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妖精日和、カラメル気分。  作者: 沙φ亜竜
第2章 美化委員セレナーデ
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-4-

 甘野先生のハイテンションなホームルームが終わりを告げると、突然プリンが声を上げた。


「お~い、麻実子~!」

「え……? なぁに? プリンちゃん」


 突然プリンから呼ばれるなんて思ってもいなかったのだろう、麻実子ちゃんはちょっと驚いているようだった。

 プリンは俺にべったりで他の人に声をかけるなんて、今まで全然なかったのだから、それも当然の反応と言えるのかもしれない

 というか、むしろ俺のほうが驚いていたのだけど。なにを企んでるんだ、プリンの奴……。


「ちょっとこっちに来てよ~」


 軽い口調で手招きするプリン。

 麻実子ちゃんは素直にプリンのそば――すなわち俺の席のすぐ横まで歩み寄る。

 ほのかに爽やかな香りの風が感じられた。


「そういえば麻実子って、オイラのことプリンって名前で呼ぶよね」

「えっ? うん、そうね」

「それなのに優歩のことは、名取って名字で呼んでるよね。どうして?」

「ええっ?」


 訊かれて少々戸惑う麻実子ちゃん。


「ん~、だって、ねぇ?」


 そのまま俺のほうに助けを求めてくる。

 いや、でも、「ねぇ」と言われても。


「ん~……。みんなだいたい名字で呼んでるよ? プリンちゃんは名字で呼んだら、名取とどっちかわからなくて混乱しちゃうと思うから……」

「でもさ、オイラも名取なんだよ?」

「う~ん、それはそうだけど」


 困った表情の麻実子ちゃんも可愛いな。

 なんて、そんなこと考えている場合じゃない。

 これはやっぱり、今朝の話を聞いてプリンが気を利かせてくれている、ってことなんだろうな。


「だからさ、麻実子も優歩のこと、名前で呼びなよ! オイラが許すからさ!」

「許すって言われても……、ねぇ?」


 いや、だから、「ねぇ」って言われても。


「じゃあ、命令っ!」


 それはどうなんだ? かなり無理矢理な気がしてきたぞ。

 困惑気味にふたりのやり取りを見ていたのだけど。


「う~ん、でも確かにふたりとも名取なんだから、そのほうがいいのかな?」


 驚いたことに、麻実子ちゃんは納得しかけていた。

 なんというか、かなり流されやすい性格をしているようだ。


「うん、そうだよ。ほらほら、とりあえず呼んでおきなって!」


 困った子だなぁ、なんて視線をプリンに向けたあと、麻実子ちゃんは俺のほうを向いて遠慮がちに口を開く。


「……優歩くん」

「うん」


 ほのかに笑みを浮かべながら呼びかけに応える俺。

 ああ、なんだか、心が温まる感じ……。


「こらこら、優歩。キミも名前で呼んであげなきゃ」

「え?」


 一瞬驚いたけど、それもそうか。

 でも、いいのかな?

 ……うん、いいんだよね?


「……麻実子ちゃん」

「うん」


 俺の声に、うつむいたまま応えてくれる麻実子ちゃん。

 ああ、幸せだなぁ……。

 プリンに思考を読まれていたら、こんなことくらいで幸せな気分に浸ってるんじゃないよ、とツッコミを入れられそうな気はするけど。


 会話になってるとは言えない感じではあったものの、ともかく俺と麻実子ちゃんは、名前で呼び合う仲になれたのだ。

 とりあえず、プリンには感謝しておこう。

 ……帰りに苺ミルクかな、やっぱり。


「あ……それで、プリンちゃん。どうして私を呼んだの?」

「ほむ、忘れてたよ」


 プリンはそう言うと、自分のカバンの中をごそごそと漁り始めた。

 うわ、なんというか、ちらっと見えたプリンのカバンの中、すっごくごちゃごちゃしていたような……。

 プリンらしいといえば、らしいのだけど。きちんと整理整頓、なんて性格じゃないだろうし。


「ほい、これあげるよ!」


 プリンがカバンから取り出したのは、透明で綺麗な緑色の石がついたペンダントだった。

 この石はエメラルド? ……なんてことはないよな。

 というか、そんなの学校に持ってくるなよ。勉強に関係ないものは基本的に持ち込み禁止ってことになっているのに。


 青木ヶ原中学は規則でがんじがらめにするような校風ではなく、どちらかといえば生徒の自主性に任せるという、やんわりとした学校だから、生徒が通常持ってきそうな物であれば大して問題にはならないだろうけど。

 ともあれ、いくらなんでも、これは……。


「え? うわ~、綺麗~! でも……こんな高そうなの、いただけないよ~」


 麻実子ちゃんはさすがに遠慮する。

 そりゃあ、そうだよね。こんな宝石のような物を素直にもらえるわけがない。

 いや、人によっては全然気にせず、もらってしまえるのかもしれないけど。


「これ、べつに高価なもんじゃないんだ。その、え~っと、オイラの住んでたとこには、こんな石がたくさん落ちてるんだよ。それをちょっと、おもちゃの鎖でつないでみただけの物だから」


 少々どもったりしていたのは、自分の住んでいたのが妖精界だからなのだろう。


「う、う~ん……。だけど、どうして私に?」

「オイラ、麻実子のこと、気に入ってるからね! プレゼントだよ!」


 プリンは満面の笑みで答える。

 こんな顔で言われたら、たとえ同じ女の子である麻実子ちゃんでも断ることなんてできないだろう。


「そう? それじゃあ……いただいておくね。ありがとう、プリンちゃん。今度、なにかお菓子でも作ってお返しするわね」

「ほむ、やったぁ! 目いっぱい甘いの、頼むね!」

「ふふふ、はいはい」


 そろそろ一時間目が始まる。

 麻実子ちゃんはプリンからペンダントを受け取ると、自分の席へと戻っていった。



 ☆☆☆☆☆



「おい」


 俺は後ろの席のプリンに小声で話しかける。

 ちなみに、先生はまだ来ていない。


「さっきのあれ、いったいなんなんだよ?」


 プリンはちょっと考え込む。


「ん~、妖精石のペンダント、とでも言っておこうかな。ま、そのうちわかるよ」


 納得のいかない答えが返ってきた。


「あれを持ってると、変なことが起こるとか、危険だとか、そういうのじゃないよな?」

「ほむ? 安心してよ。プレゼントって言ったでしょ? オイラ、麻実子のこと好きだからね!」


 まだ納得のいかない部分はあったものの、無理に訊いてもこれ以上は答えてくれないだろう。

 プリンの表情を見ていればわかる。だから追求はしなかった。

 麻実子ちゃんを気に入っているという言葉に、嘘はなさそうだったし。


「それよりさ、優歩。どうだい? 上手くやったでしょ?」


 そう言ってプリンはニヤニヤし始める。

 ああ、名前の件か。


「そうだな。あれは感謝。帰りに苺ミルクだ」

「やったぁ~!」


 満面の笑み。

 苺ミルクひとつでここまで喜べるっていうのも、やっぱりすごいな。

 ……とんでもなく単純な思考回路をしている、ってだけなのかもしれないけど。


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