていた。
そんなことをするような奴でもないと思うのだけど、当時は宵夢もそれだけ本気だったのだろう。
麻実子ちゃんをしっかりと家まで送り届けてから、俺は自らの帰途に就いた。
当然ながら隠れてついてきていたプリンが、そこでひょっこりと顔を出す。
「あれはお前がやったのか?」
そう問いただした俺の声は、少し責めるような口調になってしまっていた。
プリンは微かに怯えた表情を浮かべながら、
「オイラはなにもしてないよ」
とだけ答える。
その言葉に嘘はないように思えた。
今日は風が強かったし、そのせいだったのだろうと結論づけておく。
それはともかく、麻実子ちゃんは最近変な視線を感じると言っていた。
プリンが隠れて見ている視線、ということも考えられなくはなかったけど、それだと昨日と今日だけに限られるはずだ。
最近と言っていたからには、もう少し前からのことなのではないかと思う。
気のせいならいいのだけど、もしなにかあったら問題だ。
注意深く状況を観察しておく必要があるのかもしれない。
麻実子ちゃんを守るのは俺の使命なのだから、なんて勝手な決意を固めていた。