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「ねぇ、こそこそと小声で、なにを喋ってたんだい?」
宵夢がいなくなると、プリンが俺に腕を絡め直しながら尋ねてきた。
「男同士の話だよ」
とりあえず、適当にごまかしてしておく。
そういえば宵夢と話してるあいだ、プリンはまったく話しかけてこなかった。
それどころか、近づきもしないで素直に話が終わるのを待っていた。
今までのプリンからは考えられない、遠慮がちな行動とも思える。
「なんかね、ちょっと変な感じがしたんだよ。……あっ、キミの親友なのに、こんな言い方をしてゴメンね。でも、嫌な性格だとかそういうことじゃなくて、なんかこう、雰囲気的に引っかかるっていうか……。う~ん、オイラ自身にもよくわからないや」
ふむ……。
まぁ、苦手な相手というのは誰にでもいるものだろう。
妖精とはいっても、プリンには人間っぽい部分も結構あるようだし。
プリンのことがよくわかってくるほど、そう思うようになっていた。
「それよりさ、あいつとはお互いに、優歩、宵夢、って名前で呼び合ってるんだね」
今までの雰囲気を振り払うかのように、いつもどおりの力強い口調に戻って、プリンがそんなことを言い出した。
「ああ、小学校からの腐れ縁だしな」
「なのにどうして、麻実子のことは笹樹って名字で呼ぶんだい? 麻実子も優歩を、名取って呼んでるし」
「いや、それが普通なんだよ。だいたいみんな名字で呼んでる」
そう答えると、プリンは怪訝な表情を見せ、
「でも、オイラと話してるときは、彼女のこと、麻実子ちゃんって呼んでるよねぇ?」
と、鋭い指摘までしてくる。
俺はちょっと答えに窮してしまった。
「そりゃあ、名前で呼べたほうが仲よしって感じでいいなぁ、とは思ってるけどさ。でも、実際に名前で呼ぶのは恥ずかしいし……」
「なんで恥ずかしいんだい? オイラにはそれがよくわからないんだよね」
う~ん、どうやって説明すればいいのだろう?
「麻実子はオイラのこと、プリンって名前で呼んでたよ?」
「それは、名取って名字で呼ぶと、俺と区別がつかないからだと思うけど。他のクラスメイトとか先生も、そう呼んでたでしょ?」
「ほむ、そういえば、そうだね。なるほど……。ん~~~、妖精には名字なんて概念はないから、やっぱりよくわからないなぁ」
プリンはアゴに人差し指を添えて、考え込んでいる様子だった。
考えたところで、納得まではできないようで、眉間にシワを寄せてはいたけど。
「とにかく優歩は、麻実子を名前で呼びたいんだよね?」
「え? うん、そうだね」
もちろん、麻実子ちゃんと名前で呼び合える仲になりたいな、とは思う。
でも、たとえそういう仲になれたとしても、学校内でお互いに名前で呼び合うのはちょっと恥ずかしい気がする。
俺たち恋人同士です、って宣言しているようなものだし。
……恋人同士なんて考えたら、余計に恥ずかしさが増してきた。
そんな話をしながらだったせいか、歩いていても牛のような速度だったのだろう。
いつの間にか時間がかなり経ってしまっていたようで、予鈴の鳴る音が聞こえてきた。
あっ、ヤバい。まだ学校までちょっと距離があるのに……!
「プリン、走るぞ!」
俺は乱暴にプリンの手を取って走り出す。
急がないと遅刻してしまう。
「うわっ、ちょっと! 走り出してから言わないでよ!」
一瞬バランスを崩しそうになっていたプリンだったものの、どうにか体勢を立て直し、俺に手を引かれながらもしっかりと走り出した。
不覚にも、こんな感じで校門まで走ってしまったため、「手をつないで登校してきたなんて、やっぱり仲がいいね」などと噂がさらに広がる羽目になってしまったのだけど。